92 王族席の間(一)
王族席の間は王族席があるロイヤルボックスに行くための部屋であり、王族が休憩するための部屋でもある。
最高級のソファには正装姿のエゼルバードがゆったりと座っていた。
「久しぶりですね、ヴィクトリア」
「お久しぶりでございます。お目にかかれて光栄に存じます」
ヴィクトリアは四大公爵家の一つノースランド公爵家の者として、幼少時より厳しく教育されている。
特に礼儀作法についてはノースランドの右に出る者はいないと呼ばれるほどの権威を誇るだけに、完璧な礼を披露した。
「いつもアデルと一緒だというのに、今夜は違うのですね?」
エゼルバードはリーナに視線を向けた。
ヴィクトリアに事情を説明させ、リーナを自分に挨拶させるための誘導だった。
「アデルは体調不良のため、急遽欠席することになりました。そのため、ノースランド公爵家に行儀見習いとして来ている者を、教養と感性を高めるために同行させました。リリーナ、第二王子殿下にご挨拶を」
リーナはドキドキした。
だが、練習の成果を見せればいい。
心を込めて、しっかりと丁寧に礼と挨拶をする。
それが大事だと教わった。
「リリーナ・エーメルと申します。第二王子殿下にご挨拶する機会をいただけましたこと、光栄に存じます」
リーナは完璧な礼を披露した。
ノースランド公爵家の令嬢であるヴィクトリアの礼と比べても遜色ないのを見て、エゼルバードは満足の笑みを浮かべた。
「美しい礼です。さすがノースランドで行儀見習いをしているだけありますね」
「恐れ入ります」
答えたのはロジャー。
ノースランドへの誉め言葉は、いずれ当主となるロジャーのものだった。
「ところで、ヴィクトリアたちの席はリンドバーグ公爵のボックスだと聞きました。リンドバーグ公爵家の許可は得ているのですか?」
「いいえ。急遽変更になりましたので、まずは私がご挨拶に伺い、その時に行儀見習いを同行させたことを伝え、許可をいただくつもりでした」
「よくありません」
エゼルバードは厳しい口調になった。
「リンドバーグ公爵は身分主義者です。男爵家の者に許可を与えたくはないでしょう。いくらノースランドの紹介であっても、当日で初対面の者ではね」
「第二王子殿下はリリーナの出自をご存知なのですか?」
ヴィクトリアは驚いた。
「ロジャーから聞きました」
「そうでございましたか。失礼いたしました」
「失礼どころではありません。ロジャーは私にとって大切な友人です。首席補佐官も務めるほどの側近だというのに、その姉が軽率なことをすればどうなると思うのです? ロジャーやノースランドだけの問題ではありません。私にとっても不都合なのはわかりますね?」
「大変申し訳ございません。突然の知らせがきたことに動揺してしまいました。心より謝罪申し上げます」
ヴィクトリアは極めて不味い状況になってしまったと思った。
「ロジャーのためです。今回だけは私が助けてあげましょう。今後は厳重に注意しなさい。わかりましたね?」
「はい。寛大で慈悲深い第二王子殿下に心から感謝申し上げます」
極めて不味い状況から一転、救済されたことにヴィクトリアは心の中で歓喜の涙を流した。
「リリーナは置いていきなさい。アルフが席を埋めます」
ノースランドの二人で席を埋めるのであれば、当日の変更であってもリンドバーグ公爵は不満に思わない。
「リリーナには別の席を用意しました。こちらで面倒を見ておくので、終演後に合流するといいでしょう」
次の瞬間、ノックされることなくドアが開いた。