966 祝福と愛情
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クオンは自室に戻ると、自身の手で金庫から贈り物を取り出して持って来た。
これは贈り物が何かを知られないようにするためではなく、食品への毒物混入を強く警戒する弟が一名いるからだ。
「今年の贈り物はいつも通りだが、最後になる。来年からは違うものにするつもりだ」
クオンは弟達に贈り物を手渡した。
但し、セイフリードだけは二箱ある。
いつも夕食をほとんど食べないことを懸念し、聖夜の贈り物と共に菓子も贈るのだ。
「驚くほど夕食を食べていた。来年は菓子を用意する必要がなさそうだな」
「もうすぐ成人します。いつまでも兄上に心配させるわけにはいきません」
クオンは感心するように頷いた。
「未成年であっても私が思う以上にセイフリードは大人だろう。だが、兄弟であることは変わらない。いつでも頼って欲しい。遠慮は無用だ」
「はい。ありがとうございます」
クオンは最後に残った白い書類袋を手に取った。
「次はリーナだ。贈り物ではないが、渡すものがある」
「私に?」
リーナはすでにクオンからの贈り物を貰っている。
それだけに書類袋の中身が何なのか全く思いつかなかった。
「すぐに中身を確認して欲しい」
「わかりました」
リーナは書類袋を覗き込んだ。
「中にも封筒が入っています」
一回り小さい書類用の封筒で、すでに封が切られている。
「元々はレーベルオード伯爵家に届いたものであるため、開封されている。何かと忙しい時期だったこともあり、聖夜に持ってくればいいと伝えていた」
レーベルオード伯爵とパスカルは王宮の宿泊室を利用している。
重要なものだけに郵送はできない。直接封書を回収して王宮に持参しなければならなかったが、多忙過ぎてなかなかウォータール・ハウスに戻れなかった。
「忘れていないといいが。とっくに発表日を過ぎているのに、この件について何も言ってなかったような気がする」
リーナは封筒の中身を取り出した。
真っ先に目に入ったのは厚紙にかかれた太い文字。
合格証書とある。
リーナの表情が輝くような笑顔になった。
「合格証書です!」
すぐに同封されている通知にも目を通す。
十科目の全てにおいて合格点を取り、中学校卒業程度認定試験に合格したことが記されていた。
「よく頑張ったな。心からの賞賛を送る」
「おめでとう、リーナ。素晴らしい結果です」
「凄いな! 数カ月勉強しただけだろう? リーナは優秀だ!」
「努力が報われたということだ」
クオン、エゼルバード、レイフィール、セイフリードらしい祝いの言葉が贈られた。
笑顔と拍手も。
リーナは高鳴る胸の鼓動を抑えながら、もう一度通知を読み返した。
「本当に嬉しいです! 難しい問題が沢山あったので……でも、これで中学校卒業同等の資格が得られました。高校を受験できるそうです!」
エルグラードにおいては中学校を卒業した者あるいはそれと同等の資格を得た者だけが高校に進学できる。
義務教育を終えた後に中学校以外の進路に進んでしまうと、リーナのように中学校卒業程度認定試験において合格するか、中学校に入学して卒業しなければ高校へ進学できない。
「もしもの話ですが、高校の入学試験を受けて合格すれば、高校に通うことができるのでしょうか?」
「不可能ではありません」
芸術分野だけでなく教育分野も執務として扱っているエゼルバードが答えた。
「ですが、通常の高校に入るのは難しいでしょうね」
ほとんどの高校は一定の期間内における中学校卒業者及び見込み者を対象にして入学者を募集している。
年齢の低い者が飛び級をして受験するのは問題ないが、年齢が高すぎる者については入学できないことが多い。
それは単純に年齢差の問題だけではなく、未成年と成人の差、身体能力の差といった様々な差異が生じることにより、教育内容や指導等に問題及び不公平さが生じないようにするためである。
「夜間学校は年齢制限がありませんが、身分の高い者は入りません。家庭教師を雇って勉強し、高等学校卒業程度認定試験を受けるのが一般的です」
「ラブが受けた試験ですね」
「そうです。ただ、その資格が必要なのは大学や特殊な専門学校に入るような者や就職等の目的に役立てたい者です。リーナにとって必ずしも必要な資格ではありません」
「そうですか」
「リーナは今後、王家の一員として公務をする予定です。学校で習うようなことよりも公務に関係することを勉強した方がいいかもしれません」
「そうかもしれませんね」
リーナはエゼルバードの助言があっているような気がした。
「エゼルバードとレイフィールは外出予定がある。そろそろ時間だろう。だが、最後にもう一つ贈るものがある。それは聖夜の祝福だ」
クオンはエゼルバードを温かい眼差しで見つめた。
「エゼルバード、聖なる夜の祝福をお前に」
「兄上にも聖なる夜の祝福を。素晴らしい夜であるよう祈っています」
クオンとエゼルバードは抱擁を交わした。
「レイフィール、聖なる夜の祝福をお前に」
「兄上にも。聖なる夜の執務は必要ない」
「そうだな」
クオンとレイフィールは笑い合い、抱擁を交わした。
「セイフリード」
セイフリードはクオンの前に移動した。
「聖なる夜の祝福をお前に」
クオンはセイフリードの頭を優しく撫でた。
「このようにするのは今年が最後だ。来年は抱擁に変えよう」
「わかりました」
「これ以上長居しては兄上もリーナと一緒にくつろげません。退出しましょう。では、これで」
エゼルバードは手を胸にあてると、優雅に一礼した。
レイフィールもにやりと笑うと軍隊式の敬礼をする。
二人は退出していくが、セイフリードはすぐに動かなかった。
兄夫婦を見た後、ため息をつく。
退出しなければならないことはわかっているものの、気が重い証拠だ。
「セイフリード」
クオンはセイフリードに声をかけた。
「菓子はリーナが考案したグリッシーニだ。全種類ある。様々な味を楽しむといい」
セイフリードは未成年であることから冬籠りの差し入れの対象ではなく、聖夜の茶会にも参加しないため、グリッシーニを食べる機会がなかった。
そこで聖夜に渡す菓子をグリッシーニにすることにしたのだ。
セイフリードは貰った箱を見つめた。
それは聖夜の贈り物であり、祝福だ。そして、兄夫婦の優しさが込められている。
愛情もまた同じく。
「良き夜をお過ごしください。失礼します」
セイフリードは一礼すると部屋を退出した。
パタンと扉が閉まると、リーナはクオンを見つめた。
「なんだか寂しそうでした。この後の予定がないからでは?」
「そうかもしれない」
「一緒にトランプでもどうかとお誘いした方がよかったでしょうか?」
去年の聖夜、リーナはメイベル達とトランプをして楽しんだ。
「それはまたの機会にしよう。二人で過ごせる時間は貴重だ」
「わかりました」
クオンはリーナを抱きしめた。
「ようやくだ。待ち遠しくてたまらなかった」
「私も。何かと忙しくて、後半ほどあっという間でしたが」
「そうだな。茶会の件では私もどうなることかと思った」
クオンは両腕に力を込めた。
リーナへの愛は日に日に増すばかりだ。その姿を見れば笑みが浮かび、会えない時には胸が締め付けられる。
クオンにとってリーナはようやく出会うことができた全身全霊で愛せる女性だ。
「こうしているだけで、多忙だった日々の疲れが癒されていく気がする。私にとってリーナは癒しの女神だ」
「ただの人間ですけれど」
「それでもいい。人間同士だからこそ結婚できた。本当に嬉しい」
クオンは体をゆっくり離すと穏やかに微笑んだ。
「この後は二人だけの時間を楽しもう。何か希望はあるか?」
「希望を出せるのですか?」
「トランプ以外の希望があれば検討する。但し、仕事はしない。あくまでもプライベートな時間を楽しみたい」
リーナは考え込んだ。
「突然過ぎて思いつかないです。クオン様こそしたいことがないのですか?」
あるに決まっている。
クオンは心の中でそう答えた。
「案はある」
「どのようなものでしょうか?」
「任せてくれるだろうか?」
「はい。お任せします」
「では、一緒に行こう」
クオンはリーナの手を取った。
「外出するのですか?」
「いや。突然の外出は警備関係者を困らせる。寒さのせいで風邪を引くのも良くない。温かい室内で過ごす方がいいだろう」
「それもそうですね」
二人は王太子の間からヴェリオール大公妃の間に移動した。
「着替えておくように」
クオンはリーナの手に軽く口づけると退出した。
「この衣裳では駄目なのでしょうか?」
リーナは控えていたレイチェルに質問した。
「おやすみになられるのであれば、着替えるのが当然かと」
「……そうですね」
リーナは寝間着に着替えることを言っていたのかと思った。
そして、用意された寝間着を見て驚く。
いつものとは違う、たっぷりとしたドレープが美しいドレスだった。
レイチェルはリーナに尋ねられるよりも前に言葉を発した。
「こちらも贈り物です。白いドレスに見えますが、特別なナイトドレスです」
「女神様が着ていそうなデザインですね」
「王太子殿下にとってリーナ様は女神のような存在ではないかと」
「私はただの人間です」
「あくまでも比喩ですので」
身支度が終わると、鏡の前で確認する。
「いかがでしょうか?」
「背中がスースーします」
白いナイトドレスの背中部分は腰までほとんどないようなデザインだ。
部屋の中は暖められてはいるとはいえ、リーナは肌寒く感じた。
「こちらをどうぞ」
真っ赤なガウンが用意された。
布で作られた小さなバラの花が袖口や裾部分にあしらわれている。
特注品であることは言うまでもない。
「いかがでしょうか?」
「まだちょっと寒い気がします。ストールはありますか?」
「新しいドレスとガウンを贈られた以上、披露しないわけにはいきません。後は王太子殿下に温めて頂いて下さい」
クオン様に?!
リーナは驚きの表情になったが、側にいた侍女達も同じだった。
「ディナ、支度が整ったことをお伝えしなさい」
「はい」
レイチェルは冷静な表情のまま指示を出した。
侍女長補佐のディナはすぐに王太子の元に伝令に向かう。
「リーナ様が王太子殿下と素晴らしい聖夜を過ごせるよう、しっかりとお見送りしなければなりません。表情を引き締めなさい!」
レイチェルの号令に従うべく、侍女達は瞬時に表情を引き締めた。
思わずリーナも表情を引き締める。
これからクオン様の寝室に行くのよね?
リーナが考えているとすぐにディナが戻って来た。
「王太子殿下がお見えになられます」
そう言い終わるよりも早くすでに着替えていたクオンが姿をあらわした。
「迎えに来た」
クオンは手にしていた赤いバラの花で作られた冠をリーナの頭の上に乗せた。
「似合っている。まさに女神のようだ」
「冠があるとは思いませんでした」
「花束よりもいいと思った」
クオンが花の冠を作らせたのは、リーナに渡した後もそのまま身に着けておくことができるからだ。
「女性はこのようなものが好きだろう? 布で作られたバラであれば枯れることもない。いつでも何度でも身に着けることが可能だ」
クオンは長所をアピールしたつもりだったが、いつまた身に着けるのだろうかと侍女達は思った。
しかし、そこはあえて指摘する必要がないこともわかっている。
ようするに、夫が妻に愛情の証として美しい花飾りを贈ったことが重要だ。
「そうですね。このようなものをいただけて嬉しいです。子供の頃、花畑で花冠を作ることに憧れていました」
「では、私の女神をお連れしよう」
クオンはリーナの手を取った。
「いってらっしゃいませ」
レイチェルの挨拶と共に侍女達が一斉に頭を下げた。
「いってきます」
就寝の挨拶ではないのを不思議に思いながらリーナはクオンと共に王太子の寝室に向かった。
寝室に入った瞬間、リーナはまたもや驚くことになった。
「どうだ?」
王太子の寝室は聖夜をテーマにした部屋として飾り付けられていた。
部屋の壁紙は赤。至る所にヒイラギやアイビー、松ぼっくり等で作られたリースやガーランドが取り付けられている。
聖なる木は大小様々な色のボールやリボンで飾り付けられ、ベッドの周囲にはプレゼントの箱が並べられていた。
「聖夜らしい飾り付けにした」
一見すると王太子の寝室は改装したかのように見えるが、実際は一時的な飾り付けだ。
既存の部屋の壁や天井を木の板で覆い、その上から壁紙を貼ってリース等の装飾を取り付けている。
「二十六日になれば元通りの部屋になる。今夜と明日はここで聖なる時間を楽しもう」
「はい。でも」
リーナはベッドの周囲に並べられた箱に視線を移した。
「あれは装飾用なので、空ですよね?」
「いや、何かしら入ってはいるはずだ」
「クオン様は何が入っているかをご存じないのですか?」
「友人達から届いたものを適当に入れておくよう指示した。どの箱に何が入っているのかは知らない。そもそも、友人達から届いた贈り物を自分では開けないからな」
聖夜の贈り物はほぼ郵送で届くため、クオンに届けられる前に開封され、安全性を確認される。
贈り物の量も相当なため、クオンには誰からどのようなものが届いたのかをまとめた一覧表が届き、それを見て贈り物をどうするかを決定する。
今年は一度開封した贈り物を別の箱に入れてリボンを結び、寝室のデコレーションにしてある。
「どのようなものが届くのか、実際に見てみればいい。この箱はそこそこ大きいな」
クオンは目についた箱を一つ拾いあげるとリーナに差し出した。
「リボンをほどいて開けて欲しい」
リーナはクオンが持つ箱のリボンをほどき、蓋を開けた。
「あっ!」
箱に入っていたのは真っ赤な衣装を着たクマのぬいぐるみだった。
「可愛いです! 凄く!」
「これはリーナのために選んだものかもしれない。一応、名の知れたクマだ。毎年聖夜になると限定版の衣装を着たものが出回るらしく、女性や子供に人気だと聞いたことがある」
クオンにとって必要なものは常に用意されているため、不足なものはない。物欲も強くない。
そこで自分へ聖夜の贈り物を贈るよりも、慈善団体や神殿への寄付にすればいいと言ってはいるものの、聖夜らしさを楽しめるよう友人達は何かしらクオンに贈って来る。
そして、クオンや侍従等の周囲が用意しないようなものにする傾向が非常に強い。
「クオン様が欲しがりそうなものとは思えませんが、だからこそ持っていなさそうということで選ばれたのかもしれません」
「欲しいなら貰って欲しい。毎年、私が持っていても仕方がないものが多くある」
確かにクオンが持っていても仕方がないかもしれないと思い、リーナはクマのぬいぐるみを貰うことにした。
「じゃあ、これはいただきます」
「これも開けてみよう」
「小さいですね。何でしょうか?」
リーナはまたリボンをほどき、蓋を開けた。
出て来たのは革の手袋だ。
「真っ赤です。聖夜だからでしょうか?」
「私がこれを使うことはない気がする。欲しいならこれも持っていけ」
リーナは手袋をはめてみた。
「ぶかぶかです。男性のサイズですね。要りません」
「エゼルバードに欲しいか聞いてみよう」
クオンは周囲を見回し、また小さな箱を拾い上げた。
「これはかなり小さい」
「そうですね」
今度はクオンがリボンをほどき、箱を開けた。
「凄いです! 宝石ですよね?」
箱の中に納められていたのは大きな透明の石だった。
「もしかして……ダイヤモンドでしょうか?」
「ガラスか水晶ではないか? 宝飾用ではなく、ペーパーウェイトだ」
「ペーパーウェイト……」
「私が執務ばかりしているせいか、ペーパーウェイトを贈ってくる者も結構いる。コレクションになりそうなほど大量にある」
「執務に使えそうですね」
「全く使わない」
そうなのかと思いつつ、リーナも側にある箱を拾い上げた。
「沢山あるので、別々に開けても?」
「その方が良さそうだ。ただ、何が入っていたのかは互いに見せ合おう」
「わかりました!」
リーナは何が出て来るのかドキドキしながら箱を開けた。
「今度はリンゴです!」
「赤い大理石を使ったペーパーウェイトだ」
以前に同じものや色違いの品を多数貰っていた。
毎年必ず一つは見ているかもしれないというほど、クオンにとっては定番の贈り物だ。
「黒や紫のものもある。そういった色合いのものは毒リンゴと呼ばれているらしい」
「毒……」
「何気に人気だそうだ」
「食べるリンゴではないのでいいですけれど」
リーナは嬉しそうに次々と箱を開け、意外な品を見つけては喜んだ。
まさに聖夜らしい過ごし方だ。
クオンもまた自身の案が上手くいったことを喜んだ。
聖夜。
世界中に祝福と愛情が溢れる。
エルグラード王太子の寝室にいる夫婦にも、多くの祝福と愛情が溢れていた。





