思惑 07
この日、私が連れてこられたのは王宮の片隅にある大きな塔の中だった。
薄暗い中に一歩入ると…外とは全く違う空気が流れている。
結界だ…
幾重にも重ねられた結界が塔を覆っているのを感じる。
「エミーリア、大丈夫?」
キョロキョロ見回していたから不安になっていると思われたのかもしれない。
ベルハルト様が私の手を握る手に力を込めた。
「…はい、大丈夫です」
ベルハルト様に笑顔を向ける。
「殿下、エミーリア様。こちらです」
先日会った魔術師団長のアーベルさんが出迎えてくれたのは広間のような場所だった。
今日は私の魔力について調べるのだ。
広間にはアーベルさんの他に五人の男性…お揃いのローブを纏っているから、皆魔術師なのかしら。
「それでは、早速ですがこの水晶を持っていただけますか」
アーベルさんは傍のテーブルに置かれていた丸い水晶を差し出した。
両手で受け取ると、ずっしりとした重みを感じる。
「この水晶で貴女の魔力量や属性といったものが分かります。———水晶に意識を集中して、『我が力を解析せよ』と唱えて下さい」
「はい…」
言われた通りに意識を水晶に向ける。
冷たい水晶が熱を帯びたように感じた。
「我が力を解析せよ」
その瞬間、パンっという音と共に———水晶は二つに割れた。
「え…」
「な…」
割っちゃった?!
周囲からどよめきの声が上がる。
どうしよう!
…この水晶もの凄く高いよね?!
慌てた私は…咄嗟に両の手に持った水晶を元のように重ねた。
元に戻るよう、心の中で祈ると水晶が光を放つ。
光が消えると…元の傷一つない水晶が現れた。
「あ、あのすみません…多分元通りだと思います…」
恐る恐るアーベルさんに水晶を差し出した。
目を見開いたまま水晶を受け取ったアーベルさんは、それを手の上でひっくり返したりしてしばらく調べていたようだったが、やがて深く息を吐いた。
「———なんて事だ……」
すみません…。
「今のは何が起きたんだ?」
見守っていたベルハルト様が口を開いた。
「…エミーリア様の力が強すぎて、水晶が割れてしまったのです」
「強すぎ?水晶が弱いのではなく?」
ベルハルト様…それはアーベルさん達に失礼です。
「殿下…今までこの水晶で測れなかった者はいないんですよ」
「それで、何も分からないのか?」
「今分かるのは…エミーリア様の魔力が桁外れに強い事と、魔法を使うのに詠唱を必要としない事です」
「それくらいは僕でも分かるよ」
…ベルハルト様…今日は機嫌が悪いのですか?
さっきから言葉に毒があるみたいなんですけれど!
「———エミーリア様、もう一度…割れない程度の力を注ぐ事は出来ますか」
アーベルさんがまた水晶を差し出した。
「…やってみます」
割れたらまた直せばいいよね?
私はそっと…水晶に気を送った。
水晶の中にいくつもの色の光が現れた。
ゆらりと…虹のような光の帯が歪んで絡み合って…前世でこういう飴玉あったなあ、と思い出していると頭上からため息が聞こえた。
「これは…また初めて見ます」
困惑した顔のアーベルさんが私を見た。
「水晶に現れる色でその者の属性が分かるのですが…これは…つまり全ての属性があるという事なのか…?」
最後は独り言のようになった呟きに周囲の魔術師達がざわざわとする。
……そもそも…
「属性って…何ですか?」
「———魔力には属性というものがあります。火・水・風・土・光・闇…。火の属性を持つならば火の魔法が得意だけれど水魔法には弱いといった特徴があります」
よく漫画やゲームであるやつね!
「この水晶の状態から察するに…あらゆる属性魔法を使えると共に、全ての属性に対しての耐性もあるようですね。…こんな事は聞いた事もありません」
「普通は属性は幾つあるものなのだ?」
「一つか、魔術師ならば複数持つ事もありますが…多くても三つです」
アーベルさんは私から水晶を受け取るとそれをベルハルト様に差し出した。
「殿下も試してみますか?」
「僕?」
「魔法が使えなくとも、魔力を持っている事はあります」
水晶を手に取ると、ベルハルト様はそれをじっと見つめた。
「我が力を解析せよ」
そう言うと、水晶が白く光った。
「ああ、これは素晴らしいですね」
アーベルさんは嬉しそうな声を上げた。
「白は光属性。魔力も相当あります」
「…僕は魔法なんか使えないぞ」
「殿下の魔力は攻撃するためではなく、護るための力です」
「護るため?」
「魔法に対する耐性が高いという事です。光属性の防御力はあらゆる属性魔法に効果がありますが、特に闇魔法…魔物などに対して強いです」
「へえ、それはいいな。この先役に立つ」
ずっと不機嫌そうだったベルハルト様が、ようやく笑顔を見せた。
…そういえば、漫画のベルハルト王子も確か魔力攻撃が効かないんだったっけ。
全身に光の鎧を纏っているようなものなのかしら。
「という事は…いくら魔法の攻撃を受けても大丈夫なのか?」
「限度はあります。鍛えて防御力を上げる事は出来ますが」
「どうやって鍛える?」
「実際に魔法の攻撃を受け続けていれば…ああ」
アーベルさんは私と殿下を見た。
「この間のような訓練を行っていたから、殿下の魔力も高いのでしょうね」
「そうか。ならばもっと励んで強くならないとな」
ベルハルト様は私に笑みを向けた。
…殿下の笑顔が眩しいのは光属性のせいなのかしら。
「それで…エミーリア様の方ですが。実際にいくつか魔法を試していただいてもよろしいですか?」
「はい…何を?」
「先日見たものの中で特に気になったのは、炎の竜ですね。———あれは全て貴女が操っていたのですか」
あれは…
「…途中までは」
「途中?」
「ええと…ある程度動きを覚えさせると…あとは勝手に動いてくれるというか」
「ほう?」
私を見るアーベルさんの瞳に不穏な光が宿った。
「その言い方ですと、炎に意思があるようですが」
「意思はないけれど…ええと、上手く説明できないんですけれど…。火竜に何種類かの動きを記憶させて、その組み合わせを自動で変えるようにして…」
私がやっているのは、前世での知識を活かしたものだ。
コンピュータにプログラミングするように、竜の行動パターンをインプットしてランダム再生するよう設定する…なんて言っても伝わらないだろうし。正直私も何で出来ているのか、分かっていない。
試してみたら上手くいったから使っている。そんな感じだ。
「ふむ…どうやら貴女と我々は、魔法に対する概念が違うようですね。実に面白い」
私の下手な説明が理解できたのか…アーベルさんはふむふむと頷いている。
「ここで竜を出して頂いてもよろしいですか」
「はい」
私はいつもよりも小さな火竜を作った。
竜が塔の中を駆け上がっていくと魔術師さんたちから驚嘆の声が漏れる。
あ…そうだ。
思いついて、もう一体。水で竜を作るとその後を追わせた。
二体の竜がもつれ合いながら戦い始める。
「今、私は水竜だけを操っています」
火竜は何度もベルハルト様との訓練で使っているから勝手に動いてくれる。
しばらく戦わせた後…水竜により多くの力を注いだ。
大きくなった水竜が、あっという間に火竜を飲み込む。
ぱしゃん、と弾ける音を立てて水竜の姿も消した。
うん、我ながら上手くいった。
自己満足に浸っていると…側から妙な気配を感じた。
「エミーリア…何いまの」
え…ベルハルト様、怒ってる?!
「何で僕に使った事のない魔法なんか使ってるの?!」
ええ?
「僕も知らない魔法を他の奴に見せないでよ。君は魔法も含めて全部僕のものなんだからね?」
———ええと…これはヤキモチ?独占欲?
子供らしいワガママ…という訳でもない…みたい。
私を見つめるベルハルト様の目が変に熱くて…ちょっと怖い。
「ごめんなさい…」
「もう二度とやらないでよ」
私を抱きしめると、ベルハルト様はアーベルさんを睨みつけた。
「もういいだろう。エミーリアの力は充分分かっただろう」
「…そうですね。ですが、もう一つ」
「まだ何がさせる気か?」
「いえ、もう魔法は充分ですが、お聞きしたい事があります」
怒りに満ちたベルハルト様に怯む事なく、アーベルさんは私を見た。
「これが一番大事な事です。———エミーリア様、貴女のその力はどこから来ているのでしょう?」
どこから……
それは…私のこの力は———
「無理に言わなくていいから」
耳元でそう言われ、ベルハルト様を見る。
いつもの優しい笑みを浮かべたベルハルト様だった。
でも…何も言わなければ、きっと疑問を持たれ続ける。
「…この力は…母譲りだそうです」
「母?」
「赤子の時に今の両親に預けられたので、顔も名前も知りませんが…特別な力を持つ一族だったそうです」
「特別とは」
「父がそう言ったそうです。それ以上は私も、養父も知りません」
今私に言えるのはここまで。
それ以上は…
「ヨハネス。今の話で心当たりは?」
アーベルさんは魔術師の一人に声をかけた。
「そうですな…心当たりといいますか。古い時代には今よりももっと多くの種族が存在しており、中には今はもう失われた力を持った種族もあったと聞くので…その内の一つが今でも生き残っているのかもしれませんな」
一同の中で一番年齢が高そうな人が答えた。
「それを調べる方法は?」
「さあ…過去幾度も大きな戦が起きていますから。古い記録はほとんど残っておらんのです」
「そうか…」
「もういいだろう」
苛立ったようにベルハルト様がそう言ったので、今日はこれで解放される事になった。