表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第八章 側妃編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

908/1363

908 宰相室(一)

 冬籠りが始まれば、これまで以上に忙しくなる。


 何をするにも時間が取れなくなる。


 最も面会することが難しくなるのは宰相だ。


 それでも、パスカルは宰相との面会にこぎつけた。





 パスカルは待っていた。宰相が書類を読み終わるのを。


 だが、宰相は書類を読み終わっても何も言わない。


 戻って前のページを見るわけでもない。


 考えている。


 エルグラードのありとあらゆることを知っているかのように思えるその頭脳は、パスカルの提出した書類の内容をまさに吟味していた。


 パスカルには自信があった。


 実現するのは難しいが、不可能ではない。


 宰相が頷けば実現する可能性が一気に跳ね上がる。


 ようやく宰相が言葉を発した。


「パスカル」

「はい」


 名前を呼ばれたことで、パスカルは可能性を強く感じた。


 期待が込み上げる。


「お前が私の息子でないことを残念に思うと同時に嬉しい」

「なぜ、そのようなことを?」


 いくつもの理由を思いつくが、パスカルにはどれが正解なのかがわからなかった。


 聞きたかった。答えを。真意を。


 宰相は深いため息をついた。


「私は宰相になったが、宰相になりたかったわけではない。他に適材がいないというだけだった。ほとんどが反逆者とその関係者だった。その中の誰かを宰相にするわけにはいかない。ただ、それだけのことだったとも」


 宰相は突然、昔の話を始めた。自分のことでもある。


「私の領地は田舎だ。何もないと言ってもいい。貧しかった。ただ、生きるために土地を耕し、小麦や野菜を植え、牛や豚や鶏を飼う。そして、食つなぐ。わずかな収入は税を収めればなくなる。例えどれほど懸命に努力しようとも、豊かになる可能性はまったくなかった。なぜなら、収入が上がれば納める税も上がるからだ。搾り取られることがわかっていても、抗うことができなかった。命を失っては何もできない」


 そんなアンダリア伯爵家に、援助と引き換えに国王が寵愛する女性を養女にする話が来た。


 奇跡だ。青天の霹靂だった。父親はその話に飛びついた。


 だが、うまい話には裏がある。


 わからないわけがない。誰だってそう思うに決まっていた。


 だが、当時絶大な権勢を誇っていた前宰相からの話を田舎領主が断れるわけがなかった。


「リエラがアンダリア伯爵家の養女になった時、私は家を出ようと思った。いつか必ず良くないことが起きる。連座で処刑になる未来を想像した。次男であれば、家を出るのは普通だ。ただの平民になってでも生きたいと思った。だが、結局できなかった。見捨てることができないと思った。家族や領民達を。良心が最後の最後で邪魔をした」


 父親が事故で死んだ。後を継いだ兄は財産を食いつぶしたばかりか多額の借金を残して死んだ。


 笑うしかなかった。自分の愚かさを。家を出て行けば良かったと何度も思った。


 それでも、やはりできない。何もかも捨てることは。


 アンダリア伯爵家の当主、そして領主になった責任を果たそうとした。


 自分一人に大勢の命運がかかっていると思いながら。


 だが、うまくいかない。


「今は多くの者達が私を歴代最高の宰相だと言う。だが、若い頃の私は小さな領地さえ満足に治めることができない能無し領主だった。何度も打ちのめされた。死ぬしかないのかと考えたことも一度や二度ではなかった」


 それでも最後に邪魔をするものがある。


 心の中にある良心。そして、死ぬのは最も愚かな選択だという信念だった。


「両親も兄も死んだ。妹はいるが、養女だ。国王の寵愛を受けているのであれば、守られる。私が死んだところで関係ない。だが、領民は違う」


 なんとかしようとギリギリのところで踏ん張って来たつもりだった。


 爵位返上を考えたこともある。


 だが、新しい領主が有能かつ良心的かはわからない。


 自分だけが助かればいい。むしろ、領主が助かるために領民を犠牲にするのは当然だと思うかもしれない。


 今以上に苦しむ領民達の未来が見えた。


 そして、追い込まれていく。死へ近づいていくのだ。


 自分が生きることや耐え続けることでその可能性がほんの少しでも減るのであれば、死のへ歩みが遅くなるのであれば、それだけで価値があるように感じた。


「自己の肯定をしたかっただけかもしれない。それでも、結果的に私は死を選ばなかった。どれほど見苦しくても最後まであがくべきだと思った」


 貴族らしくない。そう思う者もいるはずだ。


 貴族であれば名誉を穢さないように死を選ぶ。それが崇高であり、正しいと信じる者もいる。


「無能な領主が一人死んだところで、領民は救われない。真の名誉は自身ではなく、他者を守ることにある。自身の名誉を守るかどうかは自由だが、保身を崇高とは言わない」


 だが、自分が生きていることで人々を救えたのかといえば、そうではない。


 領主であっても人だ。できることには限界がある。万民を救えない。


 そもそも、人間には他人の死を食い止める完全な力がない。


 死は必ず訪れる。全ての命ある者に。


 国王の寵妃にも。


「ある日突然、リエラが死んだ。病死だと聞いた。大勢の者達がこれでアンダリア伯爵家は終わりだと考えた。だが、私はそうは思わなかった。神が私に与えた最後のチャンスだと思った」


 国王に会える。死んだ寵妃の義理の兄として。


 制度上、領主は国王に謁見を申し込み、陳情することができる。


 但し、致命的な欠陥がある。


 謁見の申し込みが許可されなければ無理だということだ。


 国王を傀儡にして自らの欲望を満たすために権力をふるって来た者達が、田舎領主の謁見申し込みを国王へ伝えるわけがない。


 どれほど素晴らしい制度があったとしても、人が腐っていては意味がない。


 正しく機能しないばかりか、悪用されてしまう。


 それを食止めることができるのが良心だ。


 だが、国王を傀儡にして権力を独占し、度重なる重税を課すような者達に良心があるとは思えない。


 傀儡の国王に賭けようと思った。


 身分の低い女性を愛する心がある。必ず良心が残っていると信じた。そうであって欲しいとも。


「国王はリエラの死を受け入れられなかった。死んだのはわかる。だが、なぜ死んだのかがわからない。私に調べるように言った。その代わりに援助すると。国王は自身が納得できる答えが欲しかったのだ。それが私と国王が盟友になったきっかけだった」


 宰相は大きく息をつくと、パスカルを見つめた。


「このまま私の話を聞けば、お前は引き返せなくなる。今は地獄の門の前に立っているのと同じだ。選択権をやろう。自ら地獄へ足を踏み入れるかどうか。嫌なら立ち去れ。簡単だ」


 パスカルは動かなかった。


 答えは決まっていた。何を言うのかも。


「閣下はご存じなかったのですね。私はすでに地獄に足を踏み入れています。地獄の門はとっくにくぐりました。戻る道などありません」


 宰相としてエルグラードを統べて来たといっても過言ではないラグエルドであっても、パスカルの言葉は予想以上のものだった。


「……そうか。私も歳だ。視力も衰える。見逃してしまったようだ」


 宰相は笑った。


「お前であれば、私の代わりを務めることができるだろう。宰相になれ」

「なりません」


 パスカルは即答した。


「私は自らの命を賭してでも守りたいものがあります。だからこそ、宰相にはなれません」

「そう言うだろうと思った。まだ完全にもうろくしてはいないようだ。安心した」


 宰相は満足そうに頷いた。


「だが、良いことを聞いた。お前は私と同じ世界にいる」


 宰相は嬉しそうだった。


「直接教えておく。私には娘がいる。母親譲りの美しい黒髪だ。そして、青い瞳。おかげで私の娘だとわかる。ずっと夢に見て来た。私の娘だと万人に伝えることを。それが、ようやく叶うのだ」


 パスカルは何も言わなかった。


 だが、宰相が何を言いたいのかはわかった。


「娘はまだ若い。母親に似て生意気だ。我儘でもある。本人は大人のつもりだが、まだまだひよっこだ。騒ぐ姿さえ愛おしい。守りたい。私にもそのような感情がある。だからこそ、優秀な婿が欲しい。だが、本当は婿でなくてもいい。娘を幸せにしてくれる者であればいいのだ」


 パスカルは雲行きが怪しくなったと感じた。


 そして、宰相がわざとこのような話をしているのではないかと疑った。


 パスカルから話を切り上げさせる作戦として。


 あるいはこの話をするために面会を許可した可能性もある。


 つまり、取引だ。


「私の娘をお前の妻にして欲しい」


 言うのか。


 パスカルは迷わなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★書籍版、発売中!★
★QRコードの特典あり★

後宮は有料です!公式ページ
▲書籍版の公式ページはこちら▲

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] パスカルの台詞にきぁーーー(はぁと)してたら、まさかの?!!! [一言] 宰相様、そ、それは、それは、 うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…
2020/10/03 07:53 リーナとセイフリード応援し隊
[良い点] 宰相様とパスカル様の直接対決! 楽しいです! [気になる点] 私はこの2人はもしかしたらあり得るかもと予感してましたが、まさかの宰相命令?? パスカルさま、うんって言う?? ドキドキです!…
[良い点] 楽しいです [気になる点] リーナちゃん信者がまさか( *´艸`) ポタージュのほうが洗い物少ないよね? [一言] あの人と組むのかー( *´艸`)パスえもんゴーですねリーナちゃんにプラス…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ