898 愛と狡猾さ(三)
「良い案があります」
「どのようなことですか? 何でもします!」
何でも?
リーナの言葉にまたしてもエゼルバードの愛と狡猾さが反応する。
ならば、私のものにしてしまいたい……不可能ですが。
それは実行できないという意味ではない。
実行しようと思えばできる。だが、確実に失う。兄を。
それはエゼルバードにとって許しがたいことであり、愚かしいことだった。
わざわざリーナだけを選ぶ必要はありません。兄上を選べばリーナも一緒についてきます。一挙両得ではありませんか。
狡猾だからこそ、そう思う。
エゼルバードはにっこりと微笑んだ。
「取りあえずは私が手を打っておくことにします」
「お手伝いできることはありませんか?」
「あります」
エゼルバードはリーナにも役割を与えることにした。
全てを自分に任せる形にはしない。その方がリーナのためになる。
何かをしたということがリーナの経験や自信になっていく。
エゼルバードや他の者達が作った道をなぞるように歩くだけでもいい。
それでも勉強になる。経験になる。リーナを育てていく。
王家の者としてはまだ赤子同然だが、その成長は早い。
リーナの向上心、懸命に努力するひたむきさをエゼルバードは知っていた。
「リーナは後宮統括補佐です。その権限で私のすることを肯定して下さい。そうすれば、後宮に対する正式な対応にできるでしょう」
「わかりました。でも、どんなことをするのか教えていただかないと困ります。何も知らないまま肯定はできません」
「まずは解雇対象者に再就職先をできるだけ確保していきましょうか。後宮内の状況確認及び調査も必要です。担当者を後宮に出入りさせることになるでしょう」
「ああ!」
リーナは叫んだ。
「エゼルバード様は本当に凄いです! 全然思いつきませんでした!」
極めて普通です。それこそ一秒もかからずに思いつくようなことですよ。
だが、賞賛は心地良い。リーナからであれば尚のこと。
「とはいえ、この季節の求人は少ないでしょうね」
「そうですね……冬ですし」
リーナはしゅんとした。
その様子もまた愛しくて仕方がないとエゼルバードは思った。
「何も今すぐ再就職しなければならないわけではありません」
来年度の後宮予算は確定になっていない。通達もされていない。
どの程度の減額になるのかがわかってから、後宮は解雇を考える。
後宮はいつも対応が遅い。減額の通達がある前に先手を打って解雇しておこうとは考えない。
解雇通告は早くても一月上旬。懲罰ではない限り即時解雇は避け、猶予期間が設けられる。
「兄上が結婚したばかりですので、十二月末付けの解雇はないでしょう」
一年の節目、期末で解雇したくても、王家への配慮の方が優先だ。
王太子の婚姻を祝うムードに水を差すようなことはしない。
「一月末の解雇であれば、二月から再就職先に切り替えることができればいいのです」
「私が解雇された時も再就職先を探す猶予がありました。今からだと約二カ月の猶予があるということですね!」
経費を激減させるよりも、解雇対象者のための再就職先を探す方が難しくない。
解雇対象者全員に再就職先をあてがうことができればいい。路頭に迷わない。
リーナは希望を感じた。
解雇されてしまうと全てが終わってしまうような気がしていたが、それは間違いだった。
もしかするとより高待遇な仕事が見つかるかもしれない。転職のチャンスだと捉えることもできる。
「私は書類審査で落ちましたが、王宮に再就職できた者もいました。そのことをすっかり忘れていました!」
「リーナも再就職できましたよ。ただ、すぐにではなく後宮が用意したものでもありませんでした。孤児としての生活、貧困にあえぐ者、失業者の鮮烈な記憶が解雇に結びつき、焦りや不安を増長させてしまったのでしょう。仕方がありません」
リーナは十分なほど辛い経験をした。その記憶が邪魔をしただけだとエゼルバードは思った。
成功したことよりも失敗したことの方が強く残ってしまい、有用なことを見逃してしまうこともある。
「この機会を利用してリーナの協力者を後宮に残し、反対や邪魔をするような者は解雇してしまいましょうか」
リーナは驚いた。そんな発想はなかった。全く。
「王家の一員であるヴェリオール大公妃に尽くすのは当然のこと。リーナに協力しない者は王家のために尽くさない者です。後宮に留め置くことも雇用し続けることもできません」
エゼルバードは断言した。
「リーナは買物部を作るつもりです。年末に炊き出しもします。賛同者や協力者のリストをきちんと作成しておきなさい。そのリストに名前がある者は解雇されないでしょう。簡単ですね?」
「物凄く沢山の人達が協力してくれた場合はどうしますか? 全員解雇しなくても済むでしょうか?」
リーナは不安になった。
「何千人も協力してくれたらさすがに……」
「リストに名前がある者の解雇には断固反対しなさい。宰相ではなく、兄上や父上に直訴するのです。リーナが懇願すれば、必ず耳を貸してくれます。その時のポイントは、味方を失いたくないと伝えることです」
王太子も国王もリーナを守る。
だが、リーナを守るためには多くの味方が必要だ。
リーナが後宮の者達の解雇に反対するのと、自身の味方を失うことに反対するのでは印象も重要度も異なる。
王太子も国王もリーナの味方を失わせたくないと感じ、何とかしようとするはずだ。
「リーナの言葉はエルグラードを統治する者達に直接届きます。これは本当に限られた者だけに許される特権です」
特権……。
「そして、愛する家族の言葉は強く重みを増すもの。自分が持つ力を行使しなさい。そして、守りたいものを守るのです。これは王家の者だけに許された特権ではありません。誰もが持っている気持ちなのです」
守りたい。今の私にはその力がある。守らなくては! この私が!
リーナは頷いた。力強く。
「守ります! 解雇に断固反対します!」
「それでいいのです。本当に素直な良い子ですね」
エゼルバードは満足そうに微笑みながらリーナの頭を撫でた。
「こうしていると、エゼルバード様の優しさと慈悲深さが伝わってきます」
「セイフリードもこの位素直であれば良かったものを」
エゼルバードは末の弟を思い出した。
「侍女だったので知っているでしょうが、かなりの問題児です。今は王家内で収めていますが、公の場で次々と問題を起こすようになっては困ります。リーナも王家の一員として、セイフリードが成人することに備えておきなさい」
「具体的にはどうすれば?」
「笑顔と寛容さです。毎年セイフリードは聖夜の行事で怒っています。参加すること自体が嫌なのでしょうが、これは王家の者としての義務です。今年はリーナも加わります。一緒に笑顔と寛容さで乗り越えましょう」
「大丈夫です。聖夜には祝福もあります。きっと神様が穏やかで平和な気持ちをお与え下さいます」
「セイフリードにも?」
「セイフリード王子殿下にも」
エゼルバードはクスリと笑った。
「セイフリードと言いなさい。家族なのに王子殿下というのは間違っています」
「はい!」
ようやく話し合いが終わった。
ご機嫌のエゼルバードが退出し、ご機嫌のリーナが侍女達に笑顔を向けた。
「エゼルバード様のおかげで何とかなりそうです!」
リーナは侍女達が心配していそうだと感じ、あえてそう言った。
「それは良かったです」
「ところで確認したいのですが、聖夜に着用するドレスはどうなっていますか? 発注したのでしょうか? 私は何も聞いていません。王妃様や側妃様達が気にされていて、すぐ確認するように言われました」
侍女達は愕然とした。
「すぐに確認しますが……まだ何も聞いておりません」
「クオン様の衣装と合わせることになるかもしれません。クオン様の衣装係にも問い合わせて下さい」
「かしこまりました」
「夕食の時にクオン様にも聞いてみます。でも、聖夜までは日数がありますし、衣装のことです。何も知らない気がします。執務で頭がいっぱいのはずですから」
リーナ様の予想は正しい。絶対に。間違いない。
侍女達は確信した。
次回はクオンとの夕食予定です。
またよろしくお願い致します!





