944 特別な護衛任務
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第一王子騎士団長であるラインハルトは頭を抱えていた。
そういう気分だということだ。
そして、団長補佐を務めるタイラーも同じだった。
「またか」
思わず呟いたラインハルトにタイラーは同情するような視線を向けた。
「特別任務ばかりでは困る! 今年は最高に忙しいことをわかっているはずだ!」
「極めて同感です」
時計の音が鳴った。そして、ドアがノックされた後に開いた。
「おはようございます」
団長付きであるユーウェインが出勤してきた。
「指示をお願い致します」
ユーウェインは雑用係であるために、ラインハルトの抱える仕事や状況に応じて様々な仕事をこなす。
本来ならとっくにヴェリオール大公妃付きの騎士に任命されていたはずだったが、想定外過ぎる量の書類をさばくため、団長付きのままになっていた。
人事の予定を変更するほど、有能な雑用係がいなくなるのは困るということでもある。
特に王太子の婚姻があった年の十二月は。
しかし、手放さなければならない。一時的ではある。
パスカルから指名が入っている。王太子の許可も出ている。
「新しい任務を与える。護衛だ」
ユーウェインは無表情のままだったが、内心ではおかしいと感じていた。
ユーウェインは護衛騎士ではない。団長付きで騎士長同等の待遇だが、ただの騎士だ。
上級騎士でもない。なぜ、その者達が担当しないのかと疑問に思った。
「パスカルから説明がある。第四王子の所だ。新しい部屋がわかるか?」
「第四の者に聞きます」
「行け」
ユーウェインは一礼すると団長室を出た。
ドアが閉まると、二つのため息が漏れた。
ユーウェインは王宮に新しく整えられた第四王子セイフリードの居室にいた。
単に第四王子の所にいるパスカルに会うだけだと思っていたが、部屋に通された。
一礼した後近づこうとしたユーウェインに早速セイフリードは激怒した。
「無礼だ!」
「止まって。片膝をついて」
すぐにユーウェインは片膝をついて頭を下げた。
「申し訳ありません」
「許可があるまでは殿下に近づかないように。護衛騎士ではない者は待機だ」
「はっ!」
「護衛騎士じゃないのか?」
セイフリードが尋ねたのはパスカルだ。
「護衛騎士がつくのは王族あるいは王家の関係者だけです。そうではない者につくことは極めて稀になってしまいます。経験を考慮した結果、ユーウェインにしました。近衛から第一に出向中の者です」
セイフリードは眉を上げた。
「近衛だと?」
「護衛騎士として振る舞うこともできませんので、護衛騎士ではない者の方が適任です。ユーウェインは騎士長同等の待遇で団長付きとして勤務しています。極めて多忙な時期であることは承知の上、殿下のために無理を言いました」
セイフリードのために優秀な者を無理して配置するため、受け入れて欲しいということだ。
セイフリードはあからさまに嫌な顔をしたあげく舌打ちした。
「僕は王族だ。我慢させる気か?」
「いいえ。王族だからこそ、特別な対応をしています。この者はリーナが外出する際の護衛を務めたこともあります」
事実とはいえそれは……。
ユーウェインはかつて王太子の婚約者だったリーナの護衛を務めたことがある。
但し、一度だけ。王立美術館内のみ。案内及び対応役でもあった。
はっきり言ってしまえば、アルフが担当する任務に問題が起きないようにするための補佐だ。
護衛騎士と同じような護衛を務めたとは言えない。
しかし、パスカルの言葉はセイフリードの心を動かした。
「仕方がない」
リーナの護衛を任されるのはそれだけ優秀な証拠だと判断し、セイフリードは納得した。
「特別任務ですので、臨機応変かつ可能な限り寛容にお願い致します。でなければすぐに素性がわかってしまいます」
「僕よりもこいつがヘマをしないように注意しろ!」
「ユーウェイン、これからは毎朝六時に第四王子殿下の騎士の間に出勤だ。殿下の予定を確認し、必要時に護衛について貰う。正式な担当者を決めるまでの臨時処置だ。数日の予定でいる」
ラインハルトはユーウェインの貸し出しを了承したものの、短期のみの任務という条件をつけた。
「基本的に一人だ」
「私が一人で護衛するということでしょうか?」
常に平静を心がけているユーウェインだったが、さすがに驚かざるを得なかった。
「そうだ」
「護衛騎士ではありませんが、よろしいのでしょうか?」
「だからこそ、特別任務だ」
王太子の側近候補であるジャスティスが後宮へ行く際、第一王子騎士の役職を得ているパスカルへの伝令を務める騎士としてユーウェインは同行する。
実際の任務は伝令ではなくジャスティスの護衛だ。
そして、ジャスティスは素性を隠して官僚のふりをしている第四王子セイフリードだ。
最上級の官僚に同行する騎士として対応しつつ、密かに護衛する。
「官僚に同行するただの伝令に護衛騎士は選ばれない。護衛のような行動もしない。だが、実際は密かに護衛しなければならない」
護衛騎士ではないただの騎士でありつつも、護衛ができる者に担当させたい。
「そこで、近衛として要人警護の経験があるユーウェインを抜擢した。緊急時においては殿下の安全が最優先だ。盾になれ」
「はっ!」
ユーウェインの本心としては、王族のために命を捨てるつもりはない。
だが、盾になれといわれれば、盾になる。
王族も自分も死なないように守ればいい。
それだけのことだとユーウェインは思っていた。
「手本を見せる。全体が見えるよう離れてついて来るように。命令するまで抜刀はしないでいい」
「はっ!」
セイフリードが立ち上がった。
少し離れてパスカルが続く。
距離感を覚えろということであるのは明白だ。
しかし、ユーウェインには護衛騎士と同じような距離感のように感じた。
違いを見落としているのか?
廊下に抜けたセイフリードは立ち止まることなく歩いて行く。
少し離れた位置でパスカルが続き、更にその斜め後ろにユーウェインが続く。
突然、セイフリードが止まった。
ユーウェインも止まったが、パスカルはそのままセイフリードの側まで進んで止まった。
「何か?」
「何でもない」
パスカルとセイフリードはまた歩き出す。その際にまたパスカルは距離を取った。
なるほど……合わせて止まる必要はないということか。
護衛の基本は護衛対象の行動に合わせる。護衛対象が止まれば、護衛も止まる。
だが、護衛ではない者は止まらない。護衛であっても、護衛と思わせないために止まらない。
そして、なぜ止まったのかを確認する。ごく自然に。その上で周囲を警戒する。
手の動きも重要だ。
護衛は常に剣を抜けるように心掛ける。そのせいで、警戒する時は剣の柄に手をかけてしまう者も多い。
牽制としてはいいが、いかにも警戒していることがわかってしまうのもある。
パスカルは手をかけなかった。警戒していないわけではなく、警戒していることを周囲に知らせない。
足も揃えない。護衛対象ではない。敬礼に近い状態にはしない。
普通に歩いて止まる。
ユーウェインは理解した。護衛騎士には難しい。
常に護衛騎士として日夜任務をしているだけに、クセがついている。咄嗟の行動で護衛騎士としての対応が出る。
それでは駄目なのだ。
そこで、護衛騎士ではない者が護衛をしなければならず、それでいて能力的にも対応できそうな者としてユーウェインを選んだ。
それだけ評価されているということでもある。
近衛には戻って来るなと言われているだけに、第一王子騎士団に引き抜かれるほど認められるようにならなければならない。
第一でも様々な仕事をこなせば、雑用担当として認められるはずだ。
ユーウェインがそう思った時だった。
廊下の曲がり角から第四の騎士が飛び出して来た。
パスカルは即座に歩調を早め、すぐにセイフリードの斜め前の位置に移動した。
これは前から来た騎士を警戒する行動だ。護衛対象を庇いやすい位置に移動する。
そのまま第四の騎士とは何事もなくすれ違った。
ユーウェインは違和感を覚えた。
挨拶も敬礼もしないのか?
主である第四王子とその側近のことを知らないわけがない。
ユーウェインはすぐに最大級の警戒をした。
第四の騎士はぴたりと止まった。
セイフリードは歩いていくが、パスカルは止まって振り返ると頷き、また歩き出す。
視線による牽制と安全確認だ。
頷くということは、わかっているということになる。
第四の騎士はユーウェインに対しては敬礼して歩き去った。
警戒を解いたユーウェインはパスカルの動作を頭の中で再生した。
隙も無駄もない……。
パスカルは護衛騎士ではない。官僚だが、間違いなく護衛だった。
その動作は護衛をするために有利でありつつも、いかにも護衛らしくはない。
更に、ユーウェインを驚かせる出来事が起きた。
庭園の側の廊下を歩いていると、庭園から何かが飛んで来た。
速度はない。木の棒のように見えたが、飛び道具の可能性もある。
通常は剣を抜いて払う。あるいは自身を盾にする。護衛対象に当たらないよう突き飛ばすなど様々な方法がある。
だが、パスカルは首を横に動かしながら何かを素早く投げた。
飛んでいるものに対し、狙いをしっかりと定めることなく当てるのは極めて難しい。
だが、当たった。
そして、落ちる。
セイフリードとパスカルは落ちたものが何かを確認することなく歩いて行く。
ユーウェインは気になった。迷いながらも落ちているものを確認しにいく。
落ちていたのは木の棒というよりも小枝だ。飛び道具ではない。
そして、小型のペーパーナイフ。パスカルが投げたものだ。
文官が文具を持っているのはおかしくないように思えるが、自分専用のペーパーナイフをポケットに入れて持ち歩く者がいるかどうかは別だ。
はっきり言ってしまうと違和感がある。通常とは違う目的、武器としての使用を想定しているとしか思えない。
しかも、木の棒に刺さっていた。
パスカルが普通の者ではないことは、このことだけでもすぐにわかった。
護衛対象に触れるようなことや剣を抜く行動を控えるために、このような行動をしたというのもわかる。
だが、ポケットの中にあるものを飛び道具のように投げて対応するというのは、簡単に真似できることではない。
少なくとも、ペンはあってもペーパーナイフは持っていない。
手本にならない……それよりも誰が投げたのか確認しなくていいのか?
ユーウェインはそう思ったが、木の陰から第四の騎士が姿をあらわした。
「早く行け! 遅れると手本を確認できない。離れるな!」
ユーウェインは走った。
そして、手本を見せるために第四の騎士達が配置についていることを悟った。
その後も次々と第四の騎士達と遭遇する。
書類を抱えた者やワゴンを押す者もいた。
官僚や侍従等を想定していると思われたが、セイフリードもパスカルも無視した。
しかし、二人組の騎士が来るとパスカルが前に出た。
「確認したい。何かあるかな?」
「異常ありません」
「通常通りです」
警備に関する情報収集をすると同時に、本当に警備の者達であるかも確認するということだ。
「わかった。この後も注意して欲しい」
「はっ! お気を付けて」
「失礼致します!」
警備の二人組と話している間はセイフリードも止まっていた。
一定の距離を離れそうになると止まることをユーウェインは見抜いていた。
つまり、第四王子も護衛との距離を意識している。
何も考えずに一人で行ってしまうことはない。
「ここまでか?」
後宮へ続く通路の所まで来ると、セイフリードが立ち止った。
「ユーウェイン」
「はっ!」
「官僚に対してはその口調を使わないように。上司に応える騎士と同じではおかしい。礼儀正しく丁寧に接する程度でいい」
「わかりました」
「後宮へ続く通路には検問がある。さすがにここの警備は誤魔化せない。王族専用だけに、警備は通常対応をする」
それはセイフリードを官僚ではなく王族とみなし、最高礼をするということだ。
「誰かと遭遇した時は注意して欲しい。護衛として振る舞うことになる。遭遇するのは王族か王族付きだけに、殿下のことを知らないわけがない」
「はい」
「とにかく安全第一だ。そのための無礼は許される。遠慮よりも護衛を優先だ」
通常の騎士よりも護衛騎士の方が何かと権限が強く、言動に対する許容範囲も広い。
ユーウェインは護衛騎士ではないが、護衛騎士として対応しなければならないこともある。
その際は本来の自身の立場ではなく護衛騎士同等にみなされるため、遠慮することなく護衛行動を最優先するということだ。
「はい」
「この後はユーウェインが引き継いで欲しい。基本的に後宮の真珠の間か秘書室へ行くだけになるはずだが、必要に応じて別の場所に行くこともある。後宮内についてよく把握しておくように。偵察のため、勤務時間外における立ち入りも許可する」
「わかりました」
「殿下、今日は初日です。あまり厳しくはしないで下さい。先に失礼します」
パスカルは軽く一礼すると、行ってしまった。
二人だけになる。
セイフリードとユーウェインだ。
「お前のせいで素性がバレたら許さない」
セイフリードはユーウェインを睨んだ。
その視線は冷たく鋭い。性格を反映しているのは明らかだ。
優れた頭脳を持っていることも広く知られている。
しかも、密かに囁かれる異名が『暴君』だ。
特別任務をこなすのは簡単ではないが、ユーウェインは面倒事に慣れていた。
「気を付けます」
難しい任務を任されるのは、能力を試されている証拠だ。優秀であることを示せばいい。いつもと同じだ。
むしろ、短期間のみと割り切ってしまえばいい。数日の予定でしかない。
恐らく、第四王子はそう思っている。
でなければ、自身の護衛を護衛騎士ではない者がたった一人でこなすことを許すわけもない。
セイフリードが歩き出し、ユーウェインも続いて歩き出した。
「おい!」
セイフリードはすぐに立ち止まると、怒鳴りつけた。
「遠すぎる! 本気で守る気があるのか?」
ユーウェインの取った距離に早速文句がついた。
「頭の横や後ろに目がついているとでも思っているのか? しっかりとわかるようにしろ!」
ユーウェインは理解した。
なぜ、パスカルが護衛騎士と同程度の距離にしたのか。
それは、護衛の存在を認識できる範囲にいるためだ。
常に護衛騎士がついているため、護衛騎士と同じ位置や同程度の範囲についてはそれとなく気配でわかる。
だが、離れすぎるとわからない。
同行しているだけの騎士とはいえ、本来は護衛だ。いないのは困る。
だからこそ、いることがわかる位置にいなければならない。
「申し訳ございません」
「謝り過ぎだ! 僕は官僚だ!」
謝罪の言葉も駄目だしされた。
「すみません。修正します」
「僕を苛つかせるな!」
「はい」
セイフリードに続き、ユーウェインも歩き出す。
……護衛騎士がつけばいい。数日だけなら、特例で許可してしまえばいい気がする。
心の中で呟きつつも、ユーウェインは黙って任務を続行した。
手の痛みが再発中なので、毎日ではなくゆっくりめの更新になると思います。
すみません。
またよろしくお願い致します!





