978 大成功の報告
「大成功でした」
「間違いない」
遅めの夕食は炊き出しの報告及び慰労会になり、リーナとクオンだけでなく、エゼルバード、レイフィール、セイフリードも一緒だった。
「前評判が高く、開始予定前から長蛇の列ができていたそうです」
「誘導も警備も万全で混乱はなかった」
エゼルバードとレイフィールは嬉しそうに報告した。
「最も人気があったのはスープで、誰もが絶賛していたようです」
「試食したが、とても美味しかった。パンも特別に焼きたてを貰った」
「マグカップではなくボウルにしたのも正解でした」
冬籠りの差し入れは何度もおかわりができたが今回は難しいため、一杯の量を増やすためにボウルで提供した。
しっかりした味付け、たっぷりの野菜、肉団子も全てが高評価された。
人々の喜びと満足度が笑顔になってあらわれていた。
「盗難の報告もなかった。スプーン一本さえ紛失しなかった」
「木製の食器にしたおかげでしょう」
金属はくず屋で換金できるため、盗難にあいやすい。
持ち帰ろうと思いにくくなるようリーナは木製のボウルやスプーンを用意することにした。
「あまりにも順調過ぎて驚いた。本当に治安の悪い地域なのかと思ってしまうほどだった」
多くの警備を配置していたのもあるが、人々に呼びかけて協力を仰ぎ、混乱や犯罪行為を防ぎながら催しをすることができた。
この実績は催す側の評価も上がるが、催した場所や集まった人々への評価も上がる。
別の催しを誘致できる可能性も出て来るということだ。
「治安が悪いかどうかはそこに住む人々が何を考え、どのような行動をするかで決まります。リーナの優しさがボランティアを通して伝わり、人々を悪しきことから遠ざけたのでしょう」
「リーナの力があってこその成功だ。疑いようがない」
「練習のつもりでということでしたが、完璧でした。慈善活動への意欲だけでなく、実行力も証明できました。他の者達にとっても良い経験になったことでしょう」
「同感だ」
「いい加減にしろ」
上機嫌で話すエゼルバードとレイフィールをセイフリードは睨んだ。
「リーナの炊き出しだ。リーナから話すべきだろう。兄上だってリーナ自身の口から話を聞きたいに決まっている」
「そろそろリーナから話を聞こう。エゼルバードとレイフィールは食事をするように」
「そうですね」
「わかった」
全員の視線がリーナに集まった。
「エゼルバード様とレイフィール様からもお話があったように、炊き出しを無事終えることができました」
沢山の人々に沢山の食事と配布物を渡すことができた。
笑顔も溢れていた。明日への希望につながったはずだ。
「クオン様、エゼルバード様、レイフィール様には本当に沢山のご協力をいただきました。改めて心から感謝申し上げます。そして」
リーナはセイフリードに顔を向けた。
「セイフリード様にも支えていただきました。折り畳み式の家具のおかげで準備も片付けも素早く行うことができました。ありがとうございました」
セイフリードは寄付もしていなければ決まった役割をこなしていたわけでもない。
だが、パスカルを通じて折り畳み式のテーブルやイスを提案していた。
図面付きだったため、すぐに制作作業へ取り掛かることもできた。
「継続性があることはできるだけ効率を高めた方がいい。ほんの少しの差が途方もない差に育っていく」
「勉強になりました」
リーナは初めてするだけに、自分の思い通りにやってみたいと思った。
そして実際にやってみた経験を活かしながら、ヴェリオール大公妃の公務や慈善活動をこなしていけばいいとも。
だが、予想以上に多くのことが見え、聞こえ、感じたと思った。
「この炊き出しは私に多くのことを教えてくれました。その一つは食べ物のありがたみです」
パンを持ち帰る者が圧倒的に多かった。
それは後で食べようと思うからだが、満腹ということではない。
手に入れた食料を少しずつ大切に食べようと思うからこその行動だ。
「私は昔とは比べものにならないほど良い暮らしを送っています。美味しいものを沢山食べることができるようになりました。でも、食べ物が手に入らなくて困っている人達が大勢います」
それはリーナが住んでいた王都の貧民街だけではない。付近の地区にも同じく。
リーナが王都に来る前にいた場所にも。
きっと、エルグラード中にいる。
「これからも貧しい人々の力になれるようなことをしていきたいです」
「そうか。とてもいいことだ。公務にもできる」
リーナは頷いた。
「それと一緒に食べ物を大事にする取り組みもしてきたいです」
炊き出しをするには費用を抑える工夫をしなければならないとリーナは思った。
色々と調べたおかげで後宮が食べられる食材を無駄に捨てていたことがわかった。
無料で手に入るものを利用したり安価な食材を買ったりすることも費用を抑えるのに有効だが、食材を無駄にするようなことをしていては駄目だ。
無駄なく使う、できるだけ活用できるよう工夫することが大切だ。それが節約になる。
「素晴らしい」
クオンは心からそう思った。
「リーナの思うようにやってみればいいだろう」
「はい。ありがとうございます!」
リーナはクオンの理解と了承を得られたことに喜んだ。
「他には何かあったか? 別に難しく考える必要はない。大変だった、疲れたということでもいい」
「……とにかく大変でしたし疲れました。でも、やりがいも達成感もありました。ホッとした気持ちもあれば、反省点もあります。まだ整理できていないことがいっぱいです」
帰りの馬車の中はリーナにとって考える時間になった。
炊き出しのことだけでなくリリーとロビンのことも気になってしまい、疲れているのに仮眠できなかったともいう。
「あっ、友人と再会することができました! とても嬉しかったです!」
「友人?」
しかも、再会だ。
「誰だ?」
「同じ孤児院にいた者達です。偶然会いまして」
一気に警戒度が高まった。
「それはいつですか? 私がいる時ではなかったはずです」
エゼルバードはにこやかな表情のまま尋ねた。
「丁度帰られた後でした。チャリティーハウスの求人について質問が出ていると聞いて配布室に行くと、リリーとロビンがいました」
クオン達はしっかりと頭の中に名前をメモした。
「二人は孤児院にいた頃から仲が良くて、結婚を誓っていました。夫婦として頑張っているようです。良い勤め先がないか探していて、チャリティーハウスの求人がないか知りたかったらしくて」
来年から工事が始まることやその際の求人について話したことをリーナは説明した。
「リリーはとてもがっかりしていました。なので、確認して連絡することにしました。エゼルバード様、女性の求人はあるのでしょうか?」
「……基本的には男性でしょう。工事関係ですからね」
エゼルバードは慎重に答えておくことにした。
「そうですか。では、明日そう伝えて来ますね」
リーナの発言に全員が驚愕した。
「まさか、自分で伝えに行く気なのか?」
「伝令を送ればいいだけです」
「結果を知らせるだけならリーナが行くことはないと思うが」
「手紙でもいい」
治安の悪い場所に再度リーナが行く必要はない。
それが四人の考えであり常識だったが、リーナは違った。
「自分で行きます。どんな暮らしをしているのかも知りたいのです」
「賛成できない」
クオンの口調は厳しかった。
「今日は何事もなく無事だったかもしれない。だが、それは大勢の護衛や警備がいたからだ。個人的な用事で外出すれば警備が手薄になる。護衛付きでは今の身分がわかってしまう可能性もあるだろう。炊き出しを匿名で行った意味がなくなってしまうかもしれない」
「その通りです」
エゼルバードも同調した。
「仕事を探しているということは余裕のある状況ではないはず。あれだけの炊き出しだったことを考慮すれば、リーナに別の要求をしてくる可能性も高いでしょう」
「突然、大勢の護衛を連れて行っても迷惑ではないか? 事件が起きたのだと勘違いされるかもしれない。騒がれそうだ」
「たった一度のことが、後々まで響くこともある。慎重に検討すべきだ。少なくとも明日は無理だろう」
この四人に反対されれば、普通はすぐに受け入れて変更する。
だが、リーナには効かなかった。
「必ず連絡すると約束しました。不誠実なことはできません。反対されても絶対に行きます!」
リーナは力強く宣言した。





