922 ベルの内緒話
小話みたいな感じかも。 よろしくお願い致します。
帰りの馬車。
リーナとベルはカミーラのことを話していた。
最初はカミーラの体調についてで、本当に大丈夫なのかという話だった。
だが、だんだんと違う話題、カミーラがいかに賢いかという話になる。
そして社交術にも優れていることから、男性にも女性にも人気があるという話題に移っていった。
「本当にカミーラは凄いです。姉妹でも雲泥の差というか、私には真似できません。なんとなく同じようにしようとしても全然うまくできません」
「ベルにはベルのやり方があります。それでいいのでは?」
「そう言われました。私の能力を活かせばいいだけで、カミーラと同じ方法を取る必要はないと。でも、うらやましいです」
ベルはため息をついた。
「私だって本当は男性にモテたいですし、女性の友達も増やしたいです」
「ベルは男性にモテますよね? 女性の友達だって多いはずです」
「そんなことないです。いつもカミーラと比べられてしまうし、皆、カミーラの方に行ってしまいます」
「でも、シャペルはベルしか見ていません」
「……否定はしませんけれど」
「その後、どうですか?」
リーナはベルとシャペルの関係が気になっていた。
様々なことがあったものの、今は恋人同士だ。交際している。だが、順調なのかはわからない。
シャペルはベルと結婚したがっている。
だが、なんとなくベルは乗り気ではないのではないかとリーナは懸念していた。
「カミーラが結婚したので、何かと言われませんか? シャペルや周囲から」
「言われます」
ベルは正直に答えた。
「でも、まだ付き合いだしたばかりです。昔から知っていると言えば知っていますけれど、本当に知っているだけというか特別親しくしていたわけではないので、簡単に決めるようなことはしません」
「無理はしないで下さい。シャペルは私の側近になったので何かと顔を合わせることが多くなるかもしれませんが、仕事は仕事です。私はベルの味方ですから。何かあったら遠慮なく言ってください。相談に乗りますし、力にもなります」
「リーナ様……」
ベルはうるっと来た。心強くなる。
「実はちょっと……相談してもいいですか? カミーラには相談してもどう答えるかがわかっているので、あえて聞く必要はないことがありまして」
リーナは頷いた。
「何でも言って下さい!」
「シャペルのことです。実はベッドで寝たいと言われていて」
リーナの表情が変わった。
「それは……その……ええと……」
「本当に寝るだけです。今はソファで寝ているので」
ベルは王宮に部屋がある。そこに住んでいる状態だ。
シャペルは王族の側近だが、自分専用の部屋を持っていない。基本的には通勤だ。
王宮に宿泊する時は職場や知り合いの部屋だったが、恋人の部屋が王宮にあるならそっちがいい。
ある日の夜遅く、シャペルがベルの部屋に訪れた。
この時間に帰るのは辛いため、泊めて欲しいと懇願された。
「頑張って仕事をしているのはわかるので、ソファなら使ってもいいと言いました。可哀想だと思ったのです。一回だけのつもりだったのですが、それからは毎晩ソファで寝るようになってしまいました」
多忙な時期ということもあって、シャペルは屋敷に帰らなくなり、ベルの部屋に泊るようになった。
着替えを持ち込み、シャワーも使う。少しずつシャペルのものが増えているような状態だった。
ベルとしては自分の部屋が徐々に乗っ取られていくような気がしていたが、シャペルが忙しくて疲れていることを考えると何も言えなかった。
「でも、私の部屋にあるソファは小さくて、シャペルの足がはみ出てしまいます」
ソファの寝心地が悪いのは仕方がないとして、長さが足りずに足がはみ出ることをシャペルは負担に思っていた。
体を縮めて寝るのも辛い。
「私の部屋が便利なので利用したいのはわかります。でも、未婚なのに毎日宿泊してシャワーも浴びて着替えもして小物も持ち込んで……その上、ベッドも使わせて欲しいなんて贅沢です。まだ付き合いだしたばかりです。侍女達にだってベッドには入れていないときっぱり言っているのに、それが言えなくなったら困ります。ふしだらな女性だと思われたくありません」
「そうですね」
リーナは頷いた。
「でも、ずっとは辛いと言われて……絶対に何もしない、端の方で寝るだけでいいと懇願されて迷っています。リーナ様はどう思いますか?」
「ベッドの幅は?」
「正直に言います。大きめのベッドなので余裕があります。でも、間を空けて寝ないといけないのは気を遣うし、寝返りをしにくくなりますよね。窮屈です。私のベッドなのに。自分の部屋を貰えばいいと言ったのですが、無理みたいです。王宮の部屋は王族の側近でも簡単には貰えないらしくて、貰えたとしても仕事部屋用で宿泊室にできそうな部屋ではないとか。バスルームがないのです」
リーナは考え込んだ。
ベルの話は続く。
「疲れた体を休めることは大切です。ベッドを使いたいのもわかります。でも、夫婦ではないって言ったら、結婚しようって言われました。カミーラも結婚したしって。まあ、何かにつけていつも言われているのですが」
シャペルは事あるごとに結婚しようとベルに迫る。
ベルはすっかり慣れてしまい、逆に焦って結婚したくないという気持ちが強まるばかりだ。
正直、なぜそこまで早く結婚しようとするのかとさえ思ってしまう。
「ベルはシャペルと結婚したくないのですか?」
「わかりません。お金には不自由しない相手かもしれませんが、幸せになれるかどうかは別です。仕事だって忙しいのはわかっているし、銀行の仕事も本格的にするようになったらどうなるか……寂しいのは嫌ですし」
ベルは正直に本心を告げた。
「シャペルのことは好きです。でも、じっくり交際してから結婚するかどうかを決めたいですし、ベッドを使わせることだって慎重に決めたいです」
「そうですね。わかります」
リーナは頷いた。
「それでですね、シャペルが特大のベッドを買うので交換して欲しいとも言われています。それなら二人で寝ても間が広くなるので寝返りも自由だと。シャペルがいない時は私だけで特大のベッドを占領できるので悪い話ではないというのですが、返事を保留にしています」
「即決したくなかったのですね?」
「そうです。考えれば考えるほど答えが出なくて……」
ベルはため息をついた。
カミーラに尋ねれば、断固反対するに決まっている。そういう性格だ。
「リーナ様だったらどうしますか? 特大のベッドと交換しますか? それとも、贅沢だと言ってソファで我慢させますか?」
リーナはすぐに答えを出した。
「ベッドではなくソファを交換したらどうですか? もっと大きくてシャペルの足がはみ出ない長さのものに」
ベルのベッドを使わせなくてもいい。ベルは一人で今のベッドを使える。
シャペルも足がはみ出ない。寝心地の良いソファを選べばいい。
「特大のベッドを買うよりずっと安上がりでは?」
それだわ!
ベルは天啓を受けたかのような衝撃を受けた。
「リーナ様は神様です! そうします! 解決です!」
「良かったです」
「リーナ様、大好きです!」
ベルは満面の笑みを浮かべてリーナを抱きしめた。
「私もベルが大好きです」
リーナも微笑みながらベルを抱きしめ返した。
王宮。
シャペルはくしゃみをした。
「おいおい、風邪か?」
「うつすな!」
「向こうに行け!」
「もう帰れ!」
すぐに同僚兼友人達から声がかかった。
風邪を引きたくない。うつされたくもない。当然の反応だ。
「大丈夫だよ。誰かが僕の噂をしているだけじゃないかな?」
「誰だよ?」
「ベルか?」
「ソファの件じゃないか?」
「うまくいくといいな」
現在、シャペルはベルとの距離を近づけるための作戦を遂行中だ。
恋人なら一緒にベッドで寝てもおかしくないとシャペルは思うのだが、ベルは断固として拒否している。
交際して間もないせいだというのはわかっているが、好きな女性とは少しでも一緒に過ごしたい。ただの添い寝であっても。
そこでまずはベルの部屋に寝泊まりしつつ、小さなソファを我慢して使用することで同情を買う。
ベルは非情ではない。仕事で疲れているのに小さなソファで寝るのは可愛そうだと感じ、特大ベッドとの交換を受け入れ、一緒のベッドで寝ることを了承する。
たぶん。
「ソファで寝ているせいで風邪をひいたんじゃないか?」
「やっぱりこっちに来るな!」
「カミーラは休養室だ。看病していたベルを通してシャペルにうつったな」
「さっさと休養室へ行け!」
「酷いなあ」
だが、なんとなく寒いとシャペルは感じた。
冬だけに寒いのは当たり前だが、人恋しい季節でもある。早くベルに会いたい。
今日こそ返事を貰おう。特大ベッドを早く了承させないと。
シャペルはすでに特大ベッドを発注済みだった。ベルが了承すればすぐに搬入できるように手配を済ませ、王宮に持ち込む許可もしっかり取っていた。
ベルと一緒に温かいベッドでぬくぬくしたい……。
ベルが寝てしまった後、こっそり抱きしめて寝る。ベルが起きる前に離れておけば気づかれない。仕事のせいで遅寝早起きになることがかえって役に立つ。
予想外の返事が来ることをシャペルはまだ知らない。
足がはみ出ないソファを買う羽目になることも。
しばしの間、シャペルは甘い妄想に浸っていた。
次は後宮の休憩室に行くお話です。
またよろしくお願い致します!





