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フレンドラブル  作者: 結崎ミリ
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第六章:初めての依頼

 午後の授業も終わり、終鈴チャイムと共に帰宅を決め込んでいた俺の脚は、自然と校門とは別の場所に向かっていた。

「さっきはお疲れさん」

「おぉ、貴様か。今日も遅刻だぞ。どうした?」

 第二生徒会室。

 昨日と同じように大量の書類を四つ山に分類していく生徒会長と超速タイピングを披露する副会長。

 違うのは『第一』ではなく『第二生徒会室』になってること。

 第一生徒会室に行ってもいなかったからこっちに来たら案の定。

 よくもまぁ一日で引越したばかりの新しい拠点に馴染めるもんだ。

 そしてどうして俺はここにいるんだろうね。

「それは悪かったな。サークルに入部してないやつに対するその言い草はもっと悪いけどな」

「なに! 我は先日、貴様の入部申請書を生徒会へ届けたぞ。これでは生徒会現会長に謝罪をする必要があるではないか」

「……生徒会の現会長、あんたじゃん」

「なるほど、そうだったな! では副会長である美零に謝罪をしよう」

 いうが早いかそいつは膝と手を地面に付け、上体を屈めた。

 いわゆる土下座というやつだ。

「すまなかったな美零! 我の全てを持ってそなたに謝罪をする! どうか許してほしい」

 頭まで地面に付けやがった。

 彩援さんの表情は一気に青冷め、眼も漫画みたいにぐるぐるぐるぐる回る回る。

「そんな、会長おやめください! 会長がそこまでなされるとわたくしは生きていけません! 会長の土下座姿を見るくらいならわたくしが蛆虫にでもなった方がずっとマシです。そうです、わたくしは蛆虫なのです! 踏みつけてください」

 お坊さんみたいな完全無欠な土下座を披露する会長と、自分は蛆虫だといいながら地面でクネクネし始めた副会長。

 会長は知らんが彩援さんは妙にえろい。

 どうやら二人ともパニックを起こしたようだ。

 だが超レアで非常に面白いのでこのまま傍観してみようか。

 とも考えたが、俺の中で彩援美零美貌イメージが崩れ去りそうな気がしたので、ズボンポケットの中で折りたたんである紙を取り出し、会長の前に落としてやった。

「それ、入部届け」

 瞬間、土下座冷炎様が地に落ちた紙を好物の肉を投げ込まれた犬みたいに全力で拾い上げる。

「まさか貴様! 入部してくれるのか、フレンドラブルに」

「そうだ、入ってやるから土下座をやめろ」

「入ってくれるのかぁフレンドラブルに! そうかぁ入部かぁ」

 ……すっげぇ嬉しそうだな。

「ほら、彩援さんも」

「すみません」と手を掴んだ彩援さんは妙に妖艶で、スカートから覗き込む真っ白な肌が俺の胸部をむやみにゾクゾクさせた。

 このまま覗き込んでいたら精神的にも人間的にもダメになってしまいそうなので、俺は至福の領域から、一枚の紙に瞳を躍らせている会長に視線を移す。

「ふむふむ、やっとその気になってくれたか。天草しいなも入部を希望してくれた。うむ、実に素晴らしい」

 言葉はこんなんだが、身体はベットにつるした靴下にお目当てのおもちゃが入っていた子どものように入部届けなる紙を親指でこれでもかとしっかり掴んでいる。

 掴んでるっていうか、

「会長、それだと俺の名前が見えなくないっすか?」

そうなのである。会長の親指がぴったり、名前欄に沿えられており、こういう時、入部希望者の自記筆を見つめるもんじゃなかろうか?

「あ、あぁ気にするな。我としては貴様が我がフレンドラブルへの入部を表明するこの用紙を額縁に飾りたいくらいであるのだかな!」

 ん? なんか会長にしては曖昧な言い方のような……。

 でもここで妙な詮索したところでそれはそれは時間の無駄となるに違いない。会長の言うとおり気にすることでもないんだし。

 それにだ、本当に額縁に飾り出すとか言い出したらそっちの方がメンドーだ。メンドーはなるべく避けたい。

 つーわけで俺は些細な疑問などすっかり消し去り手っ取り早く事に勤しむことにした。

「で、俺はなにをすればいいんだ。その山のような資料の分類か?」

「ん、あぁそうではない、これに関しては我と美零にしか出来んことなのでな」

 会長と彩援さんにしか出来ないこと?

「うむ、我としては貴様にこの依頼を頼みたいのだ」

「依頼ときたか」

「そうだ。先日、美零が説明したように、我らフレンドラブルの活動内容は、人の悩みを解決すること。つまり学生から寄せられる依頼を全てこなすことにある」

 ぽんっ、と机に置かれた四つ山に手を置く。

「そしてその依頼というのは、先ほど貴様が資料といったこの山全てだ」

 会長が手を置く山は一つ、しかし

 この山全て、全てっていったかこいつ?

「おいおい、冗談じゃねぇぞ? この山全部って、何百通あるんだよいったい」

 これ全部こなすのに何日掛かるか想像したくもない。

「なにをいっている? これは一ヶ月分だぞ。月によっては更に多くなる。美零、去年の最高枚数はどの程度だった?」

 さっきまで魅惑のポージングを決めていた彩援さんはいつの間にかパソコン画面を前に、マウスをカチカチ動かしていた。

「昨年は、二月に寄せられた四百三通が最高です」

「うむ、確かに二月はフル活動だったな。素晴らしい日々だった」

 完全無欠の生徒会長と呼ばれる真堂冷炎が「フル活動」という仕事量って。

 一般サラリーマンの二倍は体力消耗しそうなのだが。

 俺は正直にいうことにした。

「……とてもじゃないが俺には無理だわ。そんなこと毎日続けてたら過労死する」

「過労死するのかそれは大変だな!」 

 助けを求めて彩援さんをチラ見ると営業スマイルで返された。

 どうやら逃げ出せそうにないみたいだ。

「だが安心しろ。貴様に頼む仕事は十数通だ。貴様一人ではないぞ。天草しいなと二人でこなしてもらう。とはいえ、天草には陸上部の活動があるからな、貴様メインでなんとかこなしてほしい」

「内容にもよるが、十数通ならなんとか……天草と二人でなら多分大丈夫……だと思う」

「引き受けてくれるのか! それは良かった。ではさっそくこの依頼に眼を通して欲しい」

 十数枚なら三日に一依頼こなせばいいのでやれんことはない、と依頼書なる紙を受け取ると、そこには一行こう書いてあった。


 ピンチ時の代打バッター(優秀選手に限る)希望


「なんだよこれ?」

「野球部に代打バッターを依頼されたのだ。ホームラン王を名乗るエース選手が練習中に怪我をしたらしくてな、一週間は絶対安静だそうだ。だが次の試合は明日。しかも相手は優勝候補」

「優勝候補? なにかの大会か」

「そうだ。確かコーシエン出場を賭けたリーグ戦……といっていたな。コーシエンとはなんなのだ? 美味しいのか?」

「美味しかねぇよ! 甲子園てのは高校球児の夢の舞台のことだ! 行けるだけで奇跡なんだよ」

「そうか、噂に訊くあれのことか。直接拝見したことはないのだが、なるほど。これはなんとしても勝ち星を上げなくてはな」

「んなもん、当たり前だろ! でも優勝候補だぜ? 急ピッチで俺なんかが入ったら絶対勝てねぇよ。無理に決まってんだろ」

「貴様は野球が得意といっていたではないか」

「他のスポーツと比べればな! お前、俺がずっと補欠だったこと訊いてなかったのか?」

「補欠とはなんだ?」

 ダメだこいつ。

 しかし、代打バッターとはいえ素人が打てなくてもさほど問題ないはず。

 チーム戦だからな、俺が打てなくても他が打ってくれるか。

「訊くところによると、チームの得点は彼一人が半分程度獲っていたらしいのでどうあっても得点しなくてはならないとのことだ」

 絶対無理だ。

「ふむ、この世に無理なことなどないのだぞ。大丈夫だ、貴様なら問題あるまい。なにせフレンドラブル部員なのだからな」

「……理由になってない」

 と、なんとも無謀ともいえる依頼を託されたこの俺は、その日、野球部に寄ることもなく、家で適当に漫画を読みあさった後、会長創設サークルに入ったことを「俺はとんでもない間違いをしたんじゃないか」と早くも後悔の念を走らせながら、眠りについた。

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