947 来年度予算
不定期で申し訳ないのですが、よろしくお願い致します!
十二月二十一日。午前八時。
セイフリードは王太子の執務室にいた。
側近達は自分の担当する案件についての報告書及び質問書を作成して持ってきていることがほとんどだが、この日は誰も何も持っていない。
なぜなら、ついに来年の予算が確定したからだ。
王太子に与えられる予算については事前に国王と話し合っているため、おおよその額は把握している。
今回は王家予算を統治予算に振り替えたことで大幅に減額されるはずだったが、婚姻したことによって妻のための予算が新規に加算されることになっていた。
これにはヴェリオール大公妃自身が使用するような予算だけでなく、ヴェリオール大公妃のために王太子が夫として使用する予算分もある。
婚姻初年度は新婚旅行や特別な催事等何かと金がかかるだろうということで、祝儀としての予算もついていた。
その結果、最終決定額は事前に把握していたものよりもかなり多くなっていた。
「午前中は予算について熟考する。緊急以外の予定は入れない。午後は予算会議だ。シャペルを呼べるか確認しておけ」
エゼルバードも来年の予算についての通達を受けている。当然のごとく予算会議を開くため、個人資産担当のシャペルは会議に出席する。
しかし、シャペルはヴェリオール大公妃の個人資産担当でもある。調整できるのであれば、王太子府の予算会議にも参加させるということだ。
「ヘンデルとキルヒウスは残れ。セイフリードとパスカルも話がある。以上だ」
クオンがそう言うと、名前を呼ばれなかった者達は部屋を出て行く。
ドアが閉まると、クオンは早速最高機密書類が入ったファイルをヘンデルに渡した。
「写せ」
「了解」
返事をしたのはヘンデルだが、書き写す作業はキルヒウスもする。
このような最高機密が書かれた書類は印刷することができないため、手書きのものが一つしかない。また、原本は紛失しないように保管しなければならない。
そこで王太子府の内部書類として書き写したものを側近が必要数だけ作成しなければならなくなる。
ヘンデルとキルヒウスが書類を挟んで座り、二人同時に作業を始める。
その間、セイフリードとパスカルはクオンから予算に関する説明を受けることになった。
「来年、セイフリードは成人する。誕生日を過ぎれば成人王族としての権利を行使できるようになるが、すぐに何もかもできるようになるわけではない」
成人王族の権利はかなりのもので、未成年の時とは比べものにならないほどの強力な力を手にすることになる。
「特に留意しなければならないのが命令権の行使だ」
自身の部下に対しては絶対的、それ以外の者達にも圧倒的な強制力を持つ。
それだけに、命令に伴う自己責任も重くなる。
「命令という言葉は基本的に発しない。伝えるだけで命令同然になることを活用する。どうしても命令という言葉が必要だと思える時だけ使用するのが望ましい」
様々な重要決定については引き続きクオンが後見人として監査する。
クオンも二十歳になるまでの二年間は国王と宰相の二人が全てを監査していた。
「二年間は成人王族としては見習い、試用期間ということだ。王族会議にも正式に召集される。午前中に起きなければならない」
聞き耳を立てていたヘンデルは思わず笑みを浮かべた。
夜更かしばかりのセイフリードにとって、朝起きる生活をするだけでも苦労すると思われた。
しかし、重要な会議は午前中が多い。
成人王族としての権利は絶対に保証されるものではなく、国王の判断次第で取り上げられてしまう。
現に王弟やその息子は王子としての身分は保持しているものの、王家の一員としては扱われていないも同然で、王族会議に参加することも、王族としての命令を発することもできない。
王子の身分を持つ者として最低限の生活を保障され、殿下の敬称を許されているだけの存在になっている。
セイフリードが問題ばかりを起こし、まさに暴君のように振る舞い続ければ、王弟達と同じようになる可能性もなくはない。
「予算や人事等の重要な決定についても私の承認がいる。但し、自由予算は完全に使い道を問われなくなる。かなり増額するが、一年分だということを忘れてはいけない。そして、セイフリードも後宮担当の一人になった。ゆえに、来年度の後宮予算についての情報を教える」
クオンは書類を差し出した。
セイフリードはそれを受け取るとすぐに目を通した。
「通常、王太子に後宮予算の通達は来ない。クワイエルが個人的な配慮で教えてくれた」
結局、時間がなかったこともあって書類上の予算は前年度の四分の一しかない。
とはいえ、通常の人事採用を凍結したことや不祥事続きのせいで解雇者が多くいたため、人件費は昨年度に比べるとかなり減少している。
閉鎖された場所も多く、不正に関与した上位部は廃部する予定でいる。
そういったことを考えれば、単純に三カ月分の経費だけしか賄えないわけではない。
クオンとしては補正予算を追加させるつもりだ。
その額がいくらになるのか、どの程度の延命になるのかは確定していないが、夏までは慌てることなく対応できそうな見通しだった。
「宰相は後宮統括としての予算会議は行わない。自身だけで予算を割り振り、一方的に通知するだけだ」
後宮予算が大幅に減額されていることから、どのように割り振っても全ての部署等において前年度の予算よりも少なくなる。
だからこそ、予算会議を開く意味はない。どれほどの意見や不満が出ても、予算がない以上は増やせない。調整もできない。
予算がなくなった部署から停止させ、解雇手続きに移る。
そのことも予算額の通知と同時に後宮長に伝えられる。
「これも受け取った」
クオンは別の紙を取り出した。
「宰相からだが、リーナには見せないで欲しいということだった。後宮統括補佐には何も通達しないことにしているからこその処置だ」
宰相はクオンに言われたように、後宮の通達及び重要な情報について再検討した。
その結果、後宮統括補佐であるリーナには伝えないままにはするが、内密にクオンに伝えることにした。
そして、クオンやヴェリオール大公妃付きの側近から必要に応じてリーナに伝える形にした。
「……意外過ぎる」
セイフリードは受け取った紙を見て思わず本音をこぼした。
そこにあったのは新設されたばかりの秘書室の予算と、来年度に新設する予定でいる買物部の予算が書かれていた。
「私も正直驚いた」
来年の秘書室や買物部の予算はないだろうとクオンは思っていた。
だが、宰相は予算を組み、クオンにその額を通達してきた。
「リーナに協力しないということでもないらしい」
予算額は決して多いとはいえない。
しかし、後宮の全ての予算が減額されている中で、宰相がわざわざリーナの作った部署のために予算を組んだ意味は大きい。
「リーナの扱いについてだが、来年も後宮統括補佐のままになる。但し、正式な人事は見送り、試用期間を三月まで延長するだけだ。給与も出ない。秘書室の予算額は基本的に三月までの人件費といっていい」
買物部は新設されてもいないだけに、どの程度の経費がかかるかわからない。
そのような状態において予算をつけているのは期待している証拠のようにも思えるが、人員分の予算がかかることを見越しての処置だと思われた。
「セイフリードは秘書室担当だ。このような情報は開示するが、リーナや秘書室長には伝えるな」
クオンはリーナに予算等の財務事情を教えるつもりはなかった。
「あらゆる方法を駆使して後宮に予算を流すつもりでいるが、最長一年分だけだ。ゆえに、担当者は継続案だけでなく閉鎖移行案も考えなければならない。リーナに考えろとは言えない。側近や後宮関連の担当者になった者達の役目だ。秘書室担当であるセイフリードも考えなければならない。わかるな?」
「わかる」
「個人的にはリーナと金銭的な話は極力したくないと思っている」
クオンは生活上において金銭的に不足するような事態に陥ったことはない。
だが、自身に与えられた予算や国家予算をやり繰りしなければならない。
統治者であっても、金は無限ではない。有限だ。そのことに悩まされる。
「リーナは大勢の人々を助けるために頑張っている。その気持ちを金銭的な事情で縛り、苦しませたくはない。できるだけ節減するように言うだけで十分だ。具体的な財務管理と調整は私や他の者達でする。どうしても金額等の確認が必要であればパスカルに聞け」
「わかった」
「では、担当者として後宮予算の書類を書き写せ。パスカルが教える」
セイフリードは秘書室担当官僚としての仕事を与えられ、こなすことになった。
物語の中の十二月が長い……。催しも登場人物話も多いというか。
次はリーナが王宮のとある場所に行きます。どこなのかお楽しみに。
またよろしくお願い致します!





