89 布石
アルフは王宮に行くと、兄のロジャーに状況を説明した。
ロジャーはすぐにエゼルバードの部屋に向かった。
「ヴィクトリアが家に戻って来た。オペラの同行者が必要になり、行儀見習いを連れていこうと思ったらしい。リーナが目をつけられた。弟では止められないため、私が止めに行く。屋敷に戻るが、できるだけ早く戻る」
ロジャーはすぐに許可が出ると思ったが、エゼルバードは考え込んでいた。
「エゼルバード?」
「オペラの同行者ということは、リーナを王立歌劇場に連れて行くのですか?」
「そうだ」
「止める必要はありません。丁度良いでしょう」
「丁度良い?」
ロジャーは眉をひそめた。
「今夜は身分の高い者が大勢来る。ヴィクトリアの席がどこなのかはわからないが、リーナが目立ってしまう可能性がある。それでもいいのか?」
「勉強はさせているのでしょう?」
「どの程度かはわからないが、一応はさせている」
「一カ月ありました。ノースランドであれば、厳しく教育しているはず。公爵家にいる行儀見習いをヴィクトリアが同行させるのはおかしくありません」
「まだ早い気がする。問題が起きたら困る」
「私とリリーナ・エーメルとの接点を作っておきます」
エゼルバードの頭の中には筋書きが浮かんでいた。
「今夜は王立歌劇場の公演日。第二王子が来るため、大勢の貴族がオペラ鑑賞に来ます。ノースランド伯爵令嬢ヴィクトリアは行儀見習いを付き人として同行させます」
王立歌劇場に到着したヴィクトリアは弟のロジャーに呼び出される。
ロジャーは仕事関係の縁で実家に預けた行儀見習いを勝手に同行させたことに怒った。
何かあれば、ロジャーやノースランドの顔に泥を塗る可能性がある。
だが、慈悲深い第二王子はヴィクトリアを許すよう言った。
そして、行儀見習いのリリーナ・エーメルに目立たない席を用意するよう指示した。
それなら礼儀作法が完璧でなくても問題はない。
ロジャーもヴィクトリアもリリーナも救われたという筋書きをエゼルバードは披露した。
「どうです? 完璧では?」
「リリーナ・エーメルとの接点を作ってもいいのか?」
「いずれ会った際、初対面として対応するのは簡単です。私はね。ですが、リーナの方はわかりません。そこで、王立歌劇場のオペラ鑑賞で顔を合わせておきます。初対面ではないということで、失言しても誤魔化しやすくなります。どう思いますか?」
今度はロジャーが考える番だった。
リーナ・セオドアルイーズはリリーナ・エーメルになった。
だが、内密の変更だけに別人扱い。
リーナ・セオドアルイーズは第二王子を知っている。後宮で助けられた。
しかし、リリーナ・エーメルは第二王子と会ったことがない。
リリーナ・エーメルとして第二王子と顔を合わせるには、何らかのきっかけが必要になる。
今回のオペラ鑑賞を利用すれば簡単。
「王宮に再就職した後、こちらからきっかけを作る必要がなくなります。今の内に布石として面識を持っておきましょう」
「わかった」
ロジャーは部屋から出ると、アルフを手招きした。
「今は手が離せない。そのままにしておけ。王立歌劇場には私も行く。その際にヴィクトリアとリリーナを呼び出して注意する」
「わかった」
「お前も来い」
アルフは嫌そうな顔をした。
久しぶりの休日なだけに、屋敷でゆっくりしたかった。
「行きたくない。ヴィクトリアにも誘われたが断った。だというのに行くのはおかしい。席もない」
「近衛として来ればいい」
「仕事をしろというのか?」
「そうだ」
アルフはため息をついた。
ロジャーの都合で休みを返上することになってしまう。
しかし、兄に逆らうのが得策ではないのもわかっていた。
「上司に聞かないとわからない」
「今夜のオペラには第二王子が出席する。それに関係することで行かなくてはならなくなったと言えばいい。制服を着用しろ。私の指示で動けるようにしておけ。ヴィクトリアたちの席がどこかを確認して報告しろ」
「王族席の間にいるのか?」
「そうだ」
「わかった」
アルフは近衛騎士団の本部へ向かった。





