929 待っていた者
目覚めたリーナは起きたくないと思った。
幸せな夢を見ていた気がする。クオンがいたはずだ。
もう一度夢の続きを見たいと思ったが、寝起きが良い方だけに眠れない。
そして、現実を知る。
クオンがいない。寂しい。執務があるために先に起きて行ってしまった。
わかっている。でも、やっぱり寂しい。
側にいて欲しかった。
クオンと一緒に過ごしたベッドから出たくない。戻って来ないのはわかっていても。
夜になれば会えるだろうかと考え、無理だと感じて落ち込む。
宰相室でのこと、クオンから謝罪されたことを思い出し、自分が悪いと思って更に落ち込んだ。
そんなリーナを慰めるのはここにはいない者だった。
愛している。
クオンの言葉が頭の中に蘇った。
私も愛しています……。
リーナは心の中で答えた。
クオンの愛を感じ、少しだけ気分が上向く。
そして昨夜のこと、強く愛してくれていること、一緒にいたいと思ってくれていることを思い出し安堵した。
頭の中にまたしてもクオンの言葉が蘇る。
すまない。私が背負っているものを、お前にも背負わせてしまった。
謝る必要なんてありません。
リーナはまた答えた。
だって、夫婦ですから。苦しみも悲しみも分かち合うのが普通です。それが夫婦です。
リーナは答えながら、その通りだと自覚する。
私……もっと強くならないと駄目だわ。
クオンが背負っているものはとてつもなく大きく重い。
国王よりも権限が弱い王太子だというのに、どうなるかわからないエルグラードの未来を任されている。そのことを考えれば、エルグラードで最も辛く苦しいかもしれない。
そんなクオンを妻であるリーナが支えるのは当然のことだ。
政治的なことについては無理だが、他のことであればリーナも一緒に背負える。
支えるために手を貸す。リーナ自身が持つことができるものもあるかもしれない。
そうすれば辛くて苦しいクオンの表情も変わる。ありがとうといって微笑んでくれそうな気がした。
リーナの中にむくむくとわき上がったのは頑張ろうという気持ちだった。
起きないと……。
だが、起きることができない。体が重い。
クオンの寝ていた場所に移動し、残されているぬくもりを探した。
クオン様……。
またしても気持ちが下を向こうとしたその時、
グゥ~~~。
お腹が鳴った。
食事をするためには起きなければならない。
時間に起きなければ食事はない。空腹で我慢するしかない。自分の好きな時間に起きて自由に食事を取れるわけではない。
そんな生活が当たり前だったリーナにとって、食事のために起きるのは至極当然のことだった。
起きてご飯を食べないと。
リーナは条件反射のように身を起こした。
一度起き上がってしまえば自然と体が動く。
入浴を済ませたリーナは侍女を呼ぶための呼び鈴を引いた。
すぐにドアがノックされ、侍女達が顔を出す。
「おはようございます」
「おはよう」
リーナはバスタオルで髪を拭きながら応えた。
「着替えを用意して下さい」
「かしこまりました」
侍女達はテキパキと動き出した。
リーナは椅子に座り、髪や化粧を先に整えて貰う。
その間に衣装係がドレスを用意し、また別の者がベッドのシーツやバスルームの洗濯物等を回収する。
リーナは侍女達に任せておけば良かった。
身支度が終わったリーナは居間へ移動した。
そして、ソファに座って本を読んでいる者の姿を見て驚愕した。
「セイフリード殿下!」
「ようやく起きたか」
セイフリードは本から視線を外さずに呟いた。
「殿下はいらない。家族だろう」
「……そうですけれど、許可を得てからと思いまして」
セイフリードの厳しさを知っているリーナとしては、安易に判断したくはなかった。
「構わない。僕はお前の弟のようなものになってしまったからな」
セイフリードはそう言いながら本を閉じた。
「おはよう。気分はどうだ?」
セイフリードから先に挨拶されたリーナはドキッとした。
これはまだ挨拶をしていないという指摘だとリーナは解釈した。
「すみません! おはようございます! 気分は大丈夫です!」
思わず侍女時代を思い出し、リーナは速攻で挨拶と返事をした。
「どうしてここにいらっしゃるのでしょうか? 何か御用があったのでしょうか? でしたらすぐに起こして下さればよかったのに」
「馬鹿か」
何度も聞いたことがある言葉が返って来た。
「お前は寝ていたいと思うだけ寝ることができる身分だ。僕がわざわざ起こすわけもない。今日は暇だからここにいる」
「暇……ということは、特に予定はないのでここに来たということでしょうか?」
「予定はある」
セイフリードは立ち上がった。
「お前と食事をする」
「食事を?」
リーナは眉をひそめた。
「すみません。今初めて聞いたような気がするのですが、もしかしてお約束をしていたのでしょうか?」
「僕が食事の約束をするわけがない。お前は起きたら食事を取る。だから僕も一緒に行く。それだけのことだ」
リーナが困惑している間にもセイフリードが近づき、手を取った。
「行くぞ」
振り払うことはない。
リーナは大人しくセイフリードに連行されるかのように食堂へと向かった。
次は食堂の場面というか、リーナとセイフリードの話し合いです。
またよろしくお願い致します!





