942 見届ける者達
メリーネは二人の騎士によって連れ出された。
罪人であるために二人の騎士が連行するというよりも、自身だけでは歩けないからこその人数だ。
王家の裁きにより、メリーネは不敬罪になった。
その処罰は王家と王家の外戚であるパスカルに真の忠誠を誓い、命ある限り償い続けるという内容になった。
しかし、通常の罪人として投獄されることもなければ拘束されることもない。
後宮の自室まで送り届けられた後はこれまで通りの生活を続ける。
表向きには何もなかったかのようになるが、本当に何もなかったわけではない。
公にならないだけで、メリーネは紛れもなく罪人だ。
その事実は一生メリーネの心に重くのしかかり、縛り続け、苦しめる。
そうでなくてはならない。それだけメリーネの罪は重い。
形ばかりの謝罪、嘘で塗り固めた言い訳、死による逃避は許されない。
自らの過ちを認め、罪の重さを感じ、罪を犯したことを後悔する。
その上でメリーネが自ら償いたいと思うようにしなければ、本当の意味で罪を償わせることはできない。
メリーネは自らの過ちを認め、罪の重さを感じ、罪を犯したことを悔やんだ。そして、自ら命で償うことを受け入れた。
通常はここで死を与えるのが慈悲になる。
メリーネも自ら命で償うことを言葉にした。
しかし、慈悲はない。
許しはないという処罰だ。
パスカルは静かに立ち上がると部屋を出た。
小部屋を通って廊下に抜け、別の部屋のドアを開けて中に入る。
護衛騎士達がひしめく部屋をいくつか抜けた後、最奥にある部屋へとたどり着いた。
そこにいたのは国王、王太子、第四王子、そして宰相の四人。
メリーネが連れていかれたのは特殊な部屋だった。
部屋の様子は鏡を通して隣の部屋にいる者達から見えるようになっており、テーブルの側における会話についても聞き取れるようになっていた。
着席をしたまま話し合っている四人の所まで来ると、パスカルは片膝をついた。
全員が話すのを止め、パスカルを見つめた。
「お話中の所、失礼致します。報告しました件につきましては一任されました私の方で不敬罪と判断し、処罰を決めました。何かありますでしょうか?」
「本来なら万死に値する者だ!」
最初に言葉を発したのはセイフリードだった。
メリーネへの容赦ない言葉はそれだけ強い怒りが込められていることが明白だった。
だが、パスカルが国王や王太子、宰相にこの件を伝え、メリーネを裁いたことについては満足していた。
国王と宰相の威を借りてヴェリオール大公妃であるリーナを見下し、その名誉を傷つけた。またリーナの優しさに付け込んで自らの考えた通りに動かし、極めつけは命令までさせた。
これほどの罪が揃っているにもかかわらず、反逆罪にしない。
あまりにも寛容かつ慈悲深い判断としか言いようがない。普通はそう思う。
だが、実際は死よりもはるかに苦痛に満ちた生により、償わせるという処罰だ。
死によって償いから逃れることは許さないということでもある。
特殊な形の無期懲役だった。
パスカルが下した処罰に異を唱える者はいない。
この件はパスカルに一任することを国王が決めている。
但し、どのような処罰をするかは関係者で見届けることにした。
なぜなら、パスカルが下すのは王家の裁きだ。
大重罪に問われている者がどうなったのかを知らないわけにはいかない。
「まあ、できるだけ役立たせればいいではないか。ウーロスターの娘というのは意外だったが」
国王はメリーネの父親を知っていた。
後宮を混乱させた責任を問われ、メリーネがいた同じ部屋に呼び出され、反逆罪の罪に問われた。
しかし、ウーロスター卿は王家に忠誠を誓っていないわけではない。むしろ、非常に強い忠誠心を持っていた。
後宮の負債を減らしたかった。国王へ借金を返そうとした。
国王から借りた金を返さない者は不届き者だ。許されない。常識だ。それをわからせる。
その一心から強制的な対応策を考え実行したが、後宮の者達が抵抗した。
最終的に国王は反逆罪にも不敬罪にもしなかった。
しかし、何の責任にも問わないわけにはいかない。後宮を混乱させたのは事実だ。
そこで、遠方にある国有地の役職を与えた。左遷だが、実質的には温情処置だった。
王都に留まるのも兄の領地に行くのも辛い。責められ続ける。一生苦しむことになる。
国王はウーロスター卿をそのような状況に追い込みたくなかった。
遠方であれば王都のことなどわからない。後宮のことであれば尚更だ。人生を仕切り直せる。密やかにはなってしまうが、忠臣を助けられる。
国王は自らウーロスター卿にそう伝え、心からの忠誠心を褒め、これまでの働きと苦労を労った。
ウーロスター卿は涙を流しながら国王の温情に深く感謝し、任地へ向かった。
「私としてはできる限りのことをしたつもりだったが、娘はウーロスターを名乗っていないのだな」
ウーロスター卿の娘ということが重荷にならないようにするための処置であることは明らかだった。
「ガヴェリー男爵家の養女に出されています。その方が出自を詮索されず、本人だけを見て貰えると思ったのではないかと」
パスカルが答えた。
リーナがレーベルオード伯爵家の養女になる話が出てから、これまでの人生において関わった全ての者についての調査が徹底的に行われていた。
メリーネも調査の対象になったことから、過去の経歴だけでなく本来の出自もわかっていた。
「私はウーロスターを今も信じている。真面目に働き、国のため、王家のため、私のために尽くしてくれているだろう。だが、娘も同じなのかはわからない。恨まれていないか心配だ」
「公安の方でも詳しい調査を行っていました」
ウーロスター卿及びその家族、関係者は王家への反意を示すような言動は報告されていない。
ゆえに、王家に対する危険人物としては認定されていない。
「王家に尽くすことで名誉を回復することを望んでいるとの報告はあります」
「ラーグ、お前はどう思う?」
「この件はパスカルに一任したのだろう? 私には関係ない」
「お前のことも恨んでいるかもしれないぞ? 後宮統括官を叩きまくったことが、ウーロスターに跳ね返った部分もあるのは確かだ」
「私を恨み、敵視する者達は数えきれないほどいる。ウーロスターの者が加わったところでどうということはない」
宰相は冷静だった。
自らの命はすでに捧げている。エルグラードに。
命運が尽きるまで、自らがすべきことをするだけでしかない。
「クルヴェリオンはどうだ? いわくつきの者がリーナの側にいてもいいのか? パスカルはこのまま秘書室長を続けさせるつもりだぞ?」
「パスカルに任せる」
クオンはメリーネを許していない。
リーナを傷つけ、利用したことを許せるわけがなかった。
だからこそ、パスカルの判断を支持する。
その罪はメリーネの死によって償えるほど小さくはない。だからこそ、生かして最大限に償わせる。
それでいい。
「確認しておきたい。あの者は罪人だ。無給だな?」
宰相はメリーネの給料について確認した。
「そうです。罪を償うために秘書室長として働かせます。ですが、罪人の衣食住は国が保障しなければなりません。内密の処置がわからないよう表向きには給与として支給します」
「あまりにも少なすぎるとおかしいのではないか? 役職者だ」
「役職者として相応しい額にはしますが、書類や手続き上の問題です。実際に支給されるわけでもなければ、本人が自由に使えるわけではありません」
「賞与は出すな」
「当然です。どれほど大きな結果を残しても、罪の償いは功績になりません」
「少しでも経費を削れたのは良かったのではないか? 再来年まで持たせるのは、王太子にとってかなりの負担だろう」
宰相の発言は王家予算内における後宮予算によって一年間維持する考えはないということであり、不足する分は王太子が補えということだった。
「夏までは出せ。セイフリードの慶事に後宮の強制閉鎖を被せるほど愚かではあるまい」
「前倒しすることもできる」
「新婚旅行を邪魔する気か?」
新婚旅行前であっても後であっても、後宮が強制閉鎖になったことを知ったリーナは相当なショックを受ける。
自らを激しく責め、嘆き悲しむに決まっていた。
「王太子夫妻の幸せを壊そうとする者がいる。裁かなくていいのか?」
国王は深いため息をついた。
「ラーグ、金で片付く問題ではないか。妥協しろ」
金より王太子夫妻の幸せというよりも息子夫婦の幸せだ。
優先すべきがどちらなのかは決まっている。
「経費削減を考慮した上で、夏までだ」
「夏まで持たないようであれば、慶事予算の一部を後宮に回す」
「なんだと?!」
驚いたのは宰相だけではなかった。
国王も、そしてセイフリードさえ驚いた。
「慶事に水を差すような事態は歓迎できない。仕方がないではないか。慶事予算はかなり大目に見積もっている。予定外の出費があっても大丈夫だろう」
ただの慶事ではない。王子の成人だ。
国王はこれまでろくに構えなかった息子への罪滅ぼしも込めて盛大に祝うことを決めているため、多額の予算を組むことにした。
それを堂々と後宮の予算に回すとクオンが言ったのは、明らかに慶事予算を減らせないことを見越しての発言だ。
金の話などしたくないというのに、金のことばかり考えなければならないとは!
宰相は叫びたくなった。
だが、これまで何度も同じ気持ちになったことがある。今更だ。慣れている。
とはいえ、どうにもならないこともある。
「……本当に金がない。だからこそ、増税することを忘れては困る」
「取りあえず、国王府全員の給与を減らせ」
「国王府の全員だと?!」
国王は驚愕した。
「後宮を管轄しているのは国王府だ。縮小化せざるを得ない状況になった責任を取らせる。減給で済むのは軽い処罰だ。数名だけに責任を押し付けて裁く手もある。反逆罪で爵位も領地も財産も没収し、それを後宮の負債処理に回すこともできる。処刑するのは勿体ない。命ある限り働かせ、負債の返済に役立たせるか?」
クオンは容赦なかった。
後宮の負債は国王のものだが、国王を始めとした王家の者達が個人的に贅沢な生活をしたことによる負債ではない。
国王の側妃達でさえ、決められた予算内でなんとかしていた。側妃達のせいで経費が無駄にかかり過ぎているとは言えない。
後宮の者達の生活費・給料・金による分もあるが、莫大な経費を何十年間にも渡ってどうにもできなかった者達の責任の方が重い。
「後宮の負債が膨らみ続けているというのに、国王府の担当者達は多額の給与ばかりか賞与も得ていた。仕事ができていないのになぜ給与が減額されない? 賞与はなしではないのか? おかしい!」
「……そうなのか。確かにおかしいな?」
国王は気づいた。今になって。
「給与を決めるのは国王だ。しかし、いちいち見ない。規定に従って支給されると思う。だが、規定に従うというのは評価あってこその額だ。正当な評価をするよう言わない側近も人事担当も財務担当も責任を取るべきだ。減給だ!」
「まあ、そうだな。責任がないとは言えない。しっかり働いていない者に多額の給与を支給するのはおかしい」
国王は反対しなかった。自分の責任ではない気がした。
しかし、
「最高位の責任者である国王も減給だ。機密費の一部を後宮に貰おう。それで手を打つ。どうだ?」
「悪くない」
同意したのは宰相だった。
「駄目に決まっているではないか! ラーグ、お前は後宮統括だろう! 王家の担当としてここは断固反対すべきではないか!」
「後宮統括だからこそ、後宮の予算を貰えるのは嬉しいと判断してもおかしくない。機密費が多すぎるのは長年指摘して来た。減額だ」
「エドマンドが許さない!」
「エドマンドは機密費の一部が国王府派の経費として悪用されていることを知っている。
内密に返納させるための機会を窺っているようだ。この件についても話し合わなければならない。国王府の醜聞沙汰は困る。まったくもって無能な味方を抱えると苦労する」
クオンがエドマンドから受け取った書類の中には国王府におけるまさに最高機密が書かれていた。
エドマンドが個人的に収集した情報はそれこそ機密の中の機密だ。
「歳を重ねることによって老練になるのではなく耄碌してきたのだろう。悲しいことだ。それにしても、さすがエドマンドだ。小さな罪で裁くのでは意味がないとわかっている」
不正を見つけても、小さなものでは重要だと思われにくく、言い訳もしやすい。
結果的に軽い処罰だけで済んでしまい、不正を告発した者が不正をした者やその仲間、援護者達から逆に報復されてしまう。
それがわかっているからこそ、エドマンドはあえて何もせず、情報だけを集め続けた。
そして、小さな罪が次々と積み重なって増えていき、大きな罪になるのを待った。
「どの程度の罪かはわからないが、最低でも財産没収はして欲しい。勿論、国内だけでなく国外の分も没収だ。家族名義のものもあやしい。わざと振り替えているのではないか?」
宰相も容赦しなかった。
本来は自身で負担すべきものを経費で落としているというのは、横領と同じだ。
厳罰は当然だった。
「罰金も徴収する! 何でも経費で落ちると思ったら大間違いだ!」
クオンはかなり怒っていた。
この件を伝えるのに丁度いい機会になったと思っていた。
「異論はない。少しでも国庫が潤うのは歓迎だ」
「潤うのは王家の金庫だ。王家予算からの支出分だ」
「無駄な出費が抑えられるのはいい。結果的に統治予算にとっても益がある」
「お前が喜ぶのはわかっていた。そろそろ国王府派のことにケリをつけたいのだろう? 取引だ」
「わかった」
王太子と宰相の取引は成立した。
「勝手に取引するな!」
国王は叫んだが、どうにもならないことをわかっていた。
なぜなら国王も古き悪しき友人や味方達、国王府派のことにケリをつけたい者の一人だった。





