合わせ鏡とお化け洋館
放課後の掃除時間。
僕は次に調査するオカルトスポットを考えながら掃除をしていた。
──最近クラスの女子の間で流行っている、2階トイレの合わせ鏡を調査したいけど、女子トイレだしな……。
「あなたがシュン君?」
掃除を終えて教室に帰る途中、女子生徒から声をかけられた。
確か、同級生だったっけ……?
「私、4組の吉見理沙って言うんだけど……聞いて欲しい話があって」
吉見理沙。ヨシミリサ。
覚えが無い。
4組に知り合いもいないし、覚えが無いのも当然か。
「アナタって確か、怖い話とか変な話とか詳しいのよね?」
少々失礼な気もしたけれど、本当の話だから仕方ない。
──そうだけど、どうしたの?
「実は昨日変な事があって。お化け洋館? って言うんだっけ、そこで、今もなんだけど、変な事が起こってて……」
突然の事だったが、話は僕らの、僕と友達のカヤの好みの話のようだった。
オカルト絡みの話。
今日はカヤが風邪で休みだったので、僕だけで彼女の話を聞くことになった。
町外れの集合住宅に住んでいる吉見さんは、学校まで登校するのに歩いて30分ほど時間がかかるそうだ。
だから遅刻しそうな時、学校には内緒で自転車を使っている。
自転車を使った時、彼女は学校に近いスーパーに自転車を止めて、そこから歩いて来ていた。
そして昨日の事、遅刻しそうになった彼女はいつも通り自転車に乗ってスーパーに向かった。
いつもと同じスーパーの駐輪場に自転車を止めて、走って学校に向かった。
何とか遅刻せずに済んだ彼女は、いつも通り学校で授業を受けて帰宅の途についた。
しばらく歩いていくと、いつも通りスーパーが……見つからなかった。
スーパーの場所には初めて見る寂れた洋館が建っていた。
どう見ても誰も住んでいない廃墟。
立ち入り禁止の札が入り口の門に掛かっている。
どうも随分昔から立ち入り禁止であるようで、札も煤と錆が目立っていた。
たぶん道を間違えたんだろうと思い、周辺を歩いたがそこは見知った場所、洋館以外は全て記憶通りだった。
吉見さんは混乱した。
そして更に混乱することが彼女に起こる。
なんと洋館の庭に自分の自転車が置かれていたのだ。
自分の自転車は誰かがそこに置いた様にそこにあった。
考えるとそこは駐輪場があった位置。
自転車は今日の朝止めたまま、そこに置かれていた。
先週の日曜日に掃除したばかりの自転車は綺麗なまま草むらに立っていた。
寂れた洋館に不釣合いな、綺麗なままの自分の自転車。
怖くなった彼女は自転車をそのままにして走って家に帰った。
両親、兄弟にその事を話すと彼女は更に驚くことになる。
彼女が言うスーパーなんて知らない、洋館なら昔からあったと、家族は彼女に伝えたのだ。
そして今日、学校に来る途中にも洋館の前を通ったが、やはりそこに洋館はあり、自分の自転車もそのまま置いてあった。
学校でも洋館の話をしてみると、彼女の語る洋館はお化け洋館と呼ばれて昔からある建物ということだった。
当然スーパーなんてだれも知らない。
吉見さんの話を聞いた僕は半信半疑だった。
お化け洋館と言っても外見だけの話でオカルト的な話はまったく無い場所だ。
その旨を伝えると吉見さんは少し落胆していた。
ある程度は想定していたことだったのだろう、やはり自分の勘違いということにしようとしているのかもしれない。
僕は吉見さんに明日カヤが学校に来たら相談してみることを告げたが、吉見さんは自転車だけでも持って帰りたいとのことだった。
怖いから付いてきてほしい。
付いていくだけならいいかと思った僕は、吉見さんと学校を出て洋館に向かった。
洋館に着いて改めて見てみると、本当に不思議な所だ。
まず、普通の住宅地にそのまま建っていることが不思議。
過去に建てられてたとは言え、それでも周囲からは浮いていただろう。
また、廃墟っぷりも酷い。
庭は雑草で覆われ、割れた窓もそのまま。屋根にも穴が開いている。
門は外れかかっており、立ち入り禁止の札がかかっていた。
不気味だ……。
しかも、言われて見れば立地的にはスーパーがあっても不思議ではない。
広さもそれなり、立地も調度良い。
スーパーになれば非常に繁盛しただろう。
なぜ洋館のままここにあるのか。
曰く付きの場所であれば重機が動かなくなったとか、壊そうとした人が不幸になったとか、都市伝説ならそういった事も考えられるが、そんな話すら聞いたことがない。
──まあ、考えても仕方ないか。
とりあえず自転車を運ぼうという事になったが……どうやって運ぼう。
門は外れかかってはいるけど、いざ外すとなると元には戻せそうにない。
周りには高い柵があるから、登って入る事は難しそうだ。
周囲を探って見ると子供が一人入れそうな穴が柵の下に開いていた。
僕ならここから入れそうだけど、自転車は通れそうにない。
「ロープか何かで柵の上から吊るして出すしかなさそう。大掛かりだね……」
確かに道具が無ければこれは出すのは辛そうだ。
カヤが居れば僕らだけでも自転車を取り出せるかもしれない。
「なんでこんな事になったんだろう。やっぱり、トイレの合わせ鏡が良くなかったのかな……」
──トイレの合わせ鏡? 吉見さん、トイレの合わせ鏡を試したの?
「うん。スーパーが洋館に変わった前の日の放課後に」
……それが原因な気がする。
「え? だってただの鏡でしょ? それに他の友達は何とも無かったみたいだし……」
でも合わせ鏡を行った直後に妙な事が起こってるなら、それが原因じゃないだろうか。
──噂通りに試したの?
「うん。4:44に西側2階のトイレ、右側の鏡で合わせ鏡をしたの。それで願いを言うと叶うって言うから」
──噂通りだね。それで、吉見さんは何をお願いしたの?
「私は将来の事をお願いしたわ。結婚して子供と仲良く出来ますようにって」
将来の事か。
特に今の状況との関係が見えない。
何だろう、噂が間違っているのかな。
「そうでしょ? やっぱり関係無いと思うんだけどな……」
今日は取り合えず自転車はそのままにして、明日またカヤも交えて相談することにした。
洋館の前で僕らは軽く挨拶をして別れた。
家に帰り、夕食を取り、お風呂に入る。
湯船に顔を少しつけながら考える。
頭に浮かんでくることは吉見さんのことだった。
吉見さんと洋館の周囲を探ったがただの廃墟であるように思えた。
変な雰囲気もないし妙な痕跡も無い。
だから、あの場所が原因では無く、やっぱり合わせ鏡に原因がある気がする。
しかし、噂からから起こる事態とは全然違う。
吉見さんの記憶で言えば彼女の記憶違い、あるいは勘違いということだろう。
普段から行っていた記憶全てが勘違いだったということになる。
あるいは彼女の嘘。
何かしらの目的に基づいた虚構。
それはあまりに意味のないことだ。
虚言癖であるというなら話は別だが。
もし彼女の話が本当だとしたら、彼女と僕達どちらかの記憶が上書きされたということだろうか。
これもよく分からない。
スーパーが洋館になっただけの話だ。
実害はまったく無いように思える。
特に考えはまとまらず、僕は日を終えた。
「昨日そんな事があったのか。風邪なんかで休むんじゃなかったぜ」
翌日の朝、カヤと一緒に登校しながら吉見さんとの事を話した。
「ただの寂れた洋館だと思ってたけど、言われて見れば不思議だよな。あんな場所でそのまま廃墟になっているなんて」
確かに、子供の頃からずっとあのままの状態であるなんておかしい。
場所も良いし、何より倒壊しかねない状態で10年近く放置するだろうか。
「でも、合わせ鏡か。もしかしたら、いや、それよりも吉見って……」
カヤは何か気にかかっているようけど、上手くまとまっていないようだった。
そういうことはよくある。
カヤは思っていることを言葉にすることが苦手。
だから、普段居るときも思っていることを想像しながら話をするようにしている。
「まあいいや。放課後吉見に会いに行ってみようぜ」
放課後、吉見さんと会った僕らは結局もう一度洋館に行ってみる事になった。
カヤが洋館を見てみたいという事と、吉見さんも自転車の様子を見に行きたいという思惑が一致したからだった。
「吉見はスーパーが洋館になってから他に変な事はなかったのか?」
「う~ん、特にない……と思う。でも、何か変な気がする時もある様な」
──どんな時に変な気がするの?
「友達と話している時とか、家族と話してる時もそうかな。何か違和感を感じる気がする」
「違和感ってどんな感じだ?」
「いつも通り半分、違和感半分って感じ。半分いつもと違うなって気がする」
半分いつもと違う感じって難しいな。
カヤは少し考えていたが、思いついた事を口にした。
「そうするとやっぱりあれじゃないか? 並行世界。吉見は別の世界からこっちに来たんじゃないか?
合わせ鏡って言うと並行世界を連想するだろ?」
並行世界からこの世界に来てしまった。
洋館がスーパーだった世界から。
並行世界があるなら、かなり正しい結論な気がする。
「並行世界って、でも合わせ鏡のせいで? それだとなんで朝はスーパーで昼は洋館なんだろ」
確かにそうだ。
合わせ鏡が原因だったら、時間差で変化した理由も良く分からない。
そうこうしている内に洋館の前だった。
昨日と何ら変わりは無い。
自転車もそのままだった。
「一体何なんだろうね。合わせ鏡なんてするんじゃなかったよ」
吉見さんは悲しそうに呟いていた。
「面白がってそういう事をすると痛い目には合うかもな。俺たちもけっこうイロイロ痛い目に会って来たよ」
確かにイロイロあった。
本当に命の危機を感じたこともある。
それでも自分の住んでいる世界が実際に変わるようなことは無かった。
「でも、自転車を持って帰りたいな。今日も遅刻しそうで……」
案外現金な人だった。
とりあえず自転車を何とかしようと言う事になり、僕は持ってきたロープを使って自転車を出そうと洋館に入った。
鬱蒼とした茂みの中を起き上がる。
柵はかなり高いがロープの長さは十分に感じた。
自転車は茂みに覆われてそこにあった。
周りの寂れ具合に比べて圧倒的に綺麗なままだ。
錆びもホコリもほとんど無い。
しかし、よく見てみると玄関口から自転車に向かって草が踏みつけられた後があった。
そこを自転車を引いて入ってきたような。
不思議に思った僕は、そのまま入り口の門に歩いて行く。
入り口の門は外れそうだが、札がかかっていないほうを引いてみると簡単に開くことが出来た。
無用心にも鍵が掛かっておらず、そのまま誰でも入ることができそうだ。
「どうしたんだよシュン? どこ行ったんだ?」
カヤ達の位置からだと玄関口まで良く見えないようだ。
自転車まで戻って今確かめてきたことを伝えた。
「それなら吉見は自分で自転車を引いてそこに置いたんじゃないのか?」
「そんな事ないよ! だって、あの日もスーパーにいつもと同じ様に……でも、あれ……?」
吉見さんは焦っている様子だった。
自分の記憶を疑っているようだ。
状況だけ見れば明らかに自転車を引いてここに置いている。
吉見さん以外の誰かがここに置いた事かもしれないが。
とりあえず自転車を外に出そうと思った僕は自転車のハンドルを持つ。
そこから視線を落すと泥除けに名前が書いてあるのが見えた。
吉見智沙。ヨシミチサ。
──あれ、吉見さんって名前チサだったの? ごめんずっと聞き間違えてた。
「そうだ! 理沙じゃない智沙だよ! なんで思い出せなかったんだろう。
実行委員一緒にやったから変だと思ってたんだ。お前、吉見智沙じゃないか」
カヤがそう叫んだ。
理沙じゃなくて智沙?
それを聞いた吉見さんの困惑する声が聞こえてきた。
「え? チサ? 私は……」
言いかけた言葉が唐突に途切れる。
しばらく待っても何も聞こえない。
──あれ、吉見さん?
吉見さんの方を向く。そこにはカヤしか居なかった。
──カヤ、吉見さんは?
「シュン、今……吉見さん消えたぞ」
困惑した様子でカヤが言った。
柵越しに周りを見ても誰もいない。
自転車はそのままにして周辺を探したが、吉見さんを見つけることはできない。
「ど、どうしよう。あいつどこいったんだよ」
──ほ、本当に消えたの?
「ああ、そう見えた。目の前で突然いなくなったんだ」
僕らは混乱していた。
とりあえず、学校に戻って先生に言おうと言う事にして学校に向かった。
学校に着いて上履きに履き替えようとしていた時、階段から吉見さんが降りてきた。
──よ、吉見さん!?
「お、お前、何だよ!? 何で学校にいるんだ!?」
「……それが良く分からなくて、洋館で名前を呼ばれたところまでは覚えてるんだけど。気づいたら学校の2階のトイレにいた」
詳しく聞きたかったが吉見さんはふらふらで体調も良く無さそうだった。
そうすると今話を聞くのは躊躇われ、とりあえず吉見さんを家に帰そうということになった。
しかし、家まで送ると伝えるも、大丈夫とやんわり断ってくる。
吉見さんは靴を履き替えずにそのまま学校から出て行った。
どうやら外履きでそのまま学校に居たようだった。
洋館に一緒に居た吉見さんが消えて、そのまま学校に来た事は本当の様に思えた。
「訳分からねぇ。アイツ一体何なんだよ……」
翌日。
すぐに詳しい話を聞きたかったが、吉見さんが遅刻したため話せず、昼休みは友達と話しているようでこちらから話しかけ辛かった。結局、放課後に吉見さんから声をかけられるまで詳しく話せず仕舞い。
掃除の後、学校の図書館で三人で集まった。
「こんな時間まで話せずにごめんなさい。ちょっといろいろ確かめてて」
吉見さんが切り出した。
声はハキハキしており、今までとは印象がちょっと違う。
体調はもう大丈夫そうだった。
「もう誰と話しても違和感は無かったから大丈夫。記憶もしっかりしてる」
今の時間までいろいろな人と話してきたらしい。
昨日家族と話した時も違和感はもう無くなっていたという。
「あの日もいつも通り洋館の庭に自転車を止めて学校に行った。
あそこなら、自転車を止めても誰にも言われないから、いつも止めているの。
それで昼ごろに2階のトイレに行って手を洗っているときに鏡を見たのよ。
その時映った自分と目が合ったんだけど、自分じゃない感じがした。
それからだね、洋館をスーパーと思うようになって、知り合いと話すたびに違和感を感じるようになった」
合わせ鏡が時間を置いて何か作用したのか。
どうやら本当に不思議な事が彼女に起こったようだった。
学校への瞬間移動も考えられる常識では説明がつかない。
吉見さんの説明の後、僕とカヤはあの後に洋館へ戻ってから分かったことを彼女に伝えた。
「あの後、洋館シュンと寄って見たんだけど、測量工事の人が来ていたんだ。
話を聞いてみたら、洋館が大手スーパーのチェーン店になるって話が来てるって。
つまり、もうすぐあそこは洋館からスーパーになるって事らしい」
「え、それじゃあもうすぐ私もスーパーの駐輪場に自転車を止めるのかな。未来の体験をしていたって事?」
それだと理沙って名前に変わっていたことが説明がつかない。
だから、きっと合わせ鏡は願いを半分叶えてくれていたんだ。
年齢的に実行できない『結婚して』の部分は抜きにして、
『子供と仲良く出来ますように』
子供と一つの身体で仲良く出来ていた。
「それじゃあ理沙って将来の私の子供? ……うん、何かしっくり来るわね」
吉見さんは嬉しそうな顔でウンウンと肯いていた。
「子供の名前は理沙ね。覚えておこう」
吉見理沙ちゃん。
僕らは彼女にまた会えるんだろうか。
「さてと、今日こそ自転車を持って帰るわ。じゃあ、またね」
そういうと吉見さんは図書館を走って出て行ってしまった。
あっという間に去っていく、嵐みたいな人だった。
「何だよあいつ、礼も言わずに。また何かやらなきゃいいけど」
カヤは少しむくれた顔をして、頭を抱えて椅子にもたれた。
吉見さんのアッという間の退場とカヤのこの様子に僕も呆れ笑いだ。
「まあ、いいや。折角の図書館だ。七不思議の『予言の教科書』でも探そうぜ!」
カヤは勢いよくさっと起き上がった。
僕の手を掴んで図書館の奥に行こうとする。
僕は手を引かれながら未来に現れる吉見理沙が母親と同じ様に自転車を止める様子を想像していた。
朝に同じように遅刻しようになり、同じように自転車で学校に向かうのだろう。
しかし、母親と同じ様な性格にだけはならない様に願いたい。