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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第八章 側妃編

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999 最終勝者


 疾走訓練が終わった。


 最終戦に挑んだのはこれまで何度も勝ち続けた者ばかり。


 だが、最終勝者になれるのは一名しかいない。


 接戦になってしまった場合、ゴール地点にいた審判が着順を審議する。


 同着判定であればその者達だけでもう一度競い、必ず最終勝者を一人に決める。


 今年の最終戦では審議する必要はなかった。


 完全に一人勝ちの状態だったのだ。


 とはいえ、これは訓練。


 最終勝者になったからといって、褒賞が出るわけではない。名前が公表されるわけでもない。


 だとしても、誰もが最終勝者になりたがる。


 騎士として相応しいことを実力で証明することに意味があるのだ。


 ゴール地点にいたクオンは最終勝者を呼びに行かせた。


 労いの言葉を与えるためだった。


「パスカルだと思うか?」

「絶対に!」


 リーナはそう言ったものの、不安はあった。


 一着でゴールした騎士はリーナの方を見て手を挙げた。


 勝利宣言としての行動だとわかっているが、なんとなくリーナはパスカルだと思ったのだ。


 そうであって欲しいという方が正解かもしれない。


 クオンが最終勝者を呼ぶよう言った時から、リーナの胸はドキドキしていた。


 きっと。怖い。違うかもしれない。でも、信じたい。


 そして、最終勝者が来た。


 近くまでくれば顔がわかると思ったが、兜を取っていた。


 風に揺れる金髪。青い瞳。自信に満ちた表情に宿る温かさと優しさ。


 見間違えようがない。


 リーナはどうしようもないほどの喜びに包まれた。


「素晴らしい訓練だった」


 クオンは片膝をついた騎士姿のパスカルに声をかけた。


「最終戦が特に。かなりの差がついていたな?」


 第一の騎士は優秀な者ばかりが揃っているだけに、差をつけること自体が難しい。


 かなりの差がついたということは、それほどまでに優秀だという証明になる。


「スタートした直後、強風が来ました」


 体勢が崩れやすくなる。馬もひるみやすくなる。


 スピードも上がりにくい。


 それをパスカルは堪えた。馬も。


「妹の前で負けるわけにはいかないという想いを馬が感じ取ってくれたのでしょう。堪えながら力強く駆けてくれました」


 パスカルは自身の実力を誇示するようなことはしなかった。


 強い気持ち、そして突然の状況においても共に耐え、力を発揮してくれた馬のことを取り上げた。


「おめでとうございます! ぶっちぎりなんて凄いです!」


 ぶっちぎり……。


 クオンも護衛騎士もそう思ったが、確かにぶっちぎりだった。間違いない。


「勝利は王太子殿下とヴェリオール大公妃に」


 パスカルが改めて頭を下げる仕草も素敵だった。


 リーナには騎士の中の騎士に見えた。


「一戦目の最後の列で、始まる前にこっちを見ていたのはお兄様ですか?」

「どうしても気になってしまってね」

「やっぱり!」


 リーナの喜びは増すばかりだ。


「全員同じ装いなので、クオン様に教えて貰いました。クオン様はすぐにお兄様だとわかったようです」

「王太子殿下に心から感謝申し上げます」


 クオンは満足そうに頷いた。


「戻ろう。午後は謁見がある」


 クオンはリーナの手を取ると握りしめた。


「何かと大変だと思いますが、体に気を付けてくださいね」

「リーナも」


 王太子夫妻と共に立ち去ろうとするクロイゼルがにやりと笑った。


「私も勝った」

「おかげで負けた」


 パスカルが最終勝者になるかどうかをクロイゼルとアンフェルは賭けていた。


「さすがです」

「お見事でした」


 ラグネスとサイラスもパスカルの勝利を称え、後ろに続いていく。


「パスカル」


 名前を呼んだのは王太子夫妻と共に防壁上から見ていた騎士団長のラインハルトだ。


「第一の名誉を返せ」

「第一の者でなければ参加できません。名誉は常に第一のものです」


 その通りだが、そうでもない。


 パスカルは王太子の側近で官僚だ。


「いっそのこと官僚を辞めて、本当に第一の騎士になるか?」

「今は第一の騎士です。認めていただけるかどうかはわかりませんが」


 ラインハルトはやはりと思った。


 パスカルは第一の騎士達に認められたいのだ。


 本当の仲間として。


 パスカルが第一王子騎士団の役職を得たのは王太子の命令によるもので、騎士への命令権を付与するためだ。


 側近という立場に加え、王族の外戚にもなったことから、必要度の高い命令権を正式に行使できるようにした。


 誰もがそのことをわかっている。


 パスカルを第一の者という。第一の騎士という者もいるだろう。


 だが、本当ではない。本当の第一の騎士や仲間ではないと思う。


 パスカルはそれが嫌なのだ。


 剣の腕も馬術も人並み以上にあることは知られている。


 第一王子騎士団は能力主義。だからといって、パスカルをすぐに騎士や仲間だと思う者はいない。


 騎士としての人生を歩んで来たわけでもなければ、苦楽を共にしているわけでもないからだ。


 だからこそ、予選から参加した。


 取り去りたいのはハンデではなく、第一王子騎士団にいる騎士達との距離、仲間としての壁だったのだ。


「立て」


 パスカルが立ち上がると、ラインハルトはパスカルの頭をぐしゃぐしゃにするように思いっきり撫でた。


「全く仕方がないな、お前は。王族の側近で第一の役職者だというのに、騎士であることも望むのか」

「申し訳ありません。ですが、私を導いた双剣の騎士を心から敬愛しています。自らの信念を貫いた騎士に憧れずにはいられません」


 パスカルに双剣を教えたのは父親だが、技能をより高めるために指南役を頼まれたのはラインハルトだった。


 ラインハルトは双剣使いであることを騎士らしくないと言われた過去がある。


 剣ではあるが、片手ではない。両手に剣を持てば、盾を持てない。王家を守るための盾である騎士ではないというわけだ。


 だが、自身が盾だ。片手を失っても残った片手で戦い続けることができる。騎士の使命を必ず果たすための双剣だと言い、ラインハルトは双剣の技能を高め続けた。


 自らの信念を貫き、双剣使いであり続けたことを後悔したことは一度もない。


 第一王子騎士団の一員として選ばれ、護衛騎士に抜擢され、団長に任命された。


 数多くの素晴らしい教え子達と出会うことができたのも双剣術のおかげだ。


 一生胸を張って生きていける。


「向上心は一生あっていいものだ。王太子殿下がおっしゃられたように、素晴らしかった。どのような困難にも立ち向かうのは、まさに騎士としてあるべき姿だ」


 ラインハルトはパスカルの肩を叩いた。


「王太子殿下の側でお仕えするのは同じだ。これからも共に励もうではないか」

「光栄です。後ほど、よろしいでしょうか?」


 パスカルは後ろに控えている騎士達の方へ顔を向けた。


 最終戦まで勝ち抜いた騎士達が整列している。


 その中に、ユーウェインもいた。


「わかった」


 ラインハルトは頷くと、最終戦まで勝ち抜いた騎士達の方を見た。


「全員、最終戦までよく勝ち抜いた。パスカルにはヴェリオール大公妃という幸運の女神がついている。最高のハンデかもしれないが、これだけはどうしようもない」

「団長の言う通りだ」


 ずっと黙っていた団長補佐のタイラーも口を開いた。


「一人の騎士として正々堂々勝負したことは誰もが知っている。第一の騎士であるならば、どうすべきかわかるな?」

「はっ!」


 全員が敬礼を返す。


「共に最終戦へ挑んだ者として、遠慮なく声をかけていい」


 許可が出た。


「素晴らしかった」

「凄いスタートだった」

「あの風によく耐えたな」

「プレッシャーが強かっただろうに」

「心から尊敬する」

「勇ましかった。まさに騎士だ」

「仲間だな!」

「共に挑んだ仲間だ!」


 次々と騎士達はパスカルに声をかけた。


 仲間として遠慮なく。


 そして、心から勝利を称えた。


「……見事としか言いようがありませんでした」


 ユーウェインも心からの賛辞を送った。


 スタート直後の強風は凄まじかった。


 まるで騎士をなぎ倒すために吹いたようだと感じた。


 それでもパスカルは崩れなかった。それどころか、力を発揮した。


 誰よりも速く、強風を全身に受けながらも前へ前へと進んで行く。


 一人抜け出したからこそ見えるその後ろ姿。


 勇ましくないわけがない。


 騎士だからこそ、潔く認めなくてはならない。


 紛れもない事実を。


「ありがとう。とても嬉しいよ」


 パスカルは微笑んだ。


「だけど、馬のおかげだ。自分だけではどうしようもない。走るのは馬だからね」

「まあな」

「確かに」

「間違いない」

「良い馬だな」

「あれは専用か?」

「白い馬はどうした?」

「ずっと乗っていただろう?」


 次々にパスカルが乗っていた馬への質問が来る。


「白いのは第四王子の馬だ。調教の一環で使っていた」

「なるほど」

「側近が調教するのか?」

「第四が担当しないのか?」

「通常は第四がする。でも、いざという時に備え、馬術の心得がある側近として対応できるようにしておきたい」


 騎士達は驚いた。心底。


 パスカルは馬術に優れていることを王族の側近としての務めにも活かしていた。


 馬に何かあって第四王子が危険になった際、自身でも対処できるよう第四王子の馬に慣れておく。馬にも慣れておいて貰うということだ。


「そのためか!」

「凄い!」

「側近の鑑だな!」

「側近魂が見えた」

「王族の側近に選ばれるに決まっている」

「レベルが高い」

「兼任なのもわかる」


 賛辞が追加された。


「ヴェリオール大公妃の馬も調教しているのか?」

「まさか、あの馬が?」

「あれは王太子殿下用の候補だ」


 騎士達にとって予想外の答えだった。


「クロイゼルからしばらく使うよう言われている。妹のために慣れておけとも」


 ヴェリオール大公妃が自分一人で馬に乗ることはない。王太子の馬に同乗する。


 第四王子の馬だけでなく、ヴェリオール大公妃が乗る王太子の馬にも慣れておけということだ。


 候補とはいえ王太子用の馬を預けるほど、クロイゼルがパスカルを信頼している証だった。


「クロイゼルらしい」

「それで勝利に賭けたのか」

「アンフェルが知っているのかどうか」

「知らなかったら笑える」

「それでも十分凄い」

「加速させるタイミングが絶妙だ」

「コース取りも完璧だ」

「規格外だ、色々と」

「そうだな」

「そうとしかいえない」


 パスカルは第一の騎士達に温かく迎えられていた。


 王太子の権限によって特別な役職を与えられただけの者ではない。


 間違いなく第一の騎士だ。


 側近でも官僚でも関係ない。仲間として認められていた。


 格が違う……眩し過ぎるほどに。


 ユーウェインはそう思うしかなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] きゃぁぁぁぁパスカル(≧▽≦) [気になる点] 第四王子の馬だったら、白馬だったんだwww [一言] パスカルがかっこよすぎて困る(≧▽≦) 許されるなら、リーナとハグしてほしかった(笑)…
2021/06/04 11:45 リーナとセイフリード応援し隊
[良い点] パスカル様、、、!! かっこよすぎて泣けます。 リーナもほんとはぴょんぴょん飛んでパスカルに抱きついて喜びたいでしょうね [気になる点] パスカルは団長にどんなお話をするのか、、、 楽し…
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