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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編
97/1356

97 幕間(三)



「ヘンデルというのはファーストネームでしょうか?  それとも家名でしょうか?」

「あれ?」


 ヘンデルは首をかしげた。


「言ってなかった? ファーストネームだよ。家名はシャルゴットだけど、爵位はヴィルスラウン伯爵を名乗っている」

「以前お会いした時、お名前を聞くのを忘れていました。爵位をお持ちなのですね」

「シャルゴット侯爵家は三つの爵位を持っている。当主はシャルゴット侯爵、跡継ぎ息子はイレビオール伯爵、跡継ぎ孫はヴィルスラウン伯爵を名乗る」

「特別な貴族なのですね」

「まあね。ところで、食器の請求書が来ていない。あれって不問になったのかな?」


 リーナは困惑したような表情になった。


「あれ? なんか不味い感じ?」

「お名前がわからなかったので、自分で弁償することになりました」

「えっ!」


 ヘンデルは驚いた。


「リーナちゃんが弁償することになったってこと?」

「そうです」

「うわっ、ごめん!」


 ヘンデルは慌てて謝罪した。


「不味いな。借金が増えちゃったよね? いくらかかわかる?」

「二百万ほどだった気がします」

「マジで? それってギールじゃないよね?」

「ギニーです」

「よかった。でも、高いなあ。それで解雇者リストに載ったなら俺のせいだな」


 ヘンデルは勤続年数の少なさで解雇者が選ばれたのを知っていたが、わざとそう言った。


「ロジャーが借金を立て替えた?」

「そうだ」


 王族の側近はできる限り自分の非を認めない。それが自分の非ではなく、仕える王族の非につながるのを防ぐためだった。


 だが、ヘンデルは食器を壊したことについてだけでなく、リーナが解雇されたことについても自分に非があるような発言をした。


 そのことにロジャーは警戒していた。


「俺のせいで壊れた食器がある。俺が弁償するはずが、リーナちゃんの借金に含まれちゃっているみたいだ」

「調べて請求する」

「リーナちゃんの借金は全部でどのぐらいあるのかな?」

「聞いてどうする?」

「迷惑料を上乗せしようかと」


 ヘンデルがリーナの借金を減らそうとするのは王太子の意向かもしれないとロジャーは思った。


「手間を省くためにもさっさと教えてくれない?」


 ロジャーは大まかな総額を教えた。


「リーナちゃんは倹約していたはずだけど、その割には結構あるね?」

「階級が低い割に部屋代が高かった。早く出世したため、制服代の請求が短期間で来た」

「後宮の体制っておかしくない? わざと借金作らせて辞めないようにしている? 医療費の件を調べる時に検討したはずだ。まさかと思うけれど、第二王子の筆頭側近を務めるロジャーが考えなかったなんてことはないよね?」


 ロジャーがエゼルバードを見ると、しぶしぶといったように頷きが返された。


「難しい判断だ」


 部屋代が安い場所が空いていなかったのは事実。だが、給与が低い者に割り当てれば重い負担になり、すぐに借金が膨らむのもわかっている。


 リーナよりも勤続年数が多く基本給が高い者が大勢いるにもかかわらず、移動することになったのはリーナだった。


 すぐに出世したことで将来性を見込んでの判断だったのかもしれないが、若くして出世したことを妬んだ者の仕業かもしれないことをロジャーは話した。


「妬みだったら陰険だなあ!」

「あくまでも推測だ。安い部屋が空いたらすぐに移動させるつもりだったのかもしれない。

ちなみに部屋割りの担当者は解雇された」


 後宮の縮小化で多くの解雇者が出たため、安い部屋や良い部屋が空いた。


 そこに移動するため、部屋割りの担当者が賄賂で希望通りになるよう融通していたことが発覚。不正行為として懲戒解雇されたことをロジャーは説明した。


「自業自得だねえ」

「制服の枚数が多いと感じている者がいるのも確かだが、クリーニングの仕上がり日は不定期だ。掃除部は汚れやすい仕事だけに、適正枚数ということになった」

「そっか。でも、天引きが多いって聞いたよ。王宮は部屋代なんか取らないのに」

「その分、基本給が高くなっているそうだ。基本給が少ないと労働意欲が低くなるため、天引きを予想した分を上乗せしているという説明だった」

「給与をたくさんにして、天引きもたくさんするってことだよね?」

「そうだ。結果的には同じはずだが、実際は天引きの方が多くなってしまう者もいる。下位者はその傾向が強いが、忠誠心を証明するためには仕方がないということだった」

「忠誠心は大事だ。でも、忠誠心を証明するために借金を我慢させるのは違うと思う」

「購買部で余計な物を買わなければ借金額は少ない。真面目に働けば返せる」

「それもわかる。でも、リーナちゃんみたいに真面目に頑張っていても、後宮の事情でいきなり解雇された者は借金を返せない」

「言いたいことは分かる。だが、十年以上働いて借金がない者と、数年しか働いていなくて借金がある者、どちらの評価が高くなるかはわかるな? 借金があれば解雇対象になりやすいというのは普通だ」

「若くて真面目な者ほど報われないなあ」


 ヘンデルの意見はもっともだとロジャーは思った。


 だが、現実は厳しい。


 多くの人々に対して公平に思える制度が不平等や格差を生み出すこともある。


 後宮にいる人々の多くが借金をしているのは事実だが、その原因は天引きされる生活費のせいではなく、購買部での買いすぎが原因だった。


 リーナのように給与に対する生活費や仕事に関係する請求額が高い者もいないわけではないが、勤続年数が十年以上の者は借金をしている割合が少ない。


 倹約するか出世すれば、十年程度で黒字化へ向かうのが後宮の制度。


 後宮には退職金制度があるため、退職金で借金を清算する者も大勢いる。


 つまり、十年間後宮で働けるかどうかが重要になる。


 リーナは後宮の普通にことごとく当てはまらなかった。


 孤児院にいたせいで私物が少なく、現金もなかった。


 就職前に必要そうなものを買い揃えて持ってくることができなかったため、購買部で全てを買い揃える羽目になり、いきなり多くの借金を抱えた。


 出世があまりにも早すぎたせいで、制服代を返しきる前に次の制服代が請求された。


 部屋が空いていないため、高い部屋を割り当てられてしまった。


 真面目に勤務しており、上司に逆らえないからこそ、召使いには支給されない必要品や文房具の購入によって個人の借金が増えた。


 一つ一つを見れば、いかにリーナが真面目で素直で善良、それでいて不運なのかがわかる。


 ロジャーはリーナを責める気はない。


 だが、愚かだと思ってはいた。


 世の中には善良であるがゆえに他者に都合良く利用され、落ちぶれてしまう者がいる。


 リーナはまさにそんなタイプの人間で、自分のことをしっかりと守りながら生きていけない。


 本人が望まなくても、自己犠牲を伴うような生き方になってしまう。


 ロジャーは不思議だった。


 孤児院で厳しい環境で育ったのであれば、もっと人を疑い、騙し、狡くなってもおかしくないというのに、リーナは真逆だった。


 真っすぐで綺麗なまま。


 しかし、ギリギリのところで踏みとどまっているだけに過ぎない。


 何かがきっかけで、一気に奈落の底へ落ちてしまいそうな危うさがあった。


「リーナちゃんの借金は全額俺が払うよ。請求して。証拠に給与明細もつけて」

「それは兄上の指示ですか?」


 エゼルバードが尋ねた。


「個人的な判断です」


 ヘンデルはきっぱりと答えた。


「本当に?」

「自分のせいでとある女性の借金が膨らみ失職したのかもしれないというのがいい話ではありません。問題になりそうな種は芽が出る前に潰します。金銭で片付くなら非常に簡単です」

「経費で落とすのですか?」

「個人で負担します。私の不注意で高価な食器を割ってしまったというのに、他の女性が責任を取ってくれました。身代わりになってくれたわけですので、謝礼をするのは当然かと」


 エゼルバードは納得できなかった。


ヘンデルの対応が兄の意向ではないかと疑わずにはいられなかった。


「デザートもあるようですが?」


 雰囲気を変えようとしたパスカルが口を開いた。


「パフェだ」


 ロジャーも王太子の側近たちとの不和は歓迎できないと感じ、ワゴンの上にあるデザートを取りに向かった。


「レディファーストだ。イチゴと生クリームのケーキパフェでいいな?」

「ありがとうございます! ロジャー様!」


 ロジャーは視線をエゼルバードに向けた。


「チョコレートのパフェもあるが?」

「いりません」

「チョコも食べていい。第二王子殿下に感謝しろ」

「第二王子殿下、ありがとうございます!」


 目の前に二つのパフェが置かれ、リーナは満面の笑みを浮かべた。


 だが、エゼルバードは不機嫌のまま。


 化粧崩れのせいで、笑顔が台無しだと感じた。


「目の周りが黒いのが気になります。美しくありません」

「申し訳ありません。第二王子殿下にお会いすることになるとは思いませんでした」


 すぐに世話役のパスカルが謝罪した。


「クローディアも急いで準備をしているはずだ」

「イライラします」


 エゼルバードはそう言うと立ち上がった。


 ヘンデルとパスカルがすぐに立ち上がったため、リーナも慌てて立ち上がった。


 エゼルバードは王族席の間へ行くと誰もが思ったが、エゼルバードが向かったのはワゴンの方だった。


 未使用のおしぼりを手に取る。


「座りなさい」


 ヘンデルとパスカルが座ったため、リーナも座った。


「リーナ、目を閉じなさい」


 エゼルバードはワゴンから取ってきたおしぼりでリーナの目元を拭き始めた。


 その行動に誰もが驚くしかない。


「せっかくお洒落をしてきたというのに……黒い部分を拭いてしまえば少しはましになるでしょう」

「エゼルバード様は本当にお優しい方です」

「その通りです」


 エゼルバードは当然とばかりに答えたが、同意しにくいと思う者が三名いた。


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