96 幕間(二)
第二幕が終わった。
リーナは声を押し殺して泣いていた。
第二幕には悲しみを誘う場面があった。
想い合う二人を運命が引き裂こうとしている。ヒロインはそれでも恋人を一途に想い続けると歌い、恋人は恋の苦しみと絶望を感じると歌った。
この話は悲劇。ヒロイン達は結ばれないことがわかっている。
リーナはとても悲しくなり、涙が自然と零れ落ちた。
ハンカチを取り出し、できるだけ堪えようとしたが無理だった。
リーナの様子にキルヒウス、アンディ、シーアスの三人は眉をひそめていた。
有名な悲劇の名場面ではあるが、多くの観客は見慣れてしまっている。
そのせいでリーナほど泣いている者は少ない。
リーナの様子を見る限り、最後のシーンを見た時は涙の大洪水だろうと予想していた。
「大丈夫ですか?」
パスカルは優しく気遣うように尋ねた。
「申し訳ありません。すごく……悲しくて……」
「初めてのオペラです。有名なシーンですので心を揺さぶられるのは当然でしょう。ですが、目元をこすってはいけません。化粧が取れてしまいます」
リーナがハンカチを見ると、化粧の色がついてしまっていた。
「あっ、ヨランダに注意されたのに……」
「ヨランダ? 知り合いの女性ですか?」
「ノースランド公爵家の侍女長です。礼儀作法を教えてくれています」
「そうですか」
リーナが第二王子の関係者と判明したせいで、キルヒウスたちの表情は瞬時に険しいものに変化した。
迂闊なことは言えない。警戒するのは当然の反応だった。
緊張感が漂う中、小部屋のドアが開く。
ヘンデルが戻って来た。
「差し入れ」
ヘンデルはクロイゼルにシャンパンと白ワインと水のボトルを渡した。
「コルク抜きはあるよね?」
「ある」
酒豪のクロイゼルは常時コルク抜きを携帯していた。
「リーナちゃん、泣いちゃったのか。感動しちゃった?」
「名称が違うのでは?」
パスカルが訂正するように言った。
「愛称だよ。おかしくない」
「いきなり女性を愛称で呼ぶのはどうかと思いますが」
「俺、リーナちゃんとは知り合いだし?」
パスカルは驚いた。
「そうなのですか?」
「うん。前に廊下でぶつかったことがある。急いでいたから、曲がった際にリーナちゃんを避けることができなかった。俺が悪かったから謝罪した」
嘘ではない。しかし、全てでもなかった。
「とにかく急いで移動する。リーナちゃんは食事がまだだよね?」
「あまりにも混雑しているので飲み物しか取っていません」
「第二王子から余り物をもらえる。王族席の間に移動しよう」
ヘンデルはロジャーと交渉して差し入れの飲み物だけでなく、王族のために用意される食事を食べる権利まで確保した。
「さすがというかなんというか」
「本当は図々しいって言いたいのはわかっている。行こうか」
ヘンデルの先導でパスカルとリーナは王族席の間まで移動した。
控室で一旦待たされ、すでに食事の用意ができている食事の間に通された。
「リリーナはここだ。まだ座るな」
ロジャーが指定したのは、非常に立派な椅子の向かい側。
第二王子の席の向かい側だった。
エゼルバードの入室に合わせ、全員で一礼をした。
「酷い顔です」
エゼルバードが指摘したのはリーナの顔、化粧崩れのことだった。
「食事が先だ。その間に手配する」
「着席を許します」
エゼルバードは着席の許可を出した。
「時間がないので、特別に無作法を許可します。さっさと食べなさい」
「第二王子殿下もお食事をされるのでしょうか?」
ヘンデルが丁寧な口調で尋ねた。
余りそうな軽食が欲しいと要求して許可をもらったが、ヘンデルはエゼルバードが食べないことを前提にしていた。
「食事は王宮で済ませました。飲み物だけです。ロジャーも同じです。全て食べても構いません」
「わかりました。感謝いたします」
「飲み物はシャンパンだけです。時間がないので乾杯はしません。リリーナは水です。ドレスを汚さないためには仕方がありません」
「ドレスを汚すな。母上が怒るに決まっている」
「はい」
リーナは緊張しつつも、ヘンデルやパスカルの方を見ながら食べ方を確認することは忘れなかった。
用意されているのはサンドイッチやカナッペなど手でつまんで食べるものばかり。
フォークやナイフを使う必要はなかった。
「リーナちゃんはお腹が空いているよね? たくさん食べていいよ。残ると全部捨てられちゃうから」
「もったいないです」
「だよね。だからどんどん食べてよ。俺やパスカルも軽く王宮で食べた。リーナちゃんのために交渉したようなものだから」
「ヘンデルの言う通りです。第二王子殿下が許可されているので大丈夫です」
リーナはようやくヘンデルの名前を知った。





