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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第八章 側妃編

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972 違っていても


「おはようございます!」


 窯部屋の戸口から元気よく響き渡った声を聞いたタニアは笑みを浮かべた。


「おはようございます!」

「準備の方はどうですか?」


 タニアの表情は即座に曇った。


「問題があります。窯部屋班のせいで!」


 窯部屋班長であるフィセルが俯く。


「すみません」

「どんな問題でしょうか? もしかして、焼くのに失敗してしまいましたか?」


 窯部屋班の者達は二十六日の午後から拠点に移り、泊まり込んでいる。


 炊き出しで配布するパンは後宮で焼くことになっていたが、今後を見据え、チャリティーハウスの窯でもパンを焼くことになったためだ。


 初めて扱う窯で一度も失敗しないわけがない。熟練度の高いパン職人もボランティアとして参加しているものの、窯にうまく対応できるかはわからない。


 だからこそ、チャリティーハウスで焼くパンについては余剰分として考えており、うまく焼けたものについてはボランティアの昼食におけるおかわり用として提供する予定だった。


「最初はなかなかうまくいきませんでしたが、今はもう普通に焼ける感じにはなっています。ただちょっと……」


 フィセルはタニアを気にして言葉が続かなかった。


「普通に焼けているのであれば問題はないですよね?」

「大ありです!」


 タニアは怒りを込めた声を張り上げた。


「パンがバラバラです!」


 リーナは眉をひそめた。


「コッペパンのサイズが違うということですか?」


 後宮で焼いているコッペパンとは違い、一つ一つのサイズが不揃いになってしまったのかもしれないとリーナは思った。


「違います。様々な種類のパンなのです! 配布するのはコッペパンだというのに、丸パンや細長パン、食パンとか!」

「え?」


 リーナはなぜそうなったのかがわからない。


「どうしてですか? コッペパンを配布することは知っていましたよね?」

「知っていました。でも、ここで焼くのは失敗しても大丈夫な余剰分です」


それは失敗ばかりでパンを全く提供できなくても影響を与えない分ということだ。


「今回のためというよりは今後を見据えてパンを焼くということでしたので、様々なパンを焼いて見た方がいいと思いました。どんなパンを焼くかで時間も工程も違って来るので」


 フィセル達は今後に活用できるよう様々なパンを焼いてみた。


 コッペパン以外のパンであっても上手く焼けるよう、実際に焼きながら窯の様子を調べることにしたのだ。


 どのようだったかは後でまとめ、チャリティーハウスの窯でパンを焼く際の参考資料、マニュアルのようなものにするつもりだ。


 そういったものがあれば、今回の炊き出しに参加できなかった者がチャリティーハウスの窯を扱う際にも対応しやすいだろうと考えた。


 だが、それでは後宮から届くパンとは違うものになってしまう。


 タニアはコッペパン以外のパンを焼くとは思っていなかったため、種類も大きさも違うことを知って激怒した。


「コッペパンにしたのは一人一つとして渡すのに丁度いいサイズだからです!」


 小さいパンだと足りない。大きいパンだと余りやすい。


 コッペパンであれば小さすぎず大きすぎないサイズだと思われた。


「なのにここで焼いたパンは丸パンのように小さいものもあれば、細長パンや食パンのように大きなものもあります。一人一つでは不公平になってしまいます!」

「そうですね」

「でも、切り分けてしまえばいいと思っていたので……」


 フィセル達もサイズの異なるパンを配りにくいとは思ったが、コッペパンと同じような分量になるよう切ってしまえばいいと考えた。


 小さな丸パンであれば二つ渡せばいい。


 そもそもボランティアのおかわり用であって、配布用ではない。


 欲しいものを取ればいいだけではないかと思った。


「今後のために色々と試したいというのはわかります。でも、最優先は今日の炊き出しです! 勝手なことをされては困ります。パンを切り分ける担当はいません!」

「パン切り包丁ならあります。窯部屋班の方で切り分けますから、そんなに怒らないで下さい」

「怒らずにはいられません!」


 タニアは叫んだ。


「余計な手間をかけなければなりませんし、刃物を使うことになってしまいます。警備の方から刃物や危険物は扱わないように厳重注意されていたのに!」


 高位の者が参加することや治安が悪い場所であることを考えると、誰でもすぐに武器が手に入るような状況は警備の観点からいって好ましくない。


 そこで調理器具であっても刃物や武器になりそうなものは当日使用しない、危険物を使うような作業は後宮内で済ませておいて欲しいという要望が警備担当の第三団から出ていた。


 調理隊長であるタニアは具材を切るような下準備は全て後宮で済ませることに加え、食事内容についてもフォークやナイフを使用するようなものは避けたメニューになったことを関係者に通達していた。


「でも、僕達はここへ来てから包丁だってナイフだってずっと使っていますよ?」

「当日ではないからです」


 リーナを始めとする高貴な者が来るのは当日のみ。


 だからこそ、当日以外であればチャリティーハウス内で包丁やカトラリーを使用しても問題はない。


 数日前からいる者達は普通に包丁を始めとした調理器具やカトラリーを使うことができていた。


「当日は倉庫へしまうことになっていました。第二団も第三団も当日の夕方まではスプーンのみ。ナイフどころか、フォーク一本でもなくなっていたら、リーナ様が来るまでに必ず探してしまうことになっていました!」

「それで第二団の人達が全部持っていったのか」


 フィセル達が朝食を取った後、第二団の者達が来て食器やカトラリー、不必要な調理用具は洗浄すると言い、全て持って行ってしまった。


 使っていたパン切り包丁も持っていかれたため、後でまた貸し出して貰おうと思っていたところだった。


「じゃあ、パン切り包丁は貸して貰えないってことですか?」

「第二団の許可がなければ倉庫から備品を出すことはできません。危険物については第三団の許可も必要です!」

「両方から許可を貰わないとか……大変そうですね」

「だからコッペパンをひたすら焼いてくれれば良かったんです!」


 フィセルはため息をついた。


「すみません。そういった事情は知らなくて」

「違うパンを焼くなんて思ってもみませんでしたよ!」


 タニアもため息をついた。


「ですが、もう焼いてしまったものについてはどうしようもありません。これから焼くのはコッペパンにして下さい」

「……できそうなものはなるべく」

「できそうなもの? 全部でしょう!」

「途中で変えるとうまく膨らむかわかりませんし、見た目が悪くなる可能性があります。そもそもここで焼くパンは出さなくてもいいわけですよね?」

「失敗したらの話です! 失敗していないのに出さないなんておかしいでしょう!」

「別におかしくないですよ。自由にしていいパンじゃないですか」

「あったら出すに決まっています! おかわり用にすると決まっていました!」

「でも」

「でもじゃありません!」


 タニアは怒りの形相で叫んだ。


「一生懸命働いている者達におかわり用のパンがあるのに出さないなんておかしいです! そもそもここは貧民街ですよ? 貧しい人々に少しでも食事を取って貰おうということで炊き出しをしているのに、焼いたパンを出し惜しみするなんてありえません! おかわり用とはいっても、余りそうなら配布用にすることも想定していました!」

「そういう考えがあるならちゃんと伝えておいてくれないと! そもそも、当日に刃物が使えないことだって知らされていません!」


 フィセルも声を張り上げた。


「大体自由にしていい分なら、無理に配らなくてもいいと思います! 夕方遅くまで作業をする者達だっていますし、泊まりで後片付けをして、明日帰る者達だっています。午後の間食や夕食用にしたっていいじゃないですか!」


 タニアとフィセルの意見がぶつかり合った。


 周囲の者達はどうしたものかと悩んだが、決定権を持つのが誰かもわかっていた。


 調理隊長でもなければ窯部屋班長でもない。第一団の責任者であるリーナだ。


「ちょっと聞いて貰えますか?」


 リーナがそう言うと、タニアとフィセルは瞬時に言い争いを止めた。


「二人が一生懸命考えてくれていることがわかってとても嬉しいのです。でも、それぞれの意見を伝えるだけでは解決しないようなので、この件については私に任せていただけませんか?」

「わかりました。お任せします」

「どうすればいいのでしょうか?」

「まず、コッペパンではないパンがどの程度あるのか知りたいです」

「それならすぐに言えます」


 フィセルは暗記しているパンの種類と個数を報告した。


 パン職人だけに、パンのことについてはすぐに覚える。そうでなければ仕事ができない。


「これは焼き上がっている分です。コッペパンは最優先で焼き具合を試したので大量にあります。これから焼くのは田舎パンと呼ばれるもので、楕円形のものと丸くて大きなものになります」

「それでコッペパンにしたくないわけね?」


 タニアがトゲトゲしく指摘した。


「コッペパンは後宮からも大量に届くわけですし、だったら別の形のものをちゃんと焼けるか試した方がいいですよ。熟練したパン職人を含めた窯部屋班の総意ですから!」

「現場の声は大事ですが、全体のことを考えて最終的には決めないとでしょう!」

「聞いて下さい」


 リーナは冷静な口調で語りかけた。


「今回の炊き出しについては現場やその状況をよく知っている隊長や班長を信頼し、その判断に任せることにしています。パンのことも同じです。なので、二人がそれぞれの判断で対応するのは構いません。ただ、隊長と班長で意見が違ってしまった場合にどうするかということになります」


 通常であれば全体状況を把握している隊長の意見を優先する。


 しかし、実際にパンを焼く者達は様々な事情を考慮した結果、変更しなくてもいいと考えている。


 先々のことを考えており、失敗や見た目が悪くなる可能性も懸念している。


 リーナとしては失敗作だと思われるようなものを配りたくはなかった。


 昔、どこかのパン屋が貧民街でパンを配ったことがあった。


 無料だったが、通常のパンではなく焼くのに失敗したものだった。


 焦げたパンや膨らんでいないパンでも喜ぶ者はいたが、失敗品であることに落胆した者もいた。


 貧しい者には失敗品で十分だと思われているのではないか、軽視されている証拠だと不満を漏らす者もいた。


 パンを貰えなかった者達は余計にそのパンのことだけでなく、無料でパンを配ってくれたパン屋のことさえも悪く言っていた。


 リーナはそのことを今でも覚えている。何年経っても記憶に残っているということだ。


 善意でしたことであっても、善意を感じて貰えないことがある。


 相手は貧しいかもしれないが、人間だ。心がある。尊厳も。


 思わぬことで傷つけられたと感じ、怒りや悲しみを覚えてしまうかもしれない。


 この炊き出しが人々を励ます記憶ではなく、失望させる記憶になって欲しくはなかった。


 だからこそ、ちゃんとしたパンを配りたい。


 リーナはタニアとフィセルにそう説明した。


「失敗だと思えるようなパンは配らないで下さい。後宮で出す食事や売り物のパンと同じく、ちゃんとしたものでなければ駄目です」

「わかりました」


 フィセルだけでなく窯部屋班の者達は、多少失敗したようなものでも食べられれば大丈夫だと思っていた。


 タニアも同じく。


 だが、それでは駄目なこと、貧しい人々を軽視していると思われかねないことを理解した。


「それからサイズの違うパンについてですが、窯部屋班の思う通りにやってみてください。様々なパンを焼いた結果は今後に役立つと思いましたので」

「はい!」


 フィセルは満面の笑みで答えた。


 窯部屋班の者達は自分達の考えがリーナに認められたと感じ、安堵の表情を浮かべた。


「ですが、ちゃんと焼けているパンを出さないという選択は調理隊長の言った通りありえません。昼用として焼いたパンですので、大きいものは切って出します」


 リーナは自分が第二団と第三団の許可を貰って包丁を用意することを伝えた。


 但し、窯部屋班で厳重に管理し、絶対に紛失しないよう注意することが前提だ。


「包丁の使用は窯部屋のみに限定します。洗うためや片付けるためであっても他の班の者には渡さないで下さい。窯部屋班で包丁を洗い、一本もなくすことなく倉庫に戻すまで責任を持って下さい。それでいいですか?」

「はい! 僕が管理します!」


 フィセルは力強く答えた。


「コッペパンと同じ分量に切り分けます!」

「それについては考えがあります」


 リーナはパンの形状から手に取りやすいサイズに切り分けることを提案した。


 窯部屋班の者達が見て取りやすく美味しそうだと思えるものであれば、薄切りにしてもケーキのように等分してもいい。


「不揃いにすると不公平になりませんか?」


 タニアは不満がでないかを懸念した。


「全て一口大にすることも考えたのですが、細かく切るほど作業が大変です。それにせっかく色々なパンがあるのに、同じにしてしまうのは勿体ないです。パンの違いを活かした方がいいと思って」


 おかわり用は全員が欲しがるかわからない。


 沢山おかわりをしたい者もいれば、ほんの少しだけでいい者もいるはずだ。


 ならば、欲しいサイズのパンを選んで貰えばいい。


 そうすることで、サイズの違うパンを活かせるとリーナは思った。


「綺麗に切って美味しく見えるように盛り付けて下さい。そうすれば、沢山おかわりして貰えそうです」

「わかりました! 美味しそうに見えるよう切って盛り付けます!」

「じゃあ、これで解決ですね。沢山準備があって大変ですが、皆で力を合わせて頑張りましょう!」

「はい!」

「頑張ります!」


 どこからともなく拍手が起きた。


 それに合わせて窯部屋班の者達も拍手をする。


 拍手は賞賛であり、同意であり、団結でもある。


「じゃあ、私は包丁を借りに行ってきますね。引き続きよろしくお願いします!」


 リーナはにっこり微笑んで手を振ると、窯部屋を後にした。


「よっしゃ! どんどん焼くぞ!」

「はい!」

「やるぞ!」

「焼きまくるぜ!」


 窯長の掛け声で窯部屋が一気に活気づく。


「調理隊長、ご心配をおかけしてすみませんでした」


 フィセルはぺこりと頭を下げた。


「でも、余剰物としてのパンについては窯部屋班が担当です。最善を尽くしたいと全員が思ったからこその行動でした。綺麗に切って盛り付けますので、勘弁して下さい」

「もう解決済みです。リーナ様が判断してくれたおかげでスッキリしました」


 タニアは気持ちを切り替えるように息をついた後、笑みを作った。


「窯部屋班が先々のことまで考えていたのは凄いと思いましたし、頑張ろうとしていることもわかっていました。どうするのかが決まったことですし、互いに役目を果たしましょう!」

「はい!」


 タニアとフィセルは強く頷き合った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] タニアとフィセルの言葉による全力の殴り合い。 どちらも良かれと思っていて悪気がなくて、しかも知り得た情報に差があるというところとか、最終的にはどちらも必要な視点ではあるというところとかがリ…
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