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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第一章 召使編
94/1356

94 五番ボックス



 五番ボックスには六つの席がある。


 ヘンデルとパスカル以外にも一緒に観劇する予定の者達がいた。


「最前列は目立つ。四番席だ。パスカルは五番で面倒を見ろ。私はベンチで休む。クロイゼルとケヴィンは床の上だ」


 王太子であるクオンの指示は命令も同然。


 すぐにパスカルがリーナを四番席に座らせ、その横にある五番席に座った。


 ヘンデルは四番の後ろ、六番に着席した。


 すると、王族が入場する合図の鐘が鳴り響いた。


「起立して拍手を。周囲に合わせてください」


 パスカルに小声で言われたリーナは立ち上がって拍手した。


 エゼルバードがロイヤルボックスに登場、拍手に応えて着席すると拍手がなくなる。


 同行した側近のロジャーが着席すると、ようやくロイヤルボックス席以外の者が座る順番になった。


「座ってください」


 リーナは四番席に座った。


 やがて、オーケストラの演奏が始まり、舞台の幕がゆっくりと上がっていった。




 オペラは三幕構成。


 第一幕と二幕、二幕と三幕の間にはそれぞれ休憩時間がある。


 休憩時間は二階にある大広間やその周辺に集い、社交が繰り広げられる。


 二階の大広間は三つ。


 中央にある大理石の間、舞台から見て左側にある喜劇の間、右側にある悲劇の間。これらの利用は高位者優先。


 身分が低い者は大広間に通じる部屋、廊下、一階などで社交をする。


 第一幕が終わると、王族席にいる者が王族席の間に移動するのを見送るため、全員が起立した。


 そのあとで最前列にいた三人が振り返り、強い視線でリーナを見つめた。


「パスカル、説明しろ」

 

 王太子の側近の一人であるキルヒウスが言った。


「許可が必要です」


 だが、クオンはドアのすぐ側にあるベンチに座って目をつぶっている。


 予定では仮眠時間。声をかけにくかった。


「最近寝てないから、このままにしといて」


 ヘンデルがすぐに間に入った。


「この件は後で話すからさ。レストランの予約をしているよね? 早く行った方がいいって」


 客席での飲食物は原則禁止。


軽食ビュッフェがある大広間に隣接した部屋、一階にある完全予約制のレストラン、各階にある立食スタイルのバーのいずれかを利用することになっていた。


「食事をしてくる」


 キルヒウスは目を閉じたままの王太子に一礼した後、小部屋から出て行く。


 他の二人も同じく王太子に黙礼すると、急ぐようにしてレストランへ向かった。


 休憩時間は二十五分。


 混雑していると移動だけで時間がかかってしまう。


 王族が来ている公演のため、必ず時間までに席に戻る必要があった。


「食事は済ませていますか? それともここで取る予定でしたか?」

 

 パスカルはリーナに尋ねた。


 王太子は寝るつもりで来たため、食事を取る予定はない。


 同行するヘンデルとパスカルは大広間やバーを利用することになっていた。


「食事は大広間かバーで軽食を取ると聞いていました」

「次の休憩時間かな。混雑が半端ない」


 ヘンデルがそう言った。


「飲み物を奪ってくる」

「大広間に行くのですか?」

「王族席に用意されているのを奪うに決まっているじゃないか。王太子用と言えばなんでもくれるよ」

「ここに持って来るのですか?」

「ビンだけ隠して持ってくる。ついでにロジャーと話してくる。戻るのが遅くなるかもしれない」

「世話役を命じられましたが、ボックスから出てもいいのでしょうか?」

「化粧室に行く場合は外に出ないとだし大丈夫じゃん? 目立たないようにすればいいよ」

「わかりました」

「じゃあ、行ってくる!」


 ヘンデルは急ぐようにドアを開けると出て行った。


「化粧室を利用したい場合は早めに教えてください。今夜は王族がいるので、上演開始時間までに席へ戻らなくてはなりません。休憩時間については知っていますか?」

「幕間は二回、各二十五分だと教えられました。その間に食事や化粧室の利用を済ませること。上演中の途中退席はできないことも知っています」

「緊急の場合は仕方がありません。気分が悪くなった場合も教えてください。オペラに来たことはありますか?」

「知識としての勉強はしましたが、歌劇場に来たのは初めてです」

「では、勉強の一環で少しだけ様子を見に行きましょう。ボックスに残ったままだと逆に目立ちますし、小部屋は手狭ですので」


 パスカルはリーナに手を差し出した。

 

「エスコートします」

「身分が低いのでご配慮は無用です。高貴な方のご迷惑にならないようにと言われています。エスコートは遠慮させていただきます」


 リーナは事前に教えられていた通りに答えた。


「わかりました。では、大広間に移動しましょう」


 パスカルとリーナは王太子に黙礼したあと、小部屋から廊下に出た。





 五番のボックスから最も近い広間は悲劇の間。


 パスカルはリーナに軽く見学させるつもりだったが、あまりにも多くの人々がいるせいで難しいと判断した。


 そこで大理石の間の方へと向かった。


「ここが大回廊です。二階にある大広間をつなぐようにあるのですが、今夜はここもかなり混み合っています。中央にある大理石の間に第二王子殿下がいるのかもしれません」


 基本的に王族は王族席の間で休憩するが、社交のために大理石の間に来ることもある。


 その場合は大理石の間への入場が厳しくなり、警備に身分証を提示して許可を得なければならないことが説明された。


「身分証は持って来ましたか?」

「はい」

「見せてください」


 リーナはドレスのポケットから身分証を取り出した。


 パスカルはそこに乗っている基本情報を確認して記憶した。


「大事なものですので、絶対になくさないようにしてください」

「はい」


 リーナは返却された身分証をポケットにしまった。


「大理石の間の方も混雑していますね。バーへ行きましょう」


 二人は二階にあるバーに向かったが、注文するための長い列ができていた。


「……すごく長いです」

「化粧室に行く必要がなければ並びましょう。これも経験です」

「はい」


 二人が列に並ぶと、すぐにその後ろにも人が並んだ。


「休憩時間中があっという間に終わってしまいそうです」

「そうですね。普段はここまで混み合いません。王族が来場する時だけです」

「普段のオペラ鑑賞は人気がないのでしょうか?」

「オペラは人気ですが、席によっては舞台がほとんど見えません。そのせいで、全席が埋まりにくいのです」


 席が空くほど全体の来場者数が減り、広間も飲食関係の場所も混雑しにくくなる。


 だが、王族が来る時だけはオペラ鑑賞よりも王立歌劇場に行くこと自体が重要になる。


 舞台が見えにくい席であっても席が埋まり、臨時の立ち見席も追加されるため、かなりの混雑になってしまうことをパスカルは説明した。


「バーの列は進みが早いので、飲み物を買うことぐらいはできるでしょう」

「買うのですか?」

「私が支払いますので大丈夫です」


 パスカルは丁寧だが、どこかよそよそしいとリーナは感じた。


 以前は僕と言っていたが、今は私と言っているのもある。


「お気遣いは無用です。パスカル様とは身分差がありますので」

「私のことはレーベルオード子爵と呼んでください」

「あっ」


 名前で呼ぶ許可を貰っていないことにリーナは気づいた。


 通常、爵位を持つ貴族を呼ぶ場合は爵位名を呼称にする。


 親しい場合はファーストネームや愛称などで呼び合うが、勝手にファーストネームや愛称を使用することはできない。相手の許可が必要になる。


 身分が高い者は自分より身分が低い者の名前を許可なく呼ぶことも許されるが、その逆はマナー違反。無礼だと思われないよう注意しなければならないと教えられていた。


「大変失礼しました。リリーナ・エーメルと申します。エーメル男爵の孫です。ご挨拶もしていないのに、お名前でお呼びしてしまいました。申し訳ありません」

「私が誰であるかを知っていたことがわかりました。ですが、いきなりファーストネームで呼び合うのは控えています。爵位名にしてください」

「はい」

「貴族は礼儀作法を重視します。今夜は勉強だと思い、気になることがあれば聞いてください」

「先ほど、飲み物を買うと言いましたが、食べ物も有料なのでしょうか?」

「そうです。国や王家が主催する催しは無料ですが、通常の催しについては全て有料です」

「全て有料……」


 所持金がないリーナは不安になった。


 ヴィクトリアやノースランド公爵家の者はオペラに行くために必要なことを教えてくれたが、飲食物にお金がかかるという話は聞いていなかった。


「心配はいりません。私がいます」

「でも、高いのではありませんか? とても豪華な場所です」

「ここは最も格式が高い歌劇場です。金銭的なことを気にする者はほぼいません。そもそもチケットが高額なので、裕福な者でなければ手に入れることができないのです」


 自分は場違いの人間だとリーナは強く感じた。


「どのような飲み物がいいですか? 酒類はやめた方がいいと思いますが」

「お水をお願いします」

「ジュースやお茶もありますが?」

「ドレスにこぼすと不味いので、飲み物はお水を選ぶよう言われました」


 リーナのドレスは白い。色がついている飲み物をこぼしてしみを作らないための予防策だった。


「わかりました。では、そのように」

「あの……お水もお金がかかるのでしょうか?」


 おそるおそるリーナは尋ねた。


「飲食物は全て有料です。水も買うことになります」


 パスカルの答えを聞きたリーナはがっくりとした。


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