第二章:真堂冷炎と彩援美零の二つ名
「真堂冷火ってのは、いつもあぁなのか」
高校一年の一学期、最初に座るよう決められた席というのはどこの学校も共通の名前順だろう。三つ後ろに元村がいるという微妙だが悪くもない座席ポジションを使わない手はない。あんな目立つ女、気にならないわけねぇからな。
「おっ、お前も真堂会長には心躍らされたのか?」
「そうじゃねぇよ、ただあんな演説するやつは初めてだからな」
「そうだなぁ、あの会長には誰だって驚くってもんだ。よし!」
急に立ち上がると、なぜかその場で屈伸を始めた。
これから試合に入るプロ野球選手みたいな準備体操。そこまでの凄い話なのだろうか。国防長官とか有名タレントの話をするってんなら……いやそっちもわからないな。
「この元村様がじっくり、詳しく、なおかつ簡潔に、真堂会長について語ってやろうではないか」
屈伸を終わらせ、高らかにいった。うざい。話す前からすでにうざい。
教員が来るまでの短い時間には思い切り、そしてまだ足りないと授業中無駄な蒸気を発して、休み時間に勝手にしゃべりたくった全然簡潔じゃない元村の話によると、
真堂冷火という女は、この学校では誰もが知ってる常識とまでいわれる究極の女で、超人的美貌、知力、財力、決断力、戦力、支配力、カリスマ性と、神様に人の上に立つのに必要な、全てを持たされたようなアホみたいな超人なんだとか。
「有名なのは、入学当初から校内学年テスト順位を常に一位キープしている、のは当然として、体育以外の全教科で満点を取ってることだな」
「なにその絵に書いたような完璧さ、怖いんだが」
「ちなみに体育でも八十三点以上は常にキープしている」
うげぇ、いくらなんでもそれはちょっと引くわ。
「だがなんといっても凄まじいのが、火を燃やし尽くすとまでいわれたその生き様なんだよな」
元村が自分の論理で勝手に納得したように、うんうん頷く。
「真堂会長は名前負けしないっつうか、吃驚仰天するぐらいマジで名前通りなんだよ」
「は? 真堂冷炎が名前通りって、つーか話変わるけど吃驚仰天って単語はギリギリ死語に含まれると思うんだけど、そこんとこどう思うよ吃驚仰天の元村さん?」
いちいち細かく嫌味ったらしい俺の突っ込み(多分休み時間以上に更なるメンドーで既にどうでも良くなりつつある『真堂ファンによる真堂冷炎のここが凄い!』話が展開されるのを予期して元村をキレさせてでもどうにか回避したかったんだな)どころか、どんな声すら耳に入らないのか、元村はノートの切れ端に一心不乱になにやら書き出した。そこには二行の文字。
真剣、真面目、冷徹、熱血
神、肝が据わってる、クール、気高さ
「いいか、まず、こっちだが、」
元村はまだ名前の原型が残ってる方を指した。
「これは真堂冷火会長様の名前を一字ごとに分解して、意味のある言葉に直したものだ。これを見ただけでも十分わかるだろ?」
メンドーだが無視すると三倍はメンドーなことになりそうで(わざわざ会長様と付ける辺り)、仕方なく諦めて答えてやることにした。
「あぁ、こう書かれたら誰にでもわかるよ」
「んで、次こっち」
空いてる方の手でペンをくるくるさせて、次を示す。
「こっちはもっと意味を変えたものと、ちょっともじったものなんだがな。神ってのは神がかってるってことなんだとよ、知り合いにきいた」
なるほどね、
真(神)、堂(肝が据わっている)、冷、火(気高さ)
そういうことか。名前通りに生きる女、真堂冷炎。
説明は理解したが、いやしかし、いまいち現実味のない話だな。
「それがほんとだとしたら、マジで超人だな、色んな意味で」と俺は興味なくいった。
元村は信用ねぇなーみたいな表情になり、
「ほんとだって。誰に訊いても同じことをいうさ」
不敵な笑顔を見せると立ち上がり、元村は何故か周りの女子に声をかけ始めた。
元村ってやつはよほど女子との会話が足りないのか、長ったらしくしゃべりくさって、その途中で俺を指差し、また会話に戻り、だぁlはっは、と大笑いして、別の女子のところへいって同じように長ったらしく話して、やっぱり俺を指差し、大笑い、また次の女子のところへいって同じように指差し、今度はすぐに大笑い。俺がようやく気づいた頃にはさらに次の女子のところに居て、俺を指差した手をなんとか抑えて制止してやると、やっとのことで堂々巡りは終了した。
「わかったもういい十分だ」
そうか? と、わざとらしく元村はけろり。
「話を戻すとだ」
もう勝手に話せ。
「えっと、さっきどこまで話したっけか――――そうそう! 真堂会長は名前通りの性格をしているってとこだ! 更に真堂会長には二つ名があってだな、その二つ名ってのはだ、真剣で真面目な熱血無比冷徹な生徒会長だ、去年までだけどな。最近の二つ名はちと違うけど」
そんなやつがこの世にいるとはね。二つ名まであるときたもんだ。
最近の呼び名は、自他ともに認める
『完全無欠の生徒会長』、らしい。
俺はこっちのが好きだな、短いから。
元村曰く、「今年流行間違いなしにぴったり命名、全ての意味でまさに完全無欠だぜ!」だそうだ。
頭痛がするのは気のせいではないだろう。
「そしてもう一人」
まだいるのかよ。
「生徒会副会長、さいえんみれい。さっきは軽い紹介だけだったけど、この女はやばい。彼女にするなら断然こっちだぜ」
頭に今朝の極上美人を映写してみた。
斜めに垂らした短めのポニーと眼鏡が、美しさを二割増しにしてたな。
「へぇ、気になったんだが、名前はどんな漢字をあてるんだ? いまいち思いつかない」
「それは――こうだ!」と書かれたのはこんな字だった。
彩援美零
読めないことはないがなんとも見慣れない名前だ。
彩援、なんてこの国に十人もいないだろう。まぁそれをいってしまえば俺の苗字も似たようなもんだが。
「確かにお前のはないよな! 読めはするけどさ。おっと俺としたことが、話を逸らしちまうとこだったぜ。今は美零さんの話だ、彼女は真堂会長とは別の意味で完全無欠なのさ」
「勝手に逸らしたのはお前だろ」
俺はきちんと突っ込みを入れて、廊下を見ていた上半身を元村に向けた。
「で、どうなんだ?」
あれほどの美人の話だ、初恋経験のない俺でも男として、多少の興味はある。
さぁいつでもこいよ!
先ほどまでの頭痛を何処へ放り、雑誌のアイドルコメントに眼を通す男子校生徒のように美人モデルの情報収集に取り掛かった。
俺がどう違うのかを訊くと、彩援美零とは、壮絶的美貌、知略、戦略、サポート力、指揮能力、カリスマ性と、かの有名な参謀、直江兼続と徳川家康を足して二で割ったような、これまた超人プロフィールであった(実際この二人がイケメンであったのかは不明だが)。
意味なく壮絶的美貌を強調されたが、そんなこと、見ればわかる。
「成績は常に二位。つっても体育以外満点の体育は八十点以下をとったことがない」
もう一位でいいじゃん、て突っ込みは彩援さんファンを前になしの方向にはできないもんかね?
「出来ねぇな、そういうなって。まぁそれは後でじっくり話し合うとして」
元村はなにかを書き始めた。
妙な予感がする。まさかまた、名前通りの性格とかいい出すんじゃないだろな。
「お、わかったか? 次これな」と、また同じような二行。
才能、支援、美しい、無
優れた、サポート、美貌、音無し
「さっきと同じだ。これ二つとも、上三つまではわかるよな」
わかりやすくくそ丁寧に書かれてるからな。
でも最後の無、音無しってのはなんだ、美零だから零だろ? と思ったが零はなんにも示さないから無ってことなのかとすぐに理解した。
じゃぁ音無しは?
音無し……音がない……虚無……じゃないよな。
「音無しってのは、静って意味さ」
元村は意気揚々と話す。
つまりは、美しく静かに完全なるサポートをするらしい。
真堂冷火をサポートすることに究極的に長けた存在。元村のめんどくさい彩援さんへの愛の言葉を省くとそうなる。
真堂冷火が太鼓判を押したといわれるその二つ名は、
『サポートプロフェッショナル』、だそうだ。
「でも倍率半端ねぇんだよな、美零さん」
元村はオーバーリアクションで天を仰ぎ、
「ここにいる八割の男子……いやいや女子もか。そうなると割合は七割……やっぱ八割か? あぁもうめんどくせぇ! とにかくだ」
意味なく暑苦しい顔を近づけていいやがる。
「ここにいる学生のほとんどが、美零さんのファンだ。もちろん俺もその一人さ」
「まぁ美人ではあったなぁ」
「だろう?」
元村はニヤニヤ笑った。
「あとこれ噂だけどな、生徒会を二人で回してるって話だぜ」
「あ、わたしもそれ知ってるー」
突然後ろからひょっこり顔を出したのは、元村の幼馴染という鈴原さんだ。
上左右の三つに括ったお団子を毎日欠かさずしてくる変人なんて、この人くらいだろう。
「去年から二人は色々飛びぬけていたらしくて、一年ながらになんでもできるから、影ではそのころから生徒会長、副会長っていわれてたんだってさ。えへへ、わたしたちもその一人だよ」
わたしたちも?
「うん! 中学時代からわたしたち、会長さん副会長さんのファンなんだぁ。わたしたちだけじゃなく他にもたくさんいて、昨年より今年の入試の倍率ばばぁーんと高くなっちゃったくらいだから」
うえ、マジかよ。
「うん! すっごい異才を放ってたからねぇ。生徒会では真堂会長も彩媛副会長も、先生と最上級生を軽く引かせちゃうくらい生徒会してたよ」
賛同した元村が
「そんときからやってたサークルってのも凄かったよな」
「だねぇ。でもあの二人はなにやっても凄いじゃん!」
「確かにその通りだ! あの二人に不可能はねぇ、そしていい」
「いいよねぇ」
「いいよなぁ」
共感てのは恐ろしい。
理由はいわずもがな。会長副会長話によってどっかのスイッチが入っちまったらしいアホコンビである。
元村が「最高だな」というと鈴原さんが「最高だね」と、鈴原さんが「素敵だよね」というと元村が「素敵だぜ」、まるで山彦だ。
一人でも鬱陶しいにまにまスマイルが、ダブルで五倍のお徳用パックになって、もう食べきれない量になっても、ぺちゃくちゃくちゃくちゃ、しゃべり倒したこいつらの勢いは止まらず、けっきょく俺の貴重な休み時間を全て無駄にしやがった。