962 礼拝と晩餐会
聖夜の礼拝は王宮内にある王族専用の礼拝堂で行われる。
この礼拝堂は大勢の人々が集まるような儀式に使用するためではなく、王族が個人的に祈りを捧げる場所として作られた。
王宮には伝統的なルールが多くあるように王族専用の礼拝堂にも伝統的かつ厳格なルールが存在したが、時代と共にその内容が変化した。
現在は王族専用の礼拝堂のままではあるものの、王族の許可を得た者も祈りを捧げることができるようになっている。
「すぐだっただろう?」
クオンはリーナに尋ねた。
「そうですね。早く終わりました」
王族は国王から王位継承順に行っていくため、それに合わせて同行者たちも礼拝をする。
全員が終われば終了だ。
聖職者から礼拝堂を使用する際の説明はあったものの、特別な儀式や聖歌もない。
ただ、礼拝を行うのみ。
これは古エルグラード王国時代からの慣習を伝統的に受け継いでいるためでもある。
エルグラード守護神を祀る信仰においては、聖夜は神からの祝福が舞い降りる日とされており、二十四日は家族や親しい者達が祝福を分かち合い喜ぶために集まる。
神からの祝福に感謝するのは聖夜の後、聖職者が特別な儀式を執り行うのも二十五日の朝だった。
「皆、ご苦労だった。この礼拝堂で祈る者にはより多くの祝福と加護があると伝えられている。それが真実であるよう心から願っている」
国王からの言葉が終われば、王家は晩餐会へと移動し、それ以外の者達は帰途につく。
それがわかっているだけに、リーナはすぐにレーベルオード伯爵の元へと近づいた。
「お父様、どうかお気を付けてお帰り下さいませ。それから、レーベルオードの者達にも祝福があるよう祈っていると伝えて下さい」
「わかった。必ず伝えよう」
レーベルオード伯爵は頷いた。
「父親として、リーナが世界で一番素晴らしい聖夜を迎えることができるよう願っている。パスカルには悪いが、今年は娘が優先だ」
「ありがとうございます。お父様」
リーナはにっこりと微笑んだ。
「お兄様、ごめんなさい。今年は許して下さいね」
「大丈夫だよ」
パスカルは優しく微笑んだ。
「兄としてリーナが世界で一番素晴らしい聖夜を迎えることができるよう願っているからね。父上には悪いけれど、妹が優先だ。今年だけではないと思う」
レーベルオード伯爵は愛する息子の言葉に穏やかな表情で頷いた。
「未来は愛しい子供達のものだ。父親だからこそ、そうであるように努めなければならない」
「父上は僕の誇りです。最高の父親として」
「私にとっても同じです」
「お前達こそ私の誇りだ。今宵はこれで失礼しよう」
「はい。ではまたいずれ」
リーナはレーベルオード伯爵、パスカルの順番で抱擁を交わした。
その光景は三人が家族として強く結びついていることをあらわしていた。
「本当に気を付けて下さいね。寒いので風邪を引かないように」
リーナは大切な家族を気遣った。
更に、
「ラブも気を付けて帰って下さいね!」
宰相一家はすでに国王への挨拶を済ませていたが、王家の者達が退出するのを待っていた。
「ありがとうございます! リーナ様の優しさに感謝致します!」
声をかけられたラブは嬉しさ全開で叫ぶように答えた。
やった! またまたリーナ様から声をかけられちゃったわ!
ラブは得意げな表情で壁際にいるディランとアーヴィンへと顔を向けた。
これで二人にも自分がリーナに大切にされていることがわかっただろうと思ったからだが、その仕草によってリーナもまたラブが顔を向けた方を見た。
「ディランとアーヴィンも気を付けて。夜なので」
未成年者への配慮であるのは疑いようもない。
だが、王家の者が外戚でもない者に対して声をかけること自体が特別でもある。
ディランとアーヴィンは喜んだ。
ウェストランド侯爵令嬢のおかげですね。
得した。
二人の笑みを見たラブは余計なことをしてしまったと感じた。
ぎゃー! リーナ様の視線を誘導しちゃった!
だが、リーナが優しい性格だからであり、ラブの動作に注視している証拠でもある。
リーナのため、そして聖夜であることを考えて寛大になろうとラブは思った。
そう思えるのがなんか不思議。昔の私だったら失敗して嫌な気分になってずっとイライラしていたはずだわ。
自分は変わった。これからも変わり続けていくだろうとラブは思った。
それは自分らしさを否定したわけでもなければ、誰かに強制されたわけでも誘導されたわけでもない。
自分の本心を尊重するからであり、なりたい自分になるためだった。
聖夜の晩餐会には国王一家が集まる。
ここでようやく昼食会を欠席した者達、セイフリードとその生母である第三側妃が加わった。
「ようやく私の家族が全員揃った」
国王であり夫であり父親であるハーヴェリオンの本心だ。
「今年はクルヴェリオンが結婚し、家族が増えた。改めて、リーナを家族の一員として心から歓迎していることを伝える」
国王は王妃を見た。牽制であるのは言うまでもない。
「家族全員で聖夜の夕食を楽しみたい。では、素晴らしい食事の前に乾杯だ」
次々と乾杯用のグラスに手が伸びた。
「家族に。そして、エルグラードに。乾杯!」
「乾杯!」
唱和する声と共に、隣同士でグラスを合わせる音が響いた。
リーナの席はクオンの隣で、エゼルバードとの間になっている。
これまでは王族妃とその息子達が向き合うような座席になっていたが、リーナが加わったことによってセイフリードの席が変更された。
レイフィールの隣ではなく国王の席に対面する場所になったため、グラスを合わせる者がいない。
「セイフリード」
クオンはリーナとグラスを合わせた後、末弟の名前を呼んだ。
「姿が見えやすくなって嬉しい。共に乾杯しよう。兄弟に!」
「兄弟に」
セイフリードは呟きながらグラスを掲げた。
「兄弟に」
「兄弟に!」
優雅な声と力強い声が重なる。エゼルバードとレイフィールのものだ。
兄弟全員で乾杯する光景に、リーナは改めて強い兄弟愛と結束力を感じた。
「リーナのためにも乾杯しましょう」
エゼルバードが提案した。
「愛すべき妹ですからね」
「そうだな」
レイフィールはすぐに同意する。
セイフリードは無表情から不機嫌な表情になった。
「妹に乾杯することで、僕をのけ者にしたいのか? そもそも、兄上の妻であることを考えれば姉ではないのか?」
「リーナの方が年下です。妹として扱ってもおかしくはありません」
「姉妹にするか? 姉でも妹でもよくなる」
「リーナに乾杯すればいい。私も加わることができる」
クオンの意見は弟達にとって至上だ。反対する者はいない。
「リーナに!」
四人の王子達だけでなく、国王も嬉しそうに再度グラスを掲げた。
王妃、側妃達もそれぞれがグラスを掲げる。さすがにこの場の空気を読めない者はいない。
リーナは嬉しくなった。
「ありがとうございます。では、私からも」
リーナはグラスを手に取ると国王を見つめた。
「クオン様のお父様に」
次に王妃を見つめる。
「クオン様のお母様に」
更に側妃達を順番に見つめていく。
「エゼルバード様のお母様に。レイフィール様のお母様に。セイフリード様のお母様に」
リーナは隣に顔を向けた。
「クオン様に」
続いて、
「エゼルバード様に。レイフィール様に。セイフリード様に」
全員の顔を確認しながら名前を呼ぶ。
「尊敬と感謝の気持ちを込めて、乾杯!」
応えるようにクオンは再度グラスを掲げた。
それ以外の者達も同じく、グラスを掲げることで応える。
「今年の聖夜は乾杯が多い。それだけ祝福と喜び、感謝の気持ちが溢れている証拠だ。非常に素晴らしい」
国王は機嫌良く酒を追加するよう命令した。





