893 別室でのお茶会
王妃の部屋に近い別室で、急遽第二王子主催のお茶会が開かれた。
出席者はヴェリオール大公妃リーナ、王妃、第一側妃、第二側妃、第三側妃。
エゼルバード以外は全て女性だが、王家の者達ばかりだ。
お茶会の話題は移動しなければならないために中断した話の続きだった。
「セラフィーナの番だったわね」
第一側妃に名指しされた第三側妃は心の中で深いため息をついた。
側妃達がどこで買い物をするのかに始まり、後宮の購買部を利用しているかどうかの確認があった。
その後は各側妃が愛用しているブランドや商人について、リーナに教えることになったのだ。
「……私が愛用しているのはヴァーレッドですわ」
ヴァーレッドは王都でも非常に有名な最高級衣裳店だった。
「他には?」
「最近はヴァーレッドに全て任せていますわ」
第三側妃は笑みを作った。
「ヴァーレッドなら安心ですもの。私の嗜好に合わせたドレスを作ってくれます」
「今日のドレスもヴァーレッド?」
「勿論ですわ」
「昨年の秋の大夜会で着用したドレスに似ています」
第三側妃をじっくり見つめていた第二側妃がそう言った。
「昨年ですって!」
第一側妃がヒステリックな声を上げた。
「ありえないわ! レフィーナは冗談がうまいわね!」
第三側妃は笑みを浮かべたままだったが、その手はドレスをぎゅっと握りしめていた。
隣に座っているだけに第二側妃はそのことに気づいた。
やはり同じですか。
第二側妃はそう思ったもののそれ以上追及する気はなく、誤魔化しながら注意することにした。
「人によっては色だけで判別するものもいるでしょう。気に入っているからといって似たような色やデザインのドレスばかりでは勘違いされかねません。水色を好むようですが、気を付けるべきかと」
「……瞳の色に合わせているだけですわ。青系が多いのは認めますけれど、自身の好きな色を選んで何が悪いというの? レフィーナ様こそ、日常着にもっと気を遣われた方がよろしいのではなくて? 木曜宮内ではかなりみすぼらしいドレスを着用されているという噂を聞きましたわ」
「可愛い動物達と遊ぶためのドレスのことなら仕方がありません。毎回汚されてしまうとわかっているのに、新品のドレスを着るわけがありません」
「レフィーナ、しっかりと入浴してきたのでしょうね?」
第一側妃は険しい表情で尋ねた。
「エンジェリーナ様に会うというのに入浴しないわけがありません。香水もつけました。臭いますか?」
「セラフィーナ」
第三側妃は第二側妃に顔を近づけた。
「……獣臭はしません。でも、香水がいつも通りきつ過ぎますわ!」
「強い臭いを消すにはより強い香りが必要だからです。普段はペット達のためにつけません」
「もういいわ、ゾッとするから。他の話にして頂戴。私の大好きなファッションや買い物の話にね」
第一側妃はさっさと自分の好きな話題に転換しようとした。
そこでようやくエゼルバードが口を開く。
「ところで王妃、最近はどこのドレスを愛用しているのですか?」
「なぜ、そのようなことを聞くのです?」
王妃は答えるのではなく質問した。
「王家に新しい女性が増えましたので、王家の女性に相応しいものをどこで手に入れているかを教えたいのです」
王家を支える組織には服飾関係のものもある。
だからといって、民間の服飾店でドレスを仕立てることができないわけではない。
自身に与えられた予算を使い、嗜好に合うドレスを製作してくれるデザイナーや店を自由に探して特注できる。
「すでに王妃や側妃が特注している取引相手がどのようなものかを知れば、リーナもどこに特注するかを決めやすくなります。勉強のためですので、ぜひ教えてやって下さい」
王妃は次々と有名な仕立屋や高級衣装店の名称を上げた。
「すぐに思いつくのはこの程度です。詳しくは衣装係に確認しないとですが、百はあるはずです」
「百も!」
リーナは驚くしかない。
第一側妃が愛用している取引先は約五十という話だった。
かなり多いと感じたが、王妃はそれ以上だった。
「では、ドレスを百着以上作られているということでしょうか?」
「もっと多いわよ。一着しか注文しないわけがないでしょう?」
第一側妃が代わりに答えた。
「さっき話したけれど、社交シーズンになると多くの催しがあるわ。特注品だからといって他の者と被らない保証はないの」
特注品は注文者の嗜好に合わせて作る。
基本的には注文者の嗜好に合わせた世界に一着だけのドレスのはずだが、全く同じ嗜好かつ同じ内容の注文をした者がいれば、同じドレスが世界に二着以上できてしまう。
「だから早いもの勝ちなのよ」
「早く買った者ということでしょうか?」
「違うわ。先に着用して披露した者が勝ちなのよ」
特別なドレスを注文して手に入れても、自分より先に他の者が同じデザインあるいはそっくりなドレスを着用してしまうと着にくくなる。
なぜなら、誰誰のドレスにそっくりだ、真似したなどと言われてしまい、評判が下がってしまうからだ。
王家の女性がそのようなことになっては不名誉極まりない。
そのため、絶対に自分以外の者とかち合わないようなデザインのドレスが必要になる。
数多くの催しをこなしている過程で自身の持つドレスに似ているドレスを着用している者がいれば、そのドレスは着用しないことにする。
別のドレスを用意しなければならないため、あらかじめ多めに用意しておく必要があるのだ。
「王家の女性はドレスを使いまわししてはいけないの。常に誰もが驚くような美しいドレス姿を披露することで身分の高さ、美しさ、高貴さを知らしめるのよ」
第一側妃はうっとりとした表情でそう言ったが、第二側妃の意見は異なった。
「あくまでもエンジェリーナ様の個人的な信念です。私は日常着だけでなく、公式行事のドレスも使いまわししています。ただ、合わせる宝飾品や小物については変えるようにしています」
「レフィーナはいいわよね。元平民だから許されるもの。私が同じようなことをしたら大変な騒ぎになってしまうわ。醜聞沙汰よ」
「公爵家の令嬢でも同じドレスを何度も着用される場合がありますわ。とても気に入っているとか特別な贈り物だからと言えば済みます。男爵家の令嬢が同じことを言っても貧乏くさいと笑われるだけですけれど」
第三側妃も意見を述べたが、即座に第一側妃が応じる。
「公爵家と男爵家では格が違うのよ。当然、着用するドレスの差も大きいわ。相場があるでしょうに」
「相場ですか?」
「ドレスの相場です」
第二側妃が説明役になる。
「貴族は身分に応じた装いをしなければなりません。そこで爵位に合わせたドレスの相場というものが暗黙の了解としてあります」
爵位によって標準と言われるドレス相場があり、それを目安にしている者達が多い。
社交界における常識だ。
「公爵令嬢であれば五万ギール程度のドレスを着用して公式行事に出席します」
つまり、五百万ギニー!
リーナは王族どころか貴族の感覚にさえまだ慣れているとは言えなかった。
「高いと思いませんか?」
「思います」
リーナは率直に答えた。
しかし、
「それでは駄目です。平民の感覚ではありませんか」
早速王妃からの駄目出しが来た。
「王家の女性のドレス相場は十万ギールです。公式行事に出席する際はその程度の予算をかけた特注品のドレスを着用します。でなければ相応しくありません」
「十万も!」
たった一着で一千万ギニー……着回しをしないのであれば何着も必要になる。
リーナのドレスはクオンが用意させている。相場を考慮しているに違いない。
リーナはこれまでに着用したドレスの合計金額を考えたくないと思った。
お茶会の話はもう少し続きます。
またよろしくお願い致します!





