907 名案過ぎて
リーナの差し入れ案はあまりにも素晴らしかった。
話を聞いた国王はリーナを褒めちぎり、すぐに許可を出すことにした。
但し、条件がついた。
「真似したい」
国王も毎年差し入れをしていたが、弁当だった。
弁当の差し入れは決して悪くはない。食事はありがたいはずだ。
だが、定番だ。目新しさがない。何よりも、温かくない。
リーナの差し入れはスープだけだが温かい。廊下で飲めば書類を汚すことも部屋に誰かを入れる必要もない。カップを片付ける手間も一瞬だ。
国王が用意したスープは国王府の者達へ、リーナの用意したスープは王太子府の者達へ配ればいい。
スープという点は同じだが、差し入れ先が被らなければいいだろうと言って来た。
リーナはすぐに了承した。
自分の提案がより多くの者達に温かいスープを届けることにつながって良かったと喜んだ。
ヴェリオール大公妃付きの侍女達はリーナの素晴らしい案が真似されてしまうのは残念だと思ったが、悪くはないと感じた。
差し入れ先は被らない。国王から許可を貰うためでもある。
王宮の厨房関係者に負担がかかり過ぎても困るという名目で、リーナが後宮の者達に用意させて配ることについても許可が出た。
むしろ、リーナの考えた通りにできるのは良かったとさえ思った。
ところが。
「スープの件で問題が起きました」
数日後、アリシアが厳しい表情でリーナの所へ来た。
「どうしたのですか?」
「王妃様が……」
アリシアがそう言った瞬間、侍女長のレイチェルを始めとした侍女達の表情が歪んだ。
絶対に良くないことが起きたと思ったのは言うまでもない。
「王太子府の者達にスープを配るそうです。国王府の者達だけでなく、王太子府の者達も温かいものが欲しいだろうということで、急遽手配を命じられました」
そんな!
まさか!
侍女達は心の中で悲鳴を上げた。
「差し入れの日はいつですか?」
「それが……」
アリシアは王妃の差し入れ日を伝えた。
リーナが王太子府に差し入れする予定日よりも早い。
差し入れが届く時期は十二月上旬、冬籠りの前半に集中する。大勢に配るようなものほど後半にはない。
そのことを知ったリーナは冬籠りの後半に差し入れをすることにした。
その配慮が裏目に出てしまい、王妃に先を越されてしまう。
「わざとです」
侍女長のレイチェルは懸命に怒りを抑えようとしたが、本心からの言葉は抑えられなかった。
「私が王妃付きの侍女長に確認したところ、王妃様は例年通り菓子を手配していました。ですが、陛下が国王府の者達へスープの差し入れをすると知り、日付をずらして再度国王府の者達にスープを配ることにされたはずです。王太子府への差し入れはないということでした」
国王は王妃が真似するのを快く思わなかったが、国王府への差し入れであることや自分よりも後の日付に行うことから反対しなかった。
国王府のことだけに、あえてリーナに知らせる必要はないだろうということにもなった。
しかし、王妃は突然差し入れ先を変更した。国王府から王太子府へ。
陛下は後悔しているに違いない……。
レイチェルは苦々しく思った。
「国王府への差し入れはどうなるのですか?」
「国王府へは当初の予定通り菓子を差し入れるそうです。すでに発注をしていたため、スープと一緒に配る気だったそうですが、組み合わせとして合わないと判断したとのことです」
嘘に決まっている!
王妃はスープを配ると決めた時には、すでに王太子府への差し入れを考えていた。
国王府へはすでに発注していた菓子、王太子府へはスープにすればいいと思っていた。
だが、秘密にした。両方を国王府への差し入れにすると説明させた。
侍女達にはそうとしか思えなかった。
「酷い……」
控えていた侍女の一人が呟いた。どうしても堪え切れなかったのだ。
その一言が引き金になり、侍女達の感情が一気に溢れ出した。止められない。
目頭が熱くなり、悔し涙が零れ落ちていく。
だが、王宮とはそういう場所なのだ。
誰にも負けないために、相手の上を行く。どんなことをしてでも追い抜いていく。実力勝負。弱肉強食。早い者勝ち。それが当たり前だと思う者達が多い。
長年勤めているからこそわかっている。それでも、侍女達は悔しくてたまらなかった。
王妃への怒りだけでなく憎悪さえも激しく燃え上がるほどに。
だが、リーナは違った。
「王太子府への差し入れが増えますね。良かったです」
誰もが言葉を失い、目を見張った。
「本当は毎日差し入れをしたい位ですが、お金がかかりますし準備も大変です。王太子府への差し入れは一回だけということでしたが、王妃様が差し入れをしてくれるのであれば、合計二回になります。大変な時期なのですから、王太子府への差し入れは多い方がいいに決まっています。だから」
リーナはアリシア、侍女長、そして体を震わせながら泣いている侍女達をゆっくりと見つめた。
「悲しまないで下さい。王妃様は国王府の者達だけでなく、王太子府の者達のことも考えてくれたのです。きっと、クオン様を支えるために頑張って欲しいと思われたのでしょう」
違います!
嫌がらせです!
悪意です!
侍女達は心の中で叫ぶことしかできない。
このようなことをされて何も感じないわけがない。だが、リーナは耐えている。必死に。
動揺しないように、冷静さを失わないように。皆を気遣い、大丈夫だと伝えようとしている。
侍女達は号泣したくなった。
「ですが、あまりにも突然過ぎます」
レイチェルは王妃のやり方を知っている。
正しければいいと思う。誰かを傷つけることになっても。
むしろ、誰かを傷つけるために、正しさを利用することもあるのだ。
王妃様は確かに賢い……陰険という意味で。
だが、ここでリーナが抗議をしたところで、王妃は差し入れを止めない。
誰がどこに何をいつ差し入れするかは自由なのだ。
ひがんでいるといってリーナを責め、評判を落とそうとするかもしれない。
アリシアが伝えに来たということは、王太子も知っている。
そして、王妃からの差し入れであるスープを拒否することはない。
自身への差し入れではなく、王太子府の者達への差し入れだからだ。
王太子の権限で止めさせるのは、部下へ配られる温かい食事を取り上げることになる。
婚姻後も母親と妻の仲が良くないことをわざわざ宣伝することにもなってしまう。
差し入れの内容が被っただけ。被るのは恒例だ。気にすることではない。
はらわたが煮えくり返るような怒りを感じていたとしても、王太子としての冷静な判断に徹するのだろうと思われた。
「お願いがあります」
リーナは静かにゆっくりと言葉を紡いだ。
「王妃様のことを悪く言わないで下さい。頑張って働いている者達を支援するというのに、悪く言うのはおかしいです。同じ日ではなくて良かったと思うべきです」
確かに不幸中の幸いと言える部分はあった。
同じ日にスープを配るのは、さすがに被り過ぎだ。様々な部分で細かく比較されてしまう。
「大切な話をします。聞いて下さい」
アリシア、レイチェル、侍女達は表情を引き締めた。
リーナが本音を漏らすことを予想しながら。
「大勢の者達が協力してくれたおかげで、本当に細かい部分までこだわったスープを考えることができました。差し入れは必ず喜んで貰えます。王妃様の差し入れと比べられてしまうかもしれませんが、気にしないで下さい。差し入れは勝負ではありません。一生懸命働く者への応援と感謝の気持ちを届けることです。それを忘れてはいけません。そして、誰かが忘れてしまったのであれば、私達が示せばいいだけです。何が大切なのかを」
リーナの言葉は闇を払う光のようだった。
部屋中に立ち込めていた黒々とした雰囲気と感情がより大きく強く清浄なものに打ち消されていく。
全員の表情に明るさが戻っていく。冷静さも。
王妃は忘れている。
だが、リーナは忘れていない。
何が大切なのかを。
「でも、ごめんなさい。皆にもまだどんなものかは言えません。スープということ以外は秘密です」
王太子府の者達を驚かせるための情報規制の一環として、王宮にいるリーナ付きの侍女達には差し入れの詳細が秘密になっていた。
王宮では情報規制をしても同じ建物、対人交流も多いということもあって情報が漏れやすい。
だが、後宮で準備をすれば情報が漏れにくく、直前まで秘密にできるという利点があった。
「構いません」
レイチェルが答えた。
「この件は後宮の者達に準備を任せることになっております。私共は前日及び当日に担当することに集中します。リーナ様の差し入れが多くの者達を励ますだけでなく、喜ばせることができると、ここにいる全員が確信しております」
王妃はリーナを蹴落とし、自身が上であることを示そうとした。
先手必勝。早い者勝ち。後からスープを配るリーナの負けだと考えたのだ。
確かにリーナは二番手、スープということも被る。
だが、どちらのスープが美味しいのかはわからない。個人の嗜好差がある。
何よりも着目すべき点は、王太子府の者達のことを懸命に考えて用意されているスープと、ただ命令して用意させただけのスープということだ。
その差は計り知れない。
勝負になるはずがない。
「私達の予定に変更はありません。王太子府の者達に喜んで貰えるよう全員で力を合わせて頑張りましょう!」
リーナは明るく元気にそう伝えた。
「はい!」
侍女達も明るく元気いっぱいに応える。
貴方を心から誇りに思うわ。それでこそヴェリオール大公妃よ。
リーナ様はご立派です。人としても、上に立つ者としても。
アリシアとレイチェルは力強く頷いた。
時系列の関係で、次はパスカルのお話です。
またよろしくお願い致します!





