間1
死の海に巨大な建築物が現れた。
兵からその報告を聞いた時、どこかに頭を強く打ち付けたのか、夢でも見たのではないかと、わたしは思った。
同じ場にいた大臣や将軍たちもそう思ったらしい。
その兵の属している部隊の訓練が厳しすぎて幻覚でも見るようになったのではないかと大臣たちが将軍たちへと嫌味交じりに言葉を吐き、嫌味を受け流した将軍たちはその兵に医者に診てもらうようにと言葉をかける。
その場で待機している騎士たちの一部が医者を呼びに部屋を出る。
しかし、件の兵は周囲のざわめきを一蹴するかのように大きな声を張り上げた。
「夢でも幻覚でもありません! 私以外の者らも見ております!」
死の海とはこの世界の大部分を占める広く大きな荒野の事である。
“死の”と付く理由はその荒野の土には多量の塩が含まれており多くの動植物の育成には向かず、死の海と呼ばれる荒野の中には水場がひとつとして存在しない。ただただ、塩を多量に含んだ大地が広がるのみの場所である。
荒野であるのに“海”と呼ばれる事にも理由はある。
学者の話によれば死の海と呼ばれる場所は“海”と呼ばれる広大な塩水によって作られた湖であったらしい。
それだけでも信じがたい話であるというのに、さらに言えばその海の中にはたくさんの動植物が生息していて、生物の母とも呼ばれるほどに懐の広いものであったというのだ。
しかしある時、原因はわかっていないのであるが、その海と呼ばれる湖を作っていた多量の水が干上がってしまい、生活していたはずの生物たちは死に絶え、その呪いによってか多量の塩を含んだ大地だけが残ったのである。
その呪われた荒野である“死の海”に、一夜にして巨大な建築物――要塞のようなものであるらしい――が荒野から生えた。
生物どころか水すらもないはずであるのに、その要塞を守るかのように大量のスライムが沸いて住み着いた。
それを報告にきた兵を含めた百数名の者たちが目撃したのだと言う。
兵の様子に、冗談でも何でもないと理解した面々はさらにざわめき、言葉を発する。
「それが事実であるならば、彼の国の新兵器が完成したと言う事でしょうか」
「兵器というよりは魔術の類ではないか?」
「スライムが出現したというのであれば、テイマーが地下に――」
次々に意見を述べるが、どれが正解であっても不正解であっても、意味はないだろう。
それだけのモノを作るだけの力がある者に対抗できる術が、この国にはないのだから。
「報告ご苦労であった。ひとまず下がって休むと良い」
「はい、失礼します!」
わたしが兵を下がらせると、言葉を交わしていた者たちは無言になりわたしを見上げた。
肘置きに肘をついて頬をのせ、彼らを睥睨する。
「何が事実であれ、まずは情報が要る。ただちに情報収集に向かわせろ。敵ではない可能性を念頭に、戦闘は極力避けよ。自衛は認める。何が起きても情報を持ち帰れるように徹底しろ」
噛まずに言い切れた事に心の中でホッと息をはいた。
もう一度全員を睥睨するように見回せば、大臣や将軍たちは頭を垂れた。
「かしこまりました。早急に部隊を編成し、向かわせます」
「よろしくたのむ」
将軍や大臣たちをまとめている宰相が了承してくれたので、あとは言わなくても彼らがなんとかしてくれるだろう。
こう言うのも何であるが、王という立場であるとは言え、わたしはまだまだ若輩者である。そして、宰相を含めた大臣や将軍たちは私よりも頭が良く、経験も豊富なのだから。
兵や騎士たちも、いつも一生懸命にわたしや民を守ってくれて、とても力強い存在なのだから。
死の海にできたものが迷宮と呼ばれ、ダンジョンから無限に発生する魔物たちが世界中のあらゆる国へと侵攻してくることになるとは、この時点ではわたしも含めて、誰も思ってはいなかったに違いない。