921 冬の森(三)
昼食後、リーナ達は再度森へ行った。
沢山のレーキが用意されていたため、落ち葉拾いはすぐに終わった。
必要な道具があれば、仕事がはかどる。労力も時間も節約できる。
召使の時にモップを導入したおかげで作業が相当楽になったことを、リーナは思い出していた。
「リーナ様、どうされますか?」
ベルが尋ねた。
用意していた麻袋は全て小枝と落ち葉でいっぱいになっている。
予定していた作業は終了だが、戻る予定の時間でもない。
早く帰ることはできる。だが、せっかくの外出だ。まだ帰りたくないと思う者がいるかもしれない。
「アンケートを取ります」
リーナは自分がどうしたいかで決めるのではなく、同行者たちがどう思うのかを聞いて決めることにした。
「早く作業が終わったので、時間が余っています。当初の予定時間までここで過ごしたいか、早く帰りたいかを教えてください。遠慮は無用です。では、目をつぶって下さい」
リーナは女性達に目をつぶるようにいった。
そうすることで、周囲の者達の様子に流されずに判断して貰えるのではないかと考えた。
「では、帰りたい人は手を上げて下さい」
ゼロではなかった。
晴れているものの、冬だけに寒い。遅くまでいたくない、すでに疲れたと思っている者達がいた。
「まだここで過ごしたい人!」
残る方を選んだ者の方が多かった。
単純に多数決で決めるのであれば、ここで過ごす。
だが、リーナは気になった。
森の景色は新鮮かもしれないが、すでに数時間滞在している。
正直、何もない。椅子も。
ただ、うろうろしているだけではつまらない。足も疲れる。
どこか暖かくて座れて楽しく過ごせる場所があれば……。
昼食を取るために森林宮を利用する許可は得ていたが、その後も休憩で利用するということは伝えていない。許可も取っていない。
リーナは悩んだ。
「何か問題でも?」
ベルは不思議だった。
同行している女性達がどう思ったのかは、手を上げたことによってわかっている。ここに残ると言えばいいだけだ。
なぜ、リーナが考え込んでいるのかがわからなかった。
「多いのは残りたい者です。でも、帰りたい者もいます。帰りたい者だけ先に帰るわけにはいきませんよね?」
「無理です」
筆頭護衛騎士のラグネスが答えた。
「今回の外出は団体行動です。女性達を二手に分けることはできません」
だからこそ、袋を運ぶような作業は騎士が行った。
リーナの周囲にいる女性達と袋を運ぶ女性達に分けないためだ。
「馬車の問題もあります」
馬車は同行者の数を考えて用意されている。
一部の者を先に帰してしまうと、残った者達が帰る時に馬車の席数が足りなくなってしまう。
先に戻った馬車がまた戻って来るのを待つと、リーナが戻る時間が遅れるかもしれない。
そうなればヴェリオール大公妃に何かあったのかもしれないということで、大勢の者達を心配させてしまう。
「賢明ではありません」
ラグネスの説明を聞いたリーナは頷いた。
「そうですね……」
「リーナ様がしたいようにされるべきです。同行者の意見を聞くのは構いませんが、今回はヴェリオール大公妃の外出に同行する団体行動です。参加希望者による自由なピクニックではありません」
リーナは困った。
せっかくの外出だ。参加者たちは手伝いもしてくれている。できるだけ希望に添うようにしたかった。
だが、全員の希望は同じではない。結局は誰かが我慢しなければならなくなる。
リーナのしたいようにすれば、同行者全員を我慢させてしまうような気がした。
「私は手を上げなかったのですが、正直に言うと帰りたい方です」
ベルが発言した。
「作業は終わっています。ここには他の用事も、快適に過ごすための用意もありません。足も疲れました。ゆったり座って温かいお茶を飲めるのであればともかく、そうではないなら帰りたいです。ずっとここにいても寒いですし、風邪を引いたら大変です。明日だって仕事があると思いますし、体力を温存しておかないと辛くなると思います」
ベルは同行した女性達のことを考えていないわけではない。
長い間、後宮という場所から出られなかった。
作業をするためであっても外に出たい。何もない寒い森であっても、少しでも長く滞在したいと思うのは不思議でも何でもない。
だが、明日のこともある。
今日だけしか休みを取っていない者は、明日は普通に仕事がある。
滅多にない外出予定だったからこそ、疲れが後からどっと来る。
ベル自身、楽しみにしていた催しから帰ると、急にどっと疲れが来る。
だからこそ、早めでも戻った方がいい。そう思った。
「今は冬です。暗くなるのも冷え込んでくるのも早いです。様々なことを考慮すると、残念ではありますが、帰った方がいいと思います。今日はここまででも、また次の機会があります。炊き出しの時だって外出できますし、後宮についてもリーナ様が改善しています。今日から新しい休憩室ができるので、帰ったら早速利用してみるのもいいと思います。ここにいる者達はお休みなわけですし、朝は集合しただけですから」
リーナはハッとした。
「忘れていました! 休憩室があることを!」
リーナは女性達を見渡した。
「多数決で決めればいいと思いましたが、明日のことまで考えていませんでした。ごめんなさい。残りたいという意見が多かったのですが、やっぱり早めに戻りたいと思います。そして、今日から利用できる休憩室に行こうと思います。それでもいいですか?」
誰も何も言わない。
「やっぱり嫌ですよね。残りたいですよね」
「リーナ様、そうじゃなくて発言していいのか迷っているだけだと思います。身分差があるので、勝手に発言することはできません。言いたいことがあっても黙り込むのが普通です」
ベルが女性達の心情を察して説明した。
「聞いてくれるのは嬉しいのですが、返事をしていいのか、誰から発言すべきなのかがわかりません。順番に端からとか言えばいいですが、全員が一斉に答えるのは難しいと思います。ここにいる者達は全員が同じ部署でも階級でもありません。初めて会った者もいるはずです。侍女達が一斉に揃って返事をするのは、常日頃からこっそり裏で揃える練習をしているからです」
「ああ、そうですね。私も練習しました。一斉に揃えて答えたり、一礼したりするのを」
リーナは何度も頷いた。
「ノリを覚えないと難しいですよね。揃えるのって」
ノリとか。
タイミングというべきでは?
なんとなく揃えていたのね……。
実は大雑把。
空気感は大事よね。
女性達は心の中で様々に思った。
そして、改めてヴェリオール大公妃は王族妃ではあるものの、自分達と同じだった者、召使や侍女だったということを実感した。
「ヘンリエッタは結構厳しかったので大変でした。でも、だからこそ私の室長に選ばれたのだと思います。おかげで皆がビシッと揃います。あれって気持ちいいですよね、見ている方としては。やっている方は大変ですけれど」
「リーナ様がビシッと決めて下さい。今、どうするかを。そうすれば、皆で揃えることができます。そういうことも必要です。ヴェリオール大公妃ですから」
ベルの言葉はリーナに効いた。
「そうですね。じゃあ、帰ります! 休憩室を利用してみましょう!」
「賛同する者は拍手をして下さい」
すかさずベルが言うと、女性達はすぐに拍手した。
一斉に手を上げるのは難しい。声を出すのも。だが、拍手はしやすい。バラついてもおかしく感じにくい。
「ベルは頭がいいですね! 手を上げるのではなく、拍手をするなんて。思いつきませんでした」
「白蝶会ではそうします。賛成なら拍手とか、黙秘とか。いちいち手を上げている人の数を数えなくてもわかりやすいです」
「そうですね!」
リーナは目から鱗が落ちたような気分になった。
「覚えておきます。私もそのように尋ねればわかりやすいですよね?」
「そうですね。ぜひ、参考にされて下さい」
「とても参考になりました。ベルがいてくれて良かったです。頼もしいです!」
ベルは嬉しくなった。
自分はあまり頭が良い方ではない。カミーラの方が断然上だ。
それでも知っていることがある。自分としては普通なこと、当たり前のことであってもリーナにとっては違う。だからこそ、役に立てる。
私だってリーナ様の役に立てるわ。ダンス以外のことでも!
ベルは自信を持つことができた。
そして、これからも頑張っていけそうな予感がした。
次は帰りの馬車の中。「ベルの内緒話」です。
またよろしくお願い致します!





