思惑 06
「エミーリア!」
お開きとなり、ベルハルト様が騎士団長さんに捕まって何やら質問攻めになっているようなので、一人で戻ろうか…と思っていると声を掛けられた。
「…殿下」
ディート殿下がこちらへやってきた。
「君は本当に凄いんだね」
私の手を両手で握りしめると、殿下の顔が近づいた。
「ますます好きになっちゃった」
「え、あの…」
……ベルハルト様と兄弟だけあってこちらもかなりの美形なのよね。
美形に間近で見つめられてそんな事を言われたら!
顔が赤くなっていくのを感じた。
「ね、私じゃ駄目かな?」
「…殿下は、王太子になると決まったとお聞きしましたが…」
先日の殿下殺害未遂事件は、一通りケリが付いた。
三人の首謀者は廃爵され投獄、実行犯やその他の協力者も捕まり相当の処罰を受けた。
再びこのような事が起きないよう、王位はディート殿下に譲ると陛下は明言し———来月の殿下の十七歳の誕生日祝いの場で正式に王太子となると聞いていた。
王になると…他国のお姫様と政略結婚するんじゃなかったっけ。
「父上達が話していたけど、エミーリアの力はとんでもないかもしれないんだってね」
青い瞳がすっと細められた。
「他国の姫を迎えるより、エミーリアを王妃にした方がこの国にとって有益じゃないかな」
———え?
「そう父上に進言してみるつもりだよ」
「それは……」
右手を離すと、殿下は私の頬にその手を添えた。
「だからベルハルトだけ見てないで私の事も考えてみてね」
息がかかりそうなほど殿下の顔が近づいてくる。
「殿…」
「兄上」
ぐい、と身体に衝撃が走った。
「エミーリアに何をしているんです」
いつの間にか現れたベルハルト様が背後から私を抱きしめると、ディート殿下を睨みつけた。
「エミーリアに私の事を男として意識してもらおうと思って」
怒り顔のベルハルト様と対照的に、笑顔で殿下は答えた。
「…兄上は———」
「エミーリアが誰と結婚するか、まだ分からないだろう」
殿下は視線を私に戻した。
「さっきの話、本気だから。…じゃあまたね」
「さっきの話って?」
宮殿へ戻る殿下の背中を見ながらベルハルト様が口を開いた。
「……私を…王妃にした方が国のためにいいんじゃないかって…」
「はあ?」
聞き返して———その意図に気づいたように、ベルハルト様は目を見開いた。
「…そういう事か」
ベルハルト様はため息をついた。
「あのくそ兄貴———」
……言葉が悪いですベルハルト様!
「ああもう。何で僕のエミーリアに目付けるんだよ」
…本当に。ベルハルト様といいディート殿下といい…何で私を好きなんだろう?
「エミーリア…まさか兄上の方がいいなんて言わないよね?!」
私をぎゅっと抱きしめる腕に力がこもる。
「…私はベルハルト様がいいです」
この気持ちが恋なのかは分からないけれど。
一緒にいるなら…ベルハルト様がいい。
「良かった。———ねえ、エミーリア。もう少し大人になったら旅に出ようよ」
「旅?」
「二人でさ、色んな所を回って魔物倒したりしながら、世界一の騎士と魔法使いを目指すんだ」
……それは、あの漫画のエミールとベルハルト王子のように?
「いいですね…行きたいです」
旅に出たら〝彼ら〟に会えるだろうか。
そして———
「絶対行こうね」
「はい」
その旅の先に何かあるか、分からないけれど。
きっとベルハルト様が一緒ならば大丈夫だよね。
お父様と二人、帰りの馬車の中は重い空気に包まれていた。
…魔法が使えるって言わなかった事…怒っているかな。
「エミーリア」
お父様が口を開いた。
「はい…」
「お前はいつからあんな魔法が使えたんだい?」
「…ベルハルト様とのお茶会の招待状の話を聞いた頃です」
あの時、似姿を見て…この世界と漫画の世界が似ていると気づいたのがきっかけだったのよね。
「それまでは全く使えなかったのかい?」
「はい」
「そうか…」
それきりお父様は黙り込んでしまった。
「夕食後、私の部屋に来なさい」
馬車を降りる時にお父様にそう言われた通り、私はお父様の部屋を訪ねた。
中に入ると、お父様は暖炉の前の肘掛け椅子に座っていた。
「エミーリア、おいで」
促されるまま側までいった私は…抱き上げられ、お父様の膝の上に乗せられた。
「すっかり大きくなってしまったね」
私を抱えたお父様はどこか淋しそうに笑った。
小さい頃は、こうやってお父様の膝の上に乗ってお話をしたり、本を読むのが好きだった。
いつしかそんな事もしなくなって…久しぶりのお父様の膝の上は、少し窮屈だった。
「ずっと…お前は本当の娘だと思って育ててきた。ごく普通の娘だと———」
私の頭を撫でながらお父様は深くため息をついた。
「本当の娘と思っていたからこそ、お前の実の親の事も明かしてきたが……実は、隠していた事があるんだ」
「…え?」
「これをお前に渡そう」
お父様は私の手に小さな箱を乗せた。
「これは?」
「———弟のテオがお前と一緒に預けていったものだ。もしもお前が…普通の子供と違う所があるならばこれを渡して欲しいと」
「…普通と違う…」
私は箱を開けた。
中に入っていたのは、赤い石のペンダントだった。
…これは———
「お前の本当の母親のものだそうだ」
「母親…の?」
「詳しくは言わなかったが、特別な力を持つ一族だそうだ。もしもお前にその力が受け継がれていたならば、人の世界では生きにくいかもしれない…いつか自分の力や血について知りたくなった時に、この石が導いてくれるだろうと」
私を見つめるお父様の眼差しは、とても優しかった。
「私は…お前が普通の娘であって欲しいと、そんな特別な力などなければ良いと願っていた。けれど…テオの言った通りになってしまったのだな」
「…お父様……」
「それでも、お前は私の大事な娘だよ」
お父様は私を抱きしめた。
特別な力を持った一族———
私はペンダントを握りしめた。
それはきっと…〝エミール〟の父親と同じ一族の事なのだろう。
エミールとエミーリアは…違うようで、似ているところも多くて。
やっぱり私は…
「お父様…私……」
私を抱きしめる腕に縋り付くように抱きつく。
「わたしは———」
「お前は私の娘だ。何があっても変わらない。それだけは忘れないでくれ」
涙が溢れ出した私を、お父様はいつまでも抱きしめてくれた。




