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bukimi

廃墟マニア

作者: yuyu

 じめじめとした天気の中、一台の車がゆっくりと山道を走っている。地面がぬかるんでいる為、速度を出すとすぐにスリップする恐れがあるからだ。


車内には、体格の良い男が一人運転席に座り、助手席には黒縁の眼鏡をかけた、細長な男が座って窓の外を眺めていた。

 

 「そろそろか?」

 

 「ナビだと、もう着いていてもおかしくないが……」

 

 車内に二人の話し声がこだまする。周りはうっそうとした森林であり、鳥の鳴き声すら聞こえない。空模様もその雰囲気に呼応するかのように、どんよりとし始めている。


 数キロ程走っただろうか。車内のナビゲーションが目的地周辺であることを示した。

 

 「仕方ない。ここからは道も狭くなりそうだし、歩いて行こう」

 

 「そうだな。ナビもここ周辺を指しているみたいだしな」


 二人は車内から降り、狭い山道を歩いていく。持ち物はそれぞれ、スマートフォンと懐中電灯、山道に入る前にコンビニで購入した携帯食と飲料水のみである。

 

 そもそも、二人は当初、全くの赤の他人であった。インターネットの掲示板にて、お互いに廃墟マニアであることが判明。そして、廃墟を一緒に探索しようと両者が決めるまで時間はかからなかった。


 「今回の廃墟は約50年前までは、立派な屋敷だった。しかし、屋敷内で殺人事件が発生。それ以降、ここは誰も住み着かなくなり、今では殺された人の幽霊が出るとか」


 「幽霊なんかありえないって。掲示板には実際に見たという書き込みが複数あるけど、

どの書き込みも統一性が無い。確たる証拠も無い。問題の廃墟に入り込んでいるかも怪しい」

 

 真っ向から、幽霊の存在を否定し続けるのは細長の圭太。今回の探索を提案してきた本人である。

 

 「俺は幽霊やらポルターガイストとか、信じはしないけど、実際にいるのなら見てみたいかな」


 圭太に対し、軽い口調で話しかけているのは筋肉質の結城。

 

 圭太と結城はお互いに廃墟マニアだが、廃墟に対する感覚が異なる。


 圭太は幽霊等の存在はいないことを証明する為に、各地の廃墟を周り、写真や音声の録音を続けていた。時には、一週間以上も廃墟に泊まりこむ事もあった。


 一方、結城も同じく幽霊等は信じていないが本当にいるのであれば、一目見てみたいという純粋な好奇心から、毎回同行している。


 「かなり歩いたと思うが、まだ着かないのか?」


 「あそこに少し、屋根みたいな物が見えたからこの方角でいいはずだけどな」


 車から降りて、歩き出し約30分近くかかった。やっと、噂の廃墟が少しずつ見えてきた。かつては、立派な門扉があったと思われる場所は、今や錆が浮きすぎており、触れるのも危ないと思わせる有様。屋敷の壁にはいたる所に蔦が生い茂っており、侵入者を拒む様相である。ドアは両開きに見えるがすでに片側は開いていた。


「やっと着いた。疲れた……」

 

 体力の無い圭太はすでに満身創痍である。一方、体力に自信のある結城は落ち着いた呼吸のまま、圭太を見ていた。

 

 「少し休んでから入るか?まだ本格的に真っ暗にはなっていないから」


 結城は呼吸の乱れている圭太を気遣い、門扉付近で立ち止まって屋敷を見上げている。

 

 「いや、大丈夫だから先に進もう。目当ての建物に辿り着けたから早く入ってみたいしね」

 

 圭太は腕で額の汗を拭い、服の裾で眼鏡を拭いた後、徐々に呼吸を整えていく。


 「じゃあ、今から入ろう」


 結城の一声で二人は屋敷内に足を踏み入れていった。


 屋敷内は外よりも荒れており、窓ガラスはほぼ全て割れていた。床はかつて、絨毯が敷かれていたのだろうか。今ではめくれあがっており、歩行の妨げにもなりかねない状態である。


二人が歩く度に、床からギシギシと断続的に音が響いてくる。外の薄暗さと比べると屋敷内は、すでに辺り一面真っ暗闇が広がっていた。二人は懐中電灯を点け、探索を始める。


 「書き込みによるとこの屋敷は全部で3階建てで、玄関から真っ直ぐ入ったら、すぐに螺旋階段が見えるとか」


 「その螺旋階段すら見当たらないな。書き込みは当てにならないな」

 

 「あと、幽霊の情報としては、どこからともなく女の泣き声が聞こえる。髪の長いのがいたという情報もあれば、反対に短いという書き込みもあった。泣き声ではなく、笑い声が聞こえたというのもある。やっぱりあまり当てにならないか」


 「書き込みは一人の人物が複数回書き込んでも分からない仕様だからな。そもそも、廃墟の雰囲気に飲まれて、大方聞こえはしない声が幻聴となって聞こえたんじゃないかな。女の容姿もばらばらだしな。幽霊なんかいない。それを証明する為に今から録画と撮影始めるぞ」


 「了解。まあ、いつも通り、一通り撮影しますかね」


 二人はスマートフォンを手に取り、手当たり次第に撮影を始めた。


 音声も撮る為に、結城は録画担当である。階段が無い為、一階のみの探索となる。一階にはコンロが複数個もあるキッチン。ソファーのような布が剥がれて中身がむき出しとなっている椅子。食事を行う場所であったのだろうか。大きな机が4つほど並んでおり、中には脚が腐敗し、折れてしまっている物もある。


 天井にはシャンデリアが無残にも割れて、中身の電球らしき物が見え隠れしている。歩く度に埃も舞い上がる為、二人は口を腕で覆いながらスマートフォンを操作した。


 一階のみであるが、一通りの撮影が終わったので、結城は圭太のほうを振り向き、声をかけた。


 「もう大体こっちは撮影終わったぞ」


 しかし、圭太は結城の声に反応しない。少し声が小さかったか?と疑問に思いながらももう一度、圭太に話しかける。

 

 「おーい。こっち終わったぞ」


 圭太はそれでも反応しない。不審に思い、結城は小走りで圭太に近づく。そして、右肩を叩いて振り向かせようとした瞬間に見た。見えてしまった。圭太のスマートフォンの映像が。


 もう録画は終わっていたのだろうか。一階のキッチンのほうを映された映像であるが、その映像に映っていてはおかしい物がある。

 

 髪だ。尋常では無い量の髪がキッチンのシンクからはみ出して映っている。黒々としたその髪はまるで生き物であるかのように、少しずつ撮影者である本人目掛けて、床を伝いながら伸びてくる。伸びてくる。伸びてくる。


 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 映像を観ていた圭太はスマートフォンを手から取り落とした。結城には、続きを見る余裕が無く、気付けば圭太を置いて先に門扉まで走り抜けていた。


幽霊を見たいとは、常日頃から興味本位で思っていた。しかし、いざ目の前にすると、冷や汗が止まらない。動悸が激しくなる。ここにいると危ないという感覚が強くなり、無情にも圭太を置いて門扉まで飛び出してしまった。


 「ああ……そうだ。圭太は。圭太は……」


 結城は自分の犯した罪に気付き、すぐに屋敷内に引き返した。圭太はまだ佇んでおり、床に落としたスマートフォンを手に取ろうとすらしない。触れたくもないのだろう。結城は圭太の正面に立ち、眼を見て話しかける。心なしか、圭太からは表情が全て抜け落ちているように見えた。


 「早く帰ろう。今さっきの映像も何かの間違いだって。もう一度見直したら、意外とスマートフォンのほうがおかしかったってなるかもしれないだろ」


 結城は懸命に無い知識を振り絞って、圭太に話しかける。それでも、圭太には声は届いていないようだ。ふと、圭太が声を出し始めた。


 「始め、門扉から屋敷に向かうまでに沢山窓が割れてると思って、すぐに録画開始したんだ」


 「すると、3階の窓付近で髪の長い女?のような人が手を振ってるのが見えて」


 「まさか、そんなはずは無いと思って。その窓のあった部屋の真下、一階のリビングを見て周ったんだ」

 

 「そうしたら、古ぼけたソファーの下に、取っ手のような物が見えて、ソファーをずらしたんだ」


 「取っ手に手をかけたら、案外とすんなり開いて、中に骨が沢山入っていたんだ」


 「本物の骨とは思わなかったから、触って確かめようとしたんだ。すると、その骨の隙間から俺のほうをじっと見つめる眼があってさ……」


 「その眼も一つじゃなく、複数もあったんだ!信じられるか!?あんな狭い物入みたいな中に沢山の眼が......幽霊なんか信じたくなかったけど、こればかりは」


 「圭太。ごめんな」


 結城はそう言って、予めポケットに入れておいたナイフを抜き取ると、圭太の首に突き刺した。ナイフを抜くと血がどんどん溢れてゆく。


 「あああああああ!」


 圭太は必死に両手で首を押さえるが、血は止まらない。とめどなく溢れていく。両手が真っ赤に染め上げられていく。命が流れ出ていく。ついには意識を無くし、床に倒れこんだ。


 数分経ったであろうか。すぐ側には、圭太が絶命する様子をずっと観察し続けていた結城の姿。


 「今日も良いシーンが撮れた。これだから辞められない。次は、どの廃墟にしようか」


 「おーい!もう降りてきていいぞ!」


 その声と同時に、髪の長い女が壁紙の色と同化した棒をつたって降りてくる。ポケットからスマートフォンを取り出した。


 「すっごいシーン撮れたよ。家に帰って鑑賞会しよう!もうこれで何人目?」


 「ざっと、10人ぐらいか。こいつ、全然幽霊信じてない癖に、加工した映像にも気付いてない。ただの馬鹿じゃないか」


 「もう死んでるから聞こえてないよ。ゆうくん。早く鑑賞会しようよ。もう一回血が噴き出すシーン見たい」


 結城は予め、廃墟の撮影を彼女、星奈と行っていた。


 あえて、スマートフォンも圭太と同機種に変え、アプリの配置も盗み見て、圭太と同じように変えた。車から降りる前に、スマートフォンを入れ替えておけば、気付かぬうちに結城のスマートフォンで録画を始める算段だ。

 

 結城のスマートフォンには録画し、加工を施された廃墟の映像がすでに入っている。録画を終えたら、その動画が自動再生されるように細工も施していた。


撮影者が違う為、再生すると違和感を感じると思われるが、結城は入念に圭太が録画を始める位置やこだわりを、今まで探索の同行を続ける事で調べ上げていた。

 

 「この動画いくらで売れると思う?俺は結構高値で売れそうだと思うけど」


 結城は違法サイトでこの手のシーンを撮り続け、売り飛ばしている。多額の金が手に入る。廃墟には床下収納や地下室があるから、死体の処理もすぐに済む。そして、また、提示板に噂を書き込めば圭太のような人が食らいつく。


 「うーん。星奈は100万は行くと思う」


 「100万か、しけてるな」


 死体の処理を終えた結城と星奈は、廃墟の裏に停めていた車に乗り込む。車を発進させ、街のほうへと進んでいく。途中、結城の車を目につかない場所まで移動させておくことも忘れていない。


 「今日は時間かかったな。もう少しあいつの性格が分かればもっと早く動画作れたんだが」


 「私、まだその動画見てない!どんな風に加工したのか見せてよ」


 結城は星奈にスマートフォンを渡した。星奈はすぐに再生を始める。しかし、その顔色がどんどん青ざめていくのが手に取るように分かる。


 「どうした星奈。なんかおかしいか?」


 「違う。違う。こんなの……」


 そう言いながら、星奈はスマートフォンを運転席にいる結城に投げつけた。


 「いって!どうしたんだよ。急に」


 「動画見て」


 「え?」


 「いいから!動画見て!」


 あまりの剣幕に、結城はたじろぎ、車を止めて自分の加工した動画を見た。星奈が手を振っているシーンに行き当たる。


 「私、確かに棒みたいな物に捕まって頑張って3階まで登ったよ。だけど、手まで振ってないの!腕が疲れてて立ってるのでやっとだったから」

 

 「じゃあ、この女は誰だよ……」


 突然、スマートフォンを持つ結城の手が震える。今にも取り落としかねない程に。その眼はスマートフォンには向けられておらず、車内のバックミラーへと向けられていた。


 つられて星奈もバックミラーを見る。ミラーには、髪の長い眼の血走った女が映っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして、風花 深雪と申します。 拝読させていただきました。 廃墟の雰囲気や様子というのがとても上手に書かれていて、もういろいろとリアルに想像することができました(>_<) 読んでい…
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