良識装置
国語の教科書に載っていた「良識派」というのをみて授業中に色々妄想してました。それがこれです。
S(すこし不思議な)Fをどうぞ。
緑丸はじめショート・ショート〜せかい流通・良識装置〜
・其の一 「良識装置とくるった博士」
×993年、今世の中ではこんなものができていた。ポケットサイズの、黒い正方形の箱。
その立体の一辺には丘のようにぽこんと膨らんだ赤いスイッチが付いている。
これは人々に「良識装置」と呼ばれていた。使用方法はとにかく簡単だった。私たちが何か行動しようとするときに、このスイッチをコチッと押し込んでみる。すると、装置がぴかりと発光し良識な行動かそうでないかを判断してくれるのだ。漆黒のボディが青く光っていれば正解、赤く光っていればそれは間違った行動ということになる。しかし、明確な正解・不正解の判断基準はなく大多数のものが行うことが正しいことだとされてた。
それをだれもが常に所持していた。
都会からだいぶはなれた郊外にある研究所に、ひとりぽつんと住んでいる変人がいた。彼もまた、いま大流行りの黒い箱を持っていた。しかし、それはおよそ当たり前のことだといえる。彼こそがこの装置を発明した鈴木啓二という男だった。彼の生活ぶりは確かに普通とされる人間とは一線を画していた。世界一の賢者と称される博士の頭は、だいぶ狂っていたのだ。学生時代、極度の人間不信によってもたらされた絶大な苦しみが彼を発狂せ、この装置を発明させるまでに導いたのである。鈴木啓二は常々思っていた。世界はあまりに無慈悲で残酷だ。どうにかできないものだろうか。今世界で最も偉大な若き博士は恐怖していた。ひとと会話することや、ひとと違った行動をすることなどがとにかく怖かった。しかしそれは、彼の頭が狂ってしまうまでの話であったが。そしてついに鈴木はだれもが迷いなく皆と同じように生きてゆけるような素晴らしい道具、良識装置を開発した。
・其の二 「良識派」
狂った博士は宙にむかって叫んでみる。
怒張した金魚の大群がクソをばらまきながら空をびゅんびゅん飛んでるぞ!
言うと、博士は眉にしわを寄せながらうつむき、再びぶつぶつと喋りだした。いまから10年まえの×983年良識装置はこの世には存在せず、博士は悩んでいた。近頃世間はやたらと物騒だ。強盗・殺人・強姦・放火などの犯罪が多発し新聞の一面記事はネタに困ることがない。鈴木はこんな世界に鉄槌を食らわせなければならないという強い使命感を持っていた。といってもこのとき彼はすでに狂っていたのだがおそらく学生時代の確固たる意志が今でもその魂に強く焼き、彼を衝動的に行動させているのであろう。先ほどの絶叫はその衝動の空回りであると考えられる。回路のおかしくなった脳みそではわたしたちにとって意味をもった言葉を発することは難しいようである。とはいえ、彼は頭が良かったので、本などはよく読んだ。博士のお気に入りの話のなかにこんなものがある。
[良識派 安部公房
昔は、ニワトリたちもまだ、自由だった。自由ではあったが、しかし原始的でもあった。たえずネコやイタチの危険におびえ、しばしばエサを 探しに遠くまで遠征したりしなければならなかった。ある日そこに人間がやってきて、しっかりした金網つきの家ををたててやろうと申し出た。むろんニワトリたちは本能的に警戒した。すると人間は笑って言った。見なさい、私にはネコのようなツメもなければ、イタチのようなキバもな い。こんなに平和的な私を恐れるなど、まったく理屈にあわないことだ。そう言われてみると、たしかにそのとおりである。決心しかねて、迷っているあいだに、人間はどんどんニワトリ小屋をたててしまった。
ドアにはカギがかかっていた。いちいち人間の手を借りなくては、出入りも自由にはできないのだ。こんなところにはとても住めないとニワトリたちがいうのを聞いて、人間は笑って答えた。諸君が自由にあけられるようなドアなら、ネコにだって自由にあけられることだろう。なにも危 険な外に、わざわざ出ていく必要もあるまい。エサのことなら私が毎日はこんできてエサ箱をいつもいっぱいにしておいてあげることにしよう。
一羽のニワトリが首をかしげ、どうも話がうますぎる、人間はわれわれの卵を盗み、殺して肉屋に売るつもりではないのだろうか?とんでもない、と人間は強い調子で答えた。私の誠意を信じてほしい。それよりも、そういう君こそ、ネコから金をもらったスパイではないのかね。
これはニワトリたちの頭には少々むずかしすぎる問題だった。スパイの疑いをうけたニワトリは、そうであることが立証できないように、そうでないこともまた立証できなかったので、とうとう仲間はずれにされてしまった。結局、人間があれほどいうのだから、一応は受け入れてみよう、もし具合がわるければ話し合いで改めていけばよいという、「良識派」が勝ちをしめニワトリたちは自らオリの中にはいっていったのである。
その後のことは、もうだれもが知っているとおりのことだ。・・・ ]
これを読んだときの博士は誰にも知られずひとり、うふふとうれしそうに笑っていた。
・其の三 「異星人の来襲」
×993年の3月31日の午前11時時55分地球は大いなる危機をむかえることになった。
それは文字通り、異星からの船を迎え入れることになってしまったのである。その宇宙船は円盤のかたちをしており超巨大だった。空を見上げると見渡すかぎりに、細部がたまにちかちかと明滅している黒い影が覆っているのである。たちまち世界中は大混乱に陥った。それは地球の常識をはるかに超えるくらい大きすぎたため世界中のどこからでもそのグロテスクな姿を確認することが出来た。円盤が姿をあらわしてから数分後、突然それは盛大な爆発音を伴って飛び散り数億の小さな円盤に分裂した。そしてそれらの小型宇宙船は地球上の各地に次々に降り立ちはじめたのだ。1993年4月1日午前零時われわれの地球に対する異星人の侵略が開始された。
地球人は軍隊などを用いてなんとか異星人たちを退けようと試みたがそれはことごとく失敗に終わる。影のように形状を高速で変化させる宇宙人に対してその姿を視認することすらできない我々が対抗しようとしたのはいくらか間抜けにもみえた。影人たちの侵攻は壮絶を極め、瞬く間に私たちは一人残らず生け捕りにされてしまった。けれどもなぜだか彼らは我々に対して暴行して傷つけたり、略奪したりなどの直接的な危害を加えることはしなかった。四方をわずかな継ぎ目もない漆黒の壁に囲まれた檻に閉じ込められたわれわれは、しかし焦らなかった。なぜなら地球人にはこんな時にも「良識装置」あった。この小さな箱が私たちを導いてくれる。
・其の四 「博士の考えに小言をいう男」
3年前、世の中はいつまでも変わらず物騒であったが博士はすばらしい案が閃いてかなりご機嫌であった。これで世界を変えることが出来る、と小躍りしながらなんども呟いていた(その呟きの合間にはには例外なく意味不明の単語が頻出していた)。それから3日間博士は小躍りと意味不明の単語が頻出する例の呟きを続けたがそれを終えるとありえない程の速度で図面を引き機械を組み立てはじめた。それから一ヶ月ほどで機械は完成した。銀にてかてか光るごちゃっとした物体が机をまるまる占領していた。博士は恍惚とした表情で数十秒その物体を見つめると、ゆっくりと手をのばし、機械の中心部にちょこりと乗せられたスイッチらしきものに触れた。大爆発した。銀の小さな部品が凄まじい勢いで辺りに飛散し灰色の分厚いけむりが研究所にたっぷり充満した。けれどもめげずにしかめっつらでぶつぶつ言いながら黒焦げ博士は改良品開発にもくもくととりかかったのである。
このような感じで幾度も試行錯誤を繰り返し博士は世界を救済するべく装置の完成をめざした。この時、博士の脳内にははっきりと「良識装置」の完成図が広がっていた。世界が変わる日は近い。
そんな頃博士のこぢんまりとした研究所にひとりの来訪者があらわれる。しかし外からの来訪者が扉を叩こうとしたとたん運が悪いことに研究所の中から、半径100m見渡す限りなにもないこの荒れた大地を揺るがすような衝撃が出現し、訪ねて来た男を吹っ飛ばした。激しく背中を擦られながら数メートルほど仰向けの状態で後退する羽目になった男は一瞬呆然としたが、怒りの表情で飛び起きると何事かを鋭く叫びながら猛スピードで研究所に突入した。
博士今度はどんな無茶をしているんですか!
彼はきちがい男の助手であった。彼が来てしまったからには、こりゃこれからは面倒なことになるぞと博士は思った。
・其の五 「地球人の作戦」
我々は迷っていた。全地球人が黒い檻に閉じ込められてから3日ほどたった頃である。影人が我々に接触してきたのだ。お互いが向かい合って言葉を交わすのはこれが最初なので(間抜けなことであるが先も言ったとおり私たちは彼らの愛らしい姿を拝むまもなく、もれなく全員牢屋にぶちこまれた)、1993年4月3日のこの日こそが異星人とのファーストコンタクトということになる。すると今日は記念日になるなりして後々にも語り継がれてゆくんだろな・・・。しかしその栄光や後世の子どもらに尊敬や崇拝のまなざしで見つめられる輝かしい日々を手にするのはこの状況を何とか切り抜けてからのお話であるな。そのような妄想を頭に含ませたりしていると再び影人が姿を現した。
3時間前のことだが私たちはぎゃあぎゃあ、ぎゃわぎゃわ、おうおう叫びながら暗黒色の壁をぼこぼこ叩いたりふてくされて寝ていたり馬鹿みたいクソうるさく泣き叫んだりしていた。と、わずかな凹凸や隙間もなかった分厚い壁が唐突にしゅるりと溶け出しぽっかりと人一人分くらいの大きさの出口が出現し、外界の風が吹く。刹那、空間を切り裂くほどの静寂そして能無しの人間どもが穴にむかって殺到する。ほぼ同時に突進を開始した群集は、ほぼ同時に出口の直前で轟音をたててはじき飛ばされ凄まじい速度で回転しながら中空を横切ってそこら辺に散らばった。アホみたいな表情を顔面に貼り付けたまま滑稽なポーズをとっていた我々が状況を理解するのはだいぶ時間がかかってしまったが、急いで頭をねじり穴を確認するとそこには光を遮りゆらりとたたずむ漆黒の影人の姿があった。そして彼はこんなような音を発した。
これからあなたたちニひとつ条件ヲ与えます。それハあなたたちガここから解放される唯一ノ手段です。よく考えて結論ヲ導きだして下さい。
それはあまりにも流暢な人語であったので我々ははじめ誰がそう言っているのかわからず少々混乱した。続けてさらに彼はこう喋る。
あなたたちガ私たちノ元デ働くことヲ望みます。私たちノ星ヘ来て下さい。さすればあなたたちノ全てニ置ける身ノ安全ハ我々によって完全ニ保障されましょう。
そう短く言葉を放つとふらりと彼は出て行ってしまった。穴はまばたきする間もなくばちんという音をたてて消滅した。その穴があった辺りの地面には一枚紙が落とされていた。真っ黒な用紙に濁った灰色で文字が書かれていたのでしばらくそれがあることに誰も気が付かなかった。そこには詳しく地球人に対する条件について書かれていた。その文字は日本語にも見えるし英語にもみえるしフランス語にもみえた。つまり誰にでも読めた。そういえば先の影人のスピーチもそうである。誰もが真剣そうに聞いていたようだった。我々の理解や思考のレベルをぽんと超えた出来事が飽和状態になった精神に、彼らは宇宙人なんだと言うことをはっきりねじこむ。
我々は驚愕した。なんと・・・すばらしい条件だ。しかしこのような事態に陥っている現在全てに疑いを抱くべきだ。そう思った私は皆に呼びかけた。今こそ、良識装置を使うべきだと。
3時間近くかかり鼠算式に条件の内容を読み上げていくと全員に内容が渡った。無く影人が現
同時に、音も無く影人が現れた。同日の夜明け、地球人と影人の交渉が開始された。
・其の六 「傾き出すせかい」
ついに現在から一つ季節をさかのぼった去年の冬、大賢者は生み出した。この後僅かも時を待たずして世界に破壊的影響力を与える機械「良識装置」まさにそれを。ポケットサイズの、黒い正方形の箱。その立体の一辺には丘のようにぽこんと膨らんだ赤いスイッチが付いている。これを博士は「良識装置」と呼んだ。博士の無意味な熱意と助手の尽力もあり、この装置は商品として世界中に普及した。小さな黒い箱は人間たちに絶大な衝撃を与え、最初は興味を示そうとしなかった芸術家気取りどもも次第に時代の波に押し流され普及率は限りなく100%に近いものとなった。人々は誰一人としてこの赤いスイッチに不満を示すことはなかった。ブラウン管は絶えずこれによって世界の秩序と退屈な安定が築かれていく様子を流した。普及に伴い二色のランプによって地球上の犯罪行為は激減していった。
一方、騒がしい世間から遠く離れた荒野に博士の小屋があった。小さなテレビからさわさわと溢れる光と音にとり憑かれている狂人がいた。「うふふふ・・・・・・。」どうやら、喜んでいるようだった。「いいぞ。いい兆候だぞ。」というような言葉を繰り返していた。機嫌のいい博士は大分まとも(常人と比べればまだまだだが)だったので助手もまた安心した日々を送っていた。冬を越したその年の夏助手は再び博士と別れた。
半年も経つと良識装置の信頼は絶大なものとなった。一辺の非の打ち所もないこれは世界中に流通し文字通りこれそのものが世界の「常識」となった。
・其の七 「僕らは皆宇宙っ子」
黒い球体が白い星が散りばめられた背景を切り裂きながら駆ける。我々は我々の生きる道しるべ良識装置を空に突き上げ声高らかにこう言った。「選択せよ!」光を閉ざされた牢獄に目の眩むような青が飛び散り、満たした。それが全てだった。それだけがそれこそが我々の意思だったのだ。私は影人に歩み寄り条件を承諾したことを伝えた。表情ひとつ変えずにその様子を見守っていた影人は頷くと私たちを宇宙船まで先導した。と言うわけであり、私たち人類は宇宙船に乗り込み影人の星へ向かっていた。ほとんどの人間達はくつろいだ様子で談笑したり笑顔を見せ合ったりしていたのだがそんな中でまるで気の違ったように何事かを叫んでいる人物がいた。
「違う!こんな良識装置の使い方は間違っている!」喉が千切れ飛ぶのではないかと言うばかりの悲痛な声だった。
その声は宇宙船の中で響いていたのではない。星の大地の果て地球の裏側のただっぴろい荒野の真ん中、古びた研究小屋の中からだった。狂った博士鈴木啓二とその助手が小さなテレビを呪うかのように睨んでいた。この二人は異星人の襲来をみごとに凌いでいた。遠くのほうの世界を旅していた助手は都市襲撃の一週間前にこの小屋に帰ってきたところだったのだ。銀河を離れ影人の星を目指す宇宙船の様子がテレビ中継されている。こんな良識装置の使い方は間違っている、と助手がなんども憤るが博士はいつものゆるんだ表情のままだった。
「いやこれでいいのだ。わたしは憎むべきこの世界を滅ぼすためにこれを作ったのだから。」とそうさらりと言った。
了
僕は今は亡き星新一さんが大好きです。
多少はそれっぽくなるように努力してみたつもりなのですが。
あと、春風パレットを大幅に付けたし変更したのと、
電脳恋愛完結しました。読んでみてください。




