904 パスカルの部屋
すみません。
パスカルとグレゴリーとシャペルの話になりました。
王宮にはいくつもの宿泊室がある。
その中の一つに集まる者達がいた。
「凄いなあ」
贅沢に慣れてしまっているシャペルにとっても、パスカルの部屋は特別なものだった。
だが、当然といえば当然でもある。
今は最上級の宿泊室になっているものの、かつては王族が使用していた部屋だった。
現在、パスカルはヴェリオール大公妃の家族としての王宮滞在を許されている。
これは王族と婚姻する者の家族が結婚式や披露宴等の催しに参加するための配慮であり、何もパスカルだけに限ったものではない。レーベルオード伯爵も同じだ。
昔は地方の領地からはるばる来るようなこともあったため、滞在は結婚式当日を含む一カ月程度になっている。
パスカルは王族の側近、レーベルオード伯爵は内務省の高官ということもあり、多忙な時期であることもあいまって、年内の使用許可が出ていた。
「こんな凄い部屋がごくたまにしか使用されないというか、ほとんど閉鎖状態なのは勿体ないとしかいいようがないよ。側近達に使わせてくれればいいのに」
「同感だ」
グレゴリーが頷いた。
「だが、ここは王族エリアの予備だ。簡単に許可を出すわけがない」
「王族エリア、ついに広がったね」
王家の者達は王族エリアと呼ばれる場所に住んでいるが、時代や状況によってその範囲を変えて来た。
現在の王族エリアは狭い方だった。
そこで第四王子の居室が新規の場所に作られることをきっかけに、王族エリアの範囲が拡張されることになった。
「第四王子の新しい部屋はもう確定だよね? 絶対に変更なし?」
「かなり端だが、本当にあの場所でいいのか?」
「書庫を最優先で確保して欲しいと言われたからね」
「執務を始めたらゆっくり本を読んでいる暇はなさそうだけど」
「貴重な本を多く持っているのではないか?」
確かに貴重な本はある。だが、セイフリードが本を大事にしているかどうでいえば、大事にしていないのをパスカルは知っていた。
多くの書庫を欲しがる理由をセイフリードに問い詰めたところではぐらかされる。
警戒されるのは得策ではないと思い、パスカルは様子を見ることにした。
「早速だけど、どんな感じかな?」
非公式のヴェリオール大公妃付き側近会議が始まった。
リーナはいくつものことをしようとしている。
側近達はそのことについて話し合い、それぞれが担当することを決めていた。
「経費枠の確保はできたよ。簡単だった」
シャペルは得意気に用意した書類を見せた。勿論、極秘書類だ。
「これが内訳。どうかな?」
現在、ヴェリオール大公妃の予算はない。
基本的には夫である王太子が自らの予算及び個人資産から出し、来年からはヴェリオール大公妃のための独自予算がつくようになる。
とはいえ、ヴェリオール大公妃に関係する支出を全てヴェリオール大公妃の予算から支出するわけではない。
警備に関わる費用は警備組織、公務に関わる費用は内容に関係する組織も負担することになる。
すでにシャペルは各組織の長や担当官と話し合い、経費の負担枠についての了承を得ていた。
「結構ついたな。さすがだ」
グレゴリーは予想以上の成果に驚いていた。
「内務省がこれほどとは。レーベルオード伯爵のおかげか?」
「特別な配慮を指示するとは聞いてない。シャペルの手柄だよ」
「嬉しいなあ。やっぱりパスカルは人を喜ばせるのが上手だね」
シャペルは素直に喜んだ。
「軍はいきなりこの額だった。第三王子様様だよ!」
軍を統括しているのは第三王子レイフィール。
リーナの警備に関わる費用を負担することに反対するわけがなく、逆に最初からかなりの負担枠を提示してきた。
「外務も意外とついたな」
「エゼルバードが統括になるからね。外交的な催しが増えると思うから、それに顔を出してくれることが条件だよ」
国内のみならず国外におけるヴェリオール大公妃への関心も非常に高い。
ヴェリオール大公妃が出席するというだけで自然と人が集まり、場が盛り上がる。
リーナが幸せそうに微笑んでいるだけで、エルグラードの国益になるのだ。
新年の人事でエゼルバードが外務統括になることもあり、外務省もまた多額の経費負担を了承していた。
他にも公務や慈善活動に関係しそうな省庁はヴェリオール大公妃というよりは王太子への配慮が明確になっていた。
「農務省だけでなく、食糧庁からももぎ取ったのか」
上位の省だけでなく、下位の庁における枠もあった。
「取れるところは全部取る。不足するより余った方がいいしね」
「気をつけろ。ヴェリオール大公妃の前でその言葉は禁句だ」
「ああ、そうだね」
リーナが何をしているかは全て筒抜けだ。
側近がいなくても必ず同行者の誰かが詳細な報告書を提出する。それを見ればどんなことがあったのか一目瞭然だった。
「国王府と宰相府の方は?」
グレゴリーの担当だった。
「発生順にする。調理部の視察でわかった廃棄物の処理については厨房部の責任を問うことになった。明らかに商人との癒着だ。最低限の人員を残して懲戒解雇。不正に得た報酬については調査の上、没収。罰金も多額になる。後宮内の不正行為だけに懲役刑もつくだろう」
リーナが突然調理部を視察した際に発覚した廃棄物の処理方法は商人との癒着による不正行為という判断になった。
基本的には首謀と思われる厨房部の全員が捕縛されるが、上司の命令に逆らえずにやむなく手を貸した者、不正という認識がなかった者もいる。
調理部も同じく。厨房部から問題ないと言われれば、下位の部署であるために反論しにくく、その指示に従うしかない。現状ではそのような組織体制なのだ。
情状酌量の余地がある場合は率先して不正行為の情報を提供させることで罪状を軽くする。
主犯格と見なされた者、不正行為を認識しつつも指示出しをしていた上位の者達については重罪確定。懲役刑は免れないことになった。
「商人側については複数の組織が合同捜査する」
商人側は公的な職種にある者との扱いが異なり、通常の犯罪行為として捜査される。
但し、犯罪行為をしていた場所が後宮かつその所有者が国王であることから、最悪の場合は反逆罪に問われる可能性もあった。
「この機会に乗じて王宮敷地内における廃棄物の処理方法が適切かどうかの抜き打ち調査がある。この件は宰相府が担当することになった」
不正行為に組織の長が関わっていると、なかなか発覚しにくい。証拠隠滅の可能性も高くなってしまう。
どの組織で不正行為が発見されるか予想しにくいこともあり、全ての組織に対する強権を持つ宰相府が担当することになった。
「食品部は? 廃棄物の件だよね?」
「首謀は食料部だろう」
後宮へ配分される献上品等の食料を管轄しているのは食料部だ。
食料が不足であれば分配を多くするよう申告し、余剰分は返却するのが正しい。
だが、食料部は返却することなく食品部を通して商人に売っていた。
献上品を売ることはできない。売るのは違反だ。
そして、食料を売った商人との癒着等が確認されれば、完全な犯罪行為だった。
「廃棄物の調査に絡めてより詳しく調査するが、厨房部と同じ運命を辿りそうだ。年内とは言っているが、どうなるかは状況次第だ」
「後宮の上位部が一気に二つも……調査が終わったら廃部にして下位に統合?」
「それはわからない。最終的には後宮がなくなることを踏まえ、組織改革はしない可能性もある」
「時期は出た?」
パスカルが尋ねたのは後宮を閉鎖する時期のことだった。
宰相は閉鎖する気満々である。猶予は少ないはずだった。
だが、
「まだだ。閣下なりに配慮をする気でいる。小耳に挟んだ所では、春頃ではないかということだ。ヴェリオール大公妃の手腕によってどの程度の掃除ができるかにかかっているといっても過言ではない」
「春か……」
「予算が持つ時期までは猶予をくれるってことだよね?」
後宮の予算は大幅に縮小される。
一年分として与えられても一年は持たない。数カ月で底をつく。恐らく春頃だ。
これまでは補正予算を編成してきたが、それがなくなる。
金が工面できなければどうしようもない。
予算が尽きる時期に後宮は強制的に閉鎖。全員解雇になるということだ。
「三月末と仮定した場合、解雇通告は二月だ」
「すでに上位二部が問題視された。そこで浮いた経費がある。今後の動向次第では夏まで予算が持つかもしれない。それでも春になりそうかな?」
すでに厨房部と食品部で発覚したことは問題有りとみなされている。
懲戒解雇によって高給取りがいなくなるのは、多額の経費削減につながるはずだった。
「新婚旅行がある。その間に閉鎖しようという声もあるらしい」
ヴェリオール大公妃がいるとやりにくい。そこで、王太子夫妻が新婚旅行に行っている間に後宮を閉鎖してしまおうという意見も出ていた。
「リーナの誕生日に重ねたくない。新婚旅行にも」
新婚旅行は三月上旬頃、リーナの誕生日に重ねる方向で調整中だ。
王太子は妻の誕生日を盛大に祝うよりも、二人だけでゆっくり過ごしたいと思っている。
リーナに後宮閉鎖の一報が届けば、強いショックを与えてしまう。
どれほど素晴らしい新婚旅行だったとしても、一瞬で台無しだ。
「閣下に直談判しろ。私はしない」
「すぐに話しても大丈夫かな?」
グレゴリーが機密情報を漏洩したことにならないかをパスカルは心配した。
「気にするな。私が伝えることは知っている」
「わかった。じゃ、僕の番かな」
パスカルは頷くと用意していた書類を取り出した。
いよいよか。
どうなっているかな?
グレゴリーとシャペルは期待に胸を膨らませた。
次はパスカルが担当していることについて。
またよろしくお願い致します!





