986 大晦日(二)
リリー、ハイジ、ジゼはデナン、ピックとチャリティーハウスで合流した。
そこで以前乗ったことのある輸送用の軍用馬車に乗り、別の地区へ向かう。
これから一時的に住む住居については用意されており、現地についてから詳しい説明を聞くことになっていた。
鉄格子のはまった窓から外を見ることはできるが、到着したという声がかかるまで外を見ないように言われている。
遠い地区に移動することは知っているが、不安に思わないわけがない。
だが、期待と興味も尽きなかった。
「どんなところかな?」
ジゼが言った。
「お屋敷」
「豪邸」
「馬小屋」
「意外と普通の家かもしれない」
五人は自由に想像した。到着する場所を。
「男性は警備関係の職種かもしれない」
「かもね」
求人への応募書類には技能等を記入する部分があったが、護身術や戦闘術の記述は別紙にできるだけ詳しく書くよう言われた。
「できるだけ具体的にって言われても難しいわよね」
女性も特技等を具体的に書くよう言われた。
「そうよね」
いざ書くとなると得意だと言ってもいいレベルなのか、アピールすべきかどうかも悩ましい。
リーナの兄に相談しながらなんとか書いたような状態だ。
「俺、靴を直せるって書いたから、そっちで採用かもだなあ」
ピックは孤児院にいた頃、靴屋に入り浸ってその技術を習って来いとボスに命令された。
靴磨きや靴職人の補助のような仕事は孤児でも採用されやすいのだ。
「靴屋に決まりね」
「よろしく、靴屋さん!」
「靴係かもしれないわ」
「磨き専門かもしれない」
「磨くのは得意中の得意だぜ? 毎日のように馬車も馬もピカピカにしていたしな!」
五人しかいないからこそ、遠慮なく話すことができた。
窓の近くにいる者には聞こえてしまうかもしれないが、そこは気にしない。
但し、壁が三回叩かれた時は静かに黙っていなければならない。四回叩かれた時は自由にしていいという合図だ。
予定時刻よりも前に出発したが、道路はかなり混雑しているようだった。
通常地区に入ると、馬車が小刻みに止まるようになり、なかなか動かない。
壁が二回叩かれた。
「二回だ」
「二回ってなんかあった?」
「さあ?」
そう言っている間に馬車が止まり、ドアが開いた。
「凄い渋滞だ。今のうちにトイレに行きたい者はいないか? 近くの店で借りるが」
利用希望者はいなかった。
「じゃあ、適当に買ったもので悪いが、これを昼食にしてくれ」
袋や箱が次々と置かれた。
「全部食べていいからな」
ドアが閉まると、五人はすぐにどんなものがあるのかを確認した。
様々な種類のパン。フライドチキン。ボトルに入った水。
フライドチキンはまだ温かい。
渋滞中に付近の店や屋台から購入して来たようだった。
「ご馳走だ!」
「いっぱいだね」
「五つ以上ある」
「とりあえずは一人一つずつかしら?」
「食べたいものを取って」
五人が真っ先に手を伸ばしたのはフライドチキンだった。
ようやく馬車は目的地に到着した。
馬車を降りた五人は見上げるように顔を動かした。
巨大な建物がそびえたっている。
「豪邸だ」
「お屋敷でも正解」
「もしかして、城ってやつじゃないか?」
五人が案内された部屋にはリーナの兄がいた。
「よく来てくれたね。待っていたよ」
その姿は金持ちというよりも高貴。
貴族かもしれないと予想するには十分だった。
部屋もそのように見えて来る。豪華なのも納得だ。
リーナの夫や兄は裕福そうだと思っていたが、それが事実であることがわかった。
養女になったのは貴族と結婚するため。そう考えるのが自然だと五人は思った。
「ロビンは先に到着したから別の場所にいる。女性はここで審査を受けるけれど、男性は別の場所で審査を受ける。審査期間は一カ月の予定だ」
「えっ!」
「そんなに?」
「一カ月なんて……」
普通ではない。審査期間さえも。
「今ある技能だけでなく、必要な技能を習得できるか、これからの生活に対応していけるかどうかも調べる」
六人は男女に分かれて、別々の場所で生活する。
用意された場所で生活できるかも審査対象になる。
男性には男性の担当教官、女性には女性の担当教官がつく。
担当教官の指示に従いながら実際に働いてみることで、職種への適性を調べる。
技能や知識の向上も合わせて行う。
担当教官の審査に合格すれば、上位者の審査を受けることができる。
最終審査で合格判定が出れば正式に採用だ。
「立場としては見習いの見習いになる」
雇用者としての見習いがいるため、雇用されていない状態では見習いの見習い、あるいは見習いの体験者ということになる。
「給料はないけれど、衣食住は保証される。住み込みで働いていけるかどうかを調べるようなものだと思えばいい。共同生活の経験はあるから大丈夫だと思うけれどね」
「あの、すみません。ロビンにはずっと会えないのでしょうか?」
リリーは不安になった。
「勉強して貰うことが多いから、休みの日だけになるかもしれない」
「ロビンが暴れそうね」
「言えてる」
ハイジとジゼだけではない。リリーも、デナンもピックも同じように思った。
「守秘義務の関係もあって、職種ごとに立ち入れる場所には制限がある。必ず担当教官あるいはその代理の者と一緒に行動すること」
休日は日曜日に設定しているが、振替になる可能性もある。
基本的には自由に過ごせるが、どこにでも行けるわけではない。
自室か立ち入りが許可されている場所で過ごすことになる。
休日には六人で集まれるよう配慮するつもりではいるが、新年になるだけに状況が変わる可能性があることも説明された。
「私は大丈夫だけど、ロビンが心配だわ」
「発狂しないといいね」
「デナン、ピック。ロビンを頼んだわよ!」
ハイジは二人に任せるしかないと思った。
「ちゃんと審査を受けるように説得するのよ!」
「本当にごめんなさい。ロビンをお願いします」
「そのつもりだ」
「わかってるよ」
「この者達が女性の担当教官だ。各職種の役職者でもあるから、礼儀正しくして欲しい。じゃあ、三人を頼んだよ」
パスカルはデナンとピックを連れて部屋を出て行った。
「初めまして。秘書室長のメリーネです」
リリー達は緊張した。
秘書室長?
よくわからないけれど偉そうね。
凄く怖そう!
「それから真珠の間室長のヘンリエッタ、掃除部長のマーサです。私達三人が順番に担当教官を務めます」
各担当教官の下で補佐業務を行いながら仕事や礼儀作法を覚え、知識を増やす。
三週間の間に召使、侍女、秘書という三つの職種を体験し、最低限の必須事項を叩き込まれる。
その上で適性を判断し、該当職種で一週間の追加指導を受ける。
教官審査、上位者審査、そして最終審査に合格すれば採用になる。
現時点における目標は二月一日付の採用だ。
「全ての職種に適性がないかもしれませんが、不合格者が出ないよう指導して欲しいと言われています」
これはリリー達だけの審査ではない。
メリーネ達が指導役として優秀かどうかも審査される。
リリー達が最終審査に合格できるようメリーネ達は全力を尽くすつもりだった。
「短期間の集中指導だけに厳しくなるでしょう。ですが、人生を変える最初で最後のチャンスだと思って頑張りなさい。わかりましたね?」
「わかりました」
「そのつもりです」
「頑張ります!」
リリー、ハイジ、ジゼは覚悟を決めて来た。
全力で取り組み、なんとしてでも就職するつもりだ。
「まずは部屋へ案内します。バスルーム付きの部屋を三人で使用します」
雇用者全員がバスルーム付きの部屋を割り振られるわけではない。基本的には上位の雇用者のみになる。
採用になれば、各職種で割り当てられた部屋へ移動する。
あくまでも一時的に使用する部屋であることも付け加えられた。
「入浴、着替え、それから軽食です。その後は基本的な日常生活についての説明を行います。夕食までに日用品を揃えるための買い物も済ませます。何か質問はありますか?」
三人共に手を挙げた。
「右から順番に言いなさい」
ジゼ、ハイジ、リリーの順番だ。
「着替えがありません。荷物を入れた箱を持って来ないと」
「私物が届くまでには時間がかかります。下着と制服は用意してあるので問題ありません。化粧品は三人で共用するように」
化粧品まであるのかとジゼは思った。ハイジとリリーも同じく。
「次は?」
「お金があまり……買い物に行っても払えるかどうかわかりません」
「特別な対応として支度金が出ます」
三人には教えないが、王太子が用意した金だ。
「但し、支度金からの支払いは全て私の方で管理します。購買部での買い物は必ず担当教官と行くように。次は?」
「ここはどこなのでしょうか?」
「後宮です」
想定外の答えに、リリー達は心底驚くしかなかった。
「すでに広く知られていることですが、平民でも孤児でも後宮で働くことができます」
三人が知る前例はリーナだが、一般的に知られている前例はヴェリオール大公妃だ。
「貴方達が採用されるかどうかは自身の能力と努力次第です。わかりましたね?」
「はい!」
「わかりました!」
「最高に頑張ります!」
大きく力強い返事が響き渡った。
最初の審査項目は覚悟、やる気だ。
三人の担当教官は心の中で合格判定をした。
次は大晦日(三)で、男性陣の審査のお話になる予定です。
よろしくお願い致します!





