非情
突然、僕の左腕が変化したのに反応できず僕の爪が首筋に吸い込まれるように刺さる。
そしてそのまま左に振り、首の広い範囲を深く切り裂いた。
驚きと苦痛が織り混ざった表情を浮かべ、吹き出すように出ている血を手で止めようとしながら言葉を発しようとしている。
でも残念ながらパクパクと口が動くだけで声が出ない。
僕は返り血を浴びない様に離れ、笑顔でその様子を生き絶えるまで見ていた。
「あれ?この人強いみたいな話ぶりだったのに、今のに反応すら出来ないんだ。この人も僕の邪魔をしようとするし本当に邪魔されてばかりで気が滅入りそうだ。はぁ、僕は駄目だな、兄さんの様に賢ければまだ何か手があったかも知れないし、そもそもこうはならなかったよね。やっぱり猫かぶりはよそう。僕は僕でいるのが一番よさそうだ」
僕は一人呟くと部屋を出た。
まずは魔術店に行き千嘉を起こさせる。
そしてこの街の領主とやらにでも情報を話させるつもりだけど、もし拒否されたりしたら痛い目を見れば協力してくれるはずだよね。
◾️◾️◾️
「ヨルドさん、居ますか?リディです。シュゼットさんの使いで来ました。入りますよ?」
そこは町外れにあるヨルド魔術店、売っているものや調合する秘薬の中に強烈な匂いを出すものがあるらしく、町外れにしか店が出せなかったそうだ。
中に入ると匂いは更に強くなり、リディは顔を顰めた。
ここはいつ来ても壁や棚にリディにとって用途の分からないものばかりが置いてあったが、ヨルドにとっては大事な道具や商品なのだろうと思い、匂いを我慢しつつ千嘉を抱き奥の部屋へと向かう。
「ヨルドさん、いるなら返事ぐらいしてくださいよ」
「なんだ?リディ。俺は商売以外、人の頼みは聞かないぞ」
「とりあえずこの子をベットに寝かしますね。えと、シュゼットさんからの伝言です。この子の目を覚まさせてやってくれ。私からの頼み事だと言えば断らないだろう。だそうですよ」
「ちっ。あいつの頼み事を断ると後が怖いからな。しょうがねぇ、早く済ませるぞ。俺は酒が飲みたいんだ」
ヨルドが千嘉の頭に手を触れ手を目を閉じる。
「ちっ、これは面倒だな。強いスキルの力で寝てやがる。たしかにシュゼじゃなんとも出来ないだろうが俺ならなんとかできる」
ヨルドは机の引き出しを乱暴に開け、中からいくつかの道具と棚から3つの薬品を机に出した。
「今のこの子の中では強い力を持つスキルが本人の目覚めようとする意志を弱め、スキル自身がこの子に何らかの影響を与えている状態だ。多分、生まれながらのスキルではなく何ならの条件を満たして後から覚えたスキルだろう。そこでスキルの影響効果を下げて、覚醒させる。って事でおい、リディ。その子の口を開けろ。無理やり薬を飲ませる」
そう言うとヨルドは薬品を道具で混ぜ始め、よく分からない色というかどう見ても毒にしか見えない色の薬を作った。
「え、ヨルドさん、それ飲ませるんですか?その色大丈夫ですか?毒じゃないですか?」
「五月蝿え。これが無理やり普通の状態に戻して意識を覚醒させるのに一番効くんだ。おら、しっかり口開けてろ。」
ヨルドは千嘉の口に漏斗のような物を当て、薬品をドバドバと流し込む。
途中千嘉が薬品を吐き出す事もあったが、それでもドンドン注いでいく。
「よし、これだけ飲ませればもう大丈夫だ。あとは本人次第だがやがて目を覚ます。だからとっとと帰れリディ。シュゼにはちゃんと仕事はしたからな。と伝えろよ」
「はい、ありがとうございました。伝えますね」
リディが千嘉の口元を布で拭きつつそう答え、また千嘉を抱き上げて部屋を出ようとしたとき、建物の扉が勢いよく開き飛んだ。
「みーつけた。リディさん千嘉は目を覚ましたましたか?」
そこにはさっきまでシュゼットと会っていたはずの智子の姿が有った。
だがしかしリディは何か違う雰囲気を感じた。
そう、先程までの智子は何か悲しみが抜けきってない部分と千嘉への心配がリディには感じ取れていた。
しかし、今の智子は悪戯がしたくてたまらないようないじめっ子の様な顔をしていた。
「サト…コ?なんだかさっきまでと雰囲気が変わったわね。ええ、ヨルドさんの診察と処置は終わったわよ。あとは心配要らないそうです。所で、司祭様との話はなんでしたか?」
「そうなんだ、ありがとうリディ。そしてこれはお礼だよ。痛かったらゴメンね」
そう言い終わる前に千嘉を左手で強引に奪い取り、右腕が跳ね上がりリディの首が宙を舞った。
その顔は自分に何が起こったか分かってる様子はなくそのまま床へと落下し、自分の首から上が無い体を見ると叫び声を上げようとしたがもちろん肺や声帯が無い状態では声は出せず、口を2、3度開きグルンと白目をむいて動かなくなった。
「これで漸く千嘉の心配が要らなくなったわけで、当初の目的を目指せる。千嘉、僕はちゃんとやるよ見ててね」
智子は千嘉を抱いて建物を出て領主の居る屋敷を目指した。
場所は既に街の住人から聞いて知って居るのでその足取りに迷いが無かった。
智子が魔術店を立ち去った数分後、奥の部屋には真っ青な顔色をし、ひたいには大量の汗を流したヨルドが居た。
「な…なんだあの化け物は。魔力の量も色も人間には有り得えん。済まんリディ。俺には今すぐどうこう出来ないが必ずあいつには報いを受けさせる。願わくば安らかに。…急いで守備隊に伝えなければ。それと師匠と妹弟子のあいつにも連絡を入れなければ」
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