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管理画面から魔王城と城を囲むダンジョンの全体マップを開く。
思っていたよりも広大な範囲がダンジョンに設定されたみたいだった。
人を蟻のサイズにしても、この部屋に表示しきれないくらいにマップは大きかった。
見たい方向へスライドさせることもできるので確認できない場所はないみたいで一安心。
その全体マップもマス目状に細かい点線が刻まれていて、そのマス目を選択すれば部分的に拡大できる。
親切設計と言えばそうなんだけどさ。
これを全部設定するとか、面倒以外の何物でもないよね。
でもそのくらいしないと人間を滅ぼせないのかもしれない。
滅ぼしたことも滅ぼす予定も前までなかったからね。
まずは人間が乗り込んできそうな位置の設定を終わらせてしまおう。
どうしようかなと管理画面を見て、気が付いてしまった。
この世界の地図も情報も何もない。
情報どころか、この世界の名前って何。
少なくても魔法が使える分、地球って訳じゃないと思うけど。
自称神様にもその辺教えてもらってないから、気にしなくてもいいのかな。
そっか。そうだよね。滅ぼしちゃうんだもんね。人間の文明なんてどうでもいいか。
それならそれで、とりあえずはダンジョンの設定からだね。
周りの壁を崩されないように強化してみようか。
せっかく入り口を数か所も作ったんだから、それ以外から訪問されるのは遠慮したい。
壁を破壊されたり、よじ登れないようにしたらそれでいいかな。
操作は簡単。目の前に映るマップを見ながら髑髏に念じるだけ。
設定範囲は広すぎるが、これだけ簡単なら苦にはならない。
ダンジョンの壁は地面から垂直に生えている。
魔法で作った分丈夫だけど、それでも土壁だから、簡単に傷をつける事はできる。
破壊もできるし、傷をつけたり何かをひっかけて登るのは不可能ではないだろう。
となると、もっと丈夫になるように強化して、それから引っかける場所がないようにして登りにくい工夫をしないとかな。
強化するのは設定画面からいけるから大丈夫。
問題は壁のぼり対策?
何がいいかなと考える。
油やローションみたいなので、常にぬるぬるぬめぬめつるつると滑れば登りにくいかなもしれない。
それでも土か何かをくっつけられたら滑りにくくなるし、水分が多いものであれば時間が経てば蒸発してカピカピになりそうだ。
ならばそれらを管理するとか補充できる何か……、生き物の分泌液がいいかもしれない。
自分で召喚したモンスターなら言う事を聞くらしいし、そこそこ丈夫だろうし、放し飼いにでもしておけば補充も自動でしてくれそうだ。
管理画面から、設定可能なモンスターの情報を並べ、適当に名前と特性を見ていく。
パソコンのマウスのころころ転がして画面をスクロールするあの感じで、データ一覧をずらーっとスクロール。
なんかもうファンタジーじゃないけど、ゲームも嫌いじゃないからこれでいいよ。
「ふんふふーん♪」
脳内再生で好きなアーティストの歌をメドレーで流す。
気分が良いので脳内再生に合わせてハミング。完璧。
「お、これ良さ気?」
そこそこスクロールした所にあったデータに目が留まる。
ぬめぬめでつるつるする分泌液を持っている。
保湿も保温もばっちりで、今ならなんと吸収と再生のオプションまでついてくる。
世間でおなじみ、アイドルになれるくらいに有名で定番のあのモンスター!
『No.3000298 スライム種
魔素溜りから生まれる不定形モンスター。
どんなものでも吸収し消化し、ある程度成長すると分裂して増える。
核を1個~複数持っており、1つでも無事な核があれば再生する。
そのため、すべての核を一度で破壊しなければ死滅する事はない。
弱点や生態は個体によって違うので、確実に駆除したい場合は全身をすり潰すように圧殺する事。
進化前である基礎種は、液体とも個体とも言い難いゼリー状の体の中に持っている核は1個のみであり倒しやすい。そのため、最弱のモンスターとされている。
スライムから取れる“スライムゼリー”は保湿・保温性が高くあらゆる用途に使えるので人気が高い。
“スライムゼリー”が欲しい場合は、基礎種を狩るか、スライム種であれば何でもいいので調教して採取する事。
進化種の場合は核が増えていることが多く、狩れたとしても多くの場合は圧殺によって倒す為に粗悪な品質の“スライムゼリー”になってしまう。注意が必要だ』
ゼリーを壁にぬりたくれば、ぬめぬめぬるぬるしてくれそうだ。
もっと言えば、スライム種を壁に放っておけば常に壁を滑りやすくしてくれた上に、弱い侵入者くらいなら捕獲して食べ――吸収してくれるんじゃないかな。
流行りのエコってやつだよ。残さず全部を吸収するらしいから、ゴミも出ないし、グロくないだろうし。
全体マップのダンジョン外壁全てを選択し、設定画面を開く。
基礎種では少し弱いかもしれないからと、進化種で良さ気なものをピックアップしていく。
ブラッドスライム。
基礎種の色違いに見える、ワインレッドの色をしたスライム。
生き物の血を特に好む。
血以外も食べる事はするが、血が特に好きらしい。
意外とグルメで、好みの血を持つモノから順番に襲うそうだ。
ワインレッドのどろっとした何かのついているダンジョンは、見た目にも恐ろしくていいだろう。
しかし、撃退するべき相手を選んで襲うスタイルには少し不安が残る。保留。
ポイズンスライム。
基礎種の色違いで、定番とは違い濃い紫色のスライム。
あらゆる毒を生成し吐き出す。鉱石を好む。
ゲームでよく見るような緑色でないのは意外だったが、毒と言えば紫色のイメージが強いので、それもそうかと納得する。
あらゆる毒を生成するのはとても頼りになるが、鉱石を好んで食べるのがいただけない。
ダンジョンの壁は土とはいえ、分類的には鉱石と似たり寄ったりなイメージがあるし。
壁を護るモンスター自らが壁を食べてしまうとか意味がない。これは却下かな。
マッドスライム。
基礎種の色違いで、核もゼリー部分も無色透明に近いスライム。
あらゆる生物の精神を狂わせる体液を飛ばし、狂い死んだ生物を吸収する。
人間を滅ぼしたいので生き物を狂わせて食べるという点がとても良い。
命じれば生き物以外、金属や布みたいな無機物もちゃんと食べれるらしいからお残しもない。
無色透明に近い身体から隠密性に富んでいるのも素晴らしい。
用途からすればこれほどいいスライムもいないのではないだろうか。
ひとまず、採用(仮)という事で次へ行く。
ジャンピングスライム。
基礎種にバネのような足のついているスライム。
住んでいる場所の環境により色や模様が変わる。保護色。
獲物が近くへくるまでひたすらジッとし、通った瞬間に飛び出して捕食する。
これはいいかも!
考えてみれば空から侵入するという手もあったもんね。
どこまで飛べるのかはわからないけど、他のスライムと一緒に放っておけば良い感じにダンジョンを護ってくれるだろう。
これも採用(仮)とする。
フライスライム。
基礎種にコウモリの翼のような突起が生えているスライム。
住んでいる場所の環境により、その色が変わる。保護色。
名前の通り空を飛ぶことができるが、飛んでる間に他のモンスターに捕食される事が多い。
その為、発見数自体がとても少ない。
このスライムからとれる“スライムゼリー”は飛行属性を持つことが多い為、人気である。
飛ぶことができるという点にいいかもと思ったが、捕食される事が多いということは弱いのかな。
スライムゼリーも人気とあるから、何かしらの餌にするならいいかもしれない。
今回の防衛用スライムに採用はしないが、頭の隅っこにでもメモしておこう。
でも飛行属性って何だろう?
スライムゼリーが空を飛んだりするのかな。よくわからない。
…こんなものかな。
他にも色々なスライムの進化種があるけど、全部見るにはだるいくらいの種類がいるみたいだし。
ひとまず目的に使えそうなのはこの5種類の中から選べば十分そうだし。
中でもマッドスライムとジャンピングスライムは特に良い。組み合わせて使えばある程度は安心だろう。
他の3種は使い勝手が悪そうだから、メモだけしてまた今度かな。
設定画面にこの二種類のスライムを登録し、玉座から立ち上がる。
魔法の鞄をごそごそと漁り、『簡単完璧!これでアナタも召喚師!』と書かれた本を取り出した。
…このタイトル、誰が付けたんだろう。
ぱらぱらとページをめくり、目的のページを開く。
他のものはだいたい念じれば勝手に動いてくれるのに、魔法の本は自分でめくらなければならない。
魔法なのに魔法じゃなく人力なのが不思議と言えば不思議かも。
「我が望みに応え、助けとなれ。仕える喜びに震え、贄となれる幸運に感謝せよ“魔物召喚”」
この呪文って必須なのかな。
読んでいて恥ずかしいのもあるけど、それ以上にツッコミ部分が多い。
喜んで贄になるとかどんなマゾなの?
モンスターは変態なの? 変態しかいないの?
呪文を唱え終わると2つの魔方陣が床に描かれ、両方の魔方陣が光りを放ちながら宙へと浮かび上がる。
その放たれた光によって、2本の柱が生成された。
光りを放つ柱は膨れ上がり、風船が破裂するかのように弾け、光が周囲へと飛び散った。
あまりの眩しさに手で目を覆い、それでも足りなくて目をつむる。
そうしていても、その光の柱から何かが飛び出し続けているのはわかるほどに眩しい。
30分くらいかな?
そうやって眩しさから目をかばい、これだけ長いなら座ったままで使えばよかったと後悔。
眩しいけど眩しいだけ。立ったままの状態でいるのがだるい。
この場に座ってもいいけど、足元を何かが通り抜ける感触がさっきからちょこちょこあるので、ちょっとこわい。
その何か――たぶん召喚したスライムだろうけど、万が一にでも踏んだらぐにょってなるだろう。
ぐにょるだけならいいけど、ぐちゃっと潰してしまったりしたら嫌だ。見た目的にも、感触的にも。
だるいけど、治まるまで立っていた方がいいだろう。
やがてその何かの噴出が止まったらしく、光が治まった。
おそるおそる目を開けて、光の柱が消えている事を確認。
部屋を見回してみても、召喚魔法を使う前の状態であり、何もない。
玉座に戻って座り、髑髏に手を乗せる。
さっきの設定画面を開いて納得。
召喚はちゃんと成功していたようで、私の望みどおりにダンジョンの壁のみならず、外側に面している場所ほぼ全てにスライムゼリーを塗ってくれたらしい。もちろん、バルコニーや橋、広場のような私が歩くかもしれない場所には塗っていない。
魔法便利! スライムちゃんたち超有能!
ほくほくとした気持ちになった私は良い気分のまま、次の作業へと取り掛かることができた。