957 声をかける
ちょっとずつでごめんなさい。
本日もよろしくお願い致します。
乾杯の後、招待客の多くはぞろぞろと飲食物のコーナーになっている別室への移動を始めた。
その目的はヴェリオール大公妃のグリッシーニを見て、取って、味わうことであるのは明白だ。
とはいっても、王太子夫婦がいるだけに、我先にと焦って走る者や押し合うような者はいない。
すました顔、あるいはにこやかな表情で足早に移動しながら列を形成していく。
「全種類味わいたい」
「同じく」
「だが、これだけ大勢いると、全種類食べることができるかどうか怪しい」
「確かに」
話題も完全にグリッシーニになっている。
あまりの人気ぶりに主催者である王太子夫妻は苦笑するしかなかった。
「デザートブッフェのようだ」
「炊き出しに並んでいるみたいです」
互いに思いついた感想を述べながら、再度笑い合う。
「正直、あのような光景は初めて見た」
乾杯後、すぐに王家の者達へ挨拶をするために人々が集まり列を作る光景であれば見慣れている。
私的な催しであるために堅苦しい挨拶は不用かつ祝福の言葉もすでに示しているが、親しい者達との交流はそっちのけで菓子を取りに行く人々の列ができるというのは想定外だった。
「あれほど多くの人々の関心を引くとは。今更ながら、凄い菓子を考えたな?」
「食べてみたいという気持ちが強いのでは? 私も食べることが大好きなのでよくわかります」
「店を作ったら儲かりそうだ」
「最初は売れるかもしれませんが、飽きられたら売れなくなって赤字です」
「様々な味を次々と新しく作り出せばいいのではないか?」
「そういう手もありますね。でも、段々と新しい味を作りにくくなります。その結果、味よりも新しさを優先してしまい、不味いという意味で評判になりたくはないです」
「そうだな」
リーナとクオンもまたグリッシーニの話をしながら、飲食物コーナーの様子を主催者として確認することにした。
向かう途中でリーナの足が止まる。
「クオン様、ちょっといいですか? 話したい者達がいるのですが」
「構わない。自由に過ごせばいい」
「では、遠慮なく。クオン様は飲食物コーナーに行って下さい」
クオンは眉を上げた。
「一緒では駄目なのか?」
「休憩のために招待したのに、緊張させてしまいそうです」
クオンは視線を動かした。
未成年者が二人いるのを確認する。
「パスカルの方が緊張させる気がする。直属の上司だ」
「では、お兄様と一緒に飲食物コーナーへどうぞ」
今度はパスカルが眉を上げた。
「パスカル、私達は邪魔者らしい」
「とても残念ですが、ヘンデルに任せればいいかと」
「ヘンデルの方が意地悪だと思うが」
「シャペルもいます」
「専門分野ではない」
「ベルもいます」
「リーナの側に女性がいるのは心強い」
クオンはパスカルと共に飲食物コーナーに向かって歩き出した。
すかさずリーナの側にベルが寄って来る。
「私が同行させていただきます」
「ベルは凄いですね! 心強いそうです!」
「いくら兄やシャペルが優秀でも女性にはなれません。それに二人は掛け持ちです。私はリーナ様の専任ですから!」
「やっぱりベルは頼もしいですね!」
リーナもまたベルと笑い合いながら、人々が並ぶ列の方へと歩いて行った。
「ディラン、アーヴィン」
名前を呼ばれた二人はリーナが近づいて来るのを見て期待していたため、予想通りの結果に笑みを浮かべた。
「お久しぶりでございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「お会いすることができて光栄です」
ディランとアーヴィンは深々と頭を下げて挨拶をした。
「お兄様から昼食会に来ていると聞いたのですが、見つけることができなくて」
リーナは個室で昼食を取った後、会場内を見回してディランとアーヴィンを探したが、二人の姿を見つけることができなかった。
二人は王家の礼拝にも勤務の一環として参加するものの、それまでは休憩及び自由行動になっている。
王宮にはいる予定だと聞き、だったら茶会に来て休憩してはどうかとリーナが提案し、トロイを通じて招待することを伝えさせていた。
「申し訳ありません。王太子殿下が個室に移動後は昼食を取りに行くよう指示されていましたので」
「会場ではなく別室の方にいました」
王家の昼食会は大規模だったことから会場では飲み物だけになっており、食事やデザートは別室の方に用意されていた。
パスカルは王太子夫妻の昼食に同行してしまうため、会場にはいない。
その間に二人は昼食を取り、王家の昼食会の様子を観察するよう言われていた。
「私は個室でいただいたのですが、立食のお食事はどうでしたか? 美味しかったですか?」
普通なら美味しかったと答えるが、ディランは違った。
「聖夜らしい趣向を凝らした食事になっていました。緑や赤を多用し、聖夜のための飾りをつけていました」
美味しいとは答えなかった。
なぜなら、大して美味しくなかったというのが本音だったからだ。
公爵家の跡取りであるディランは普段の食事レベルが高い。それだけに立食用の冷えた食事というだけで評価は低くなる。
聖夜らしい特別さを演出しようとしているのはわかるものの、心動かされるようなものでもなければ興味を引くようなものでもなかった。
いわゆる見た目が聖夜らしく豪華そうに見える冷えた料理というだけだ。
アーヴィンもまたディランとほぼ同じような評価をしていたため、二人共に落胆していたところだ。
「アーヴィンはどうでしたか?」
「王家の特別な聖夜の木を見ることができて良かったです」
アーヴィンは昼食会の会場に飾られた聖夜の木を話題として取り上げた。
食事についてはディランが話した通りだったため、別のことで何か良い印象を与えそうなものを選んだ結果が、聖夜を祝うために飾られる木のことだった。
「お茶会では様々なお菓子やデザート、軽食も用意しています。どんなものを出すか一生懸命考えたので、良かったら食べて見て下さいね」
リーナはディランとアーヴィンが二人共に昼食会の食事を美味しかったと言わなかったことを懸念した。
そこで、食事が十分でなければ茶会で用意されているものを食べればいいと考えた。
「はい。ヴィルスラウン伯爵が特別な菓子があることを話していましたので、ぜひ食べてみたいと思いました」
「同じように思う者達が大勢いるからこそ、これほどの列になっているのだと思います」
リーナは改めて列を見た。
長い。
そして、気づく。
ディランとアーヴィンは列に並んでいたが、リーナと話すために列から抜けた。
飲食物コーナーに行って何かを食べたいのであれば、最後尾に並び直さなければならない。
「……せっかく並んでいたのにごめんなさい。並び直しですね」
「全く問題ありません」
「ヴェリオール大公妃と直接話せるほど栄誉なことはありません」
それはディランとアーヴィンの本心だったが、リーナは責任を感じた。
「リーナ様、この列はグリッシーニ目当てです。別のテーブルの方は空いているのでは?」
ベルの提案にリーナはそうかもしれないと思った。
「一緒に飲食物コーナーを見に行きましょう! 実はグリッシーニ以外にも紹介したいものがあるのです!」
「光栄です」
「どのようなものがあるのか非常に楽しみです」
リーナはディランとアーヴィンも連れて、飲食物コーナーになっている別室へ向かった。





