878 ディーバレン子爵邸
更新します。
お箸は持てるようになりましたが、よく使う指の耐久度がありません。
小説書きたい病も併発しているので、少しずつ無理をしないように書いていけたらと思っています。
不定期な更新で申し訳ないのですが、よろしくお願い致します!
ディーバレン子爵邸に到着したリーナは馬車から降りた途端、あんぐりと口を開けた。
「ここですか?」
「ここなのよね」
シャペルは大金持ちであるため、豪邸に住んでいるのだろうとリーナは予想していた。
だが、目の前にそびえる建物は豪邸というよりも神殿だ。
正面部分には巨大な列柱が何本もそびえたち、神殿建築に代表される三角破風を支えている。
「神殿に見えますけれど……」
「デザイン的にはそうねえ。でも、金持ちの屋敷にもありがちよ。行きましょっ!」
先導するラブと共にリーナは扉の方へと移動した。
がっちりとした巨大な扉には非常に凝った装飾が施されている。
これもまたいかにも神殿や聖堂等にありそうな扉だった。
「ようこそおいでくださいました。どうぞ中へ」
出迎えに応じたのは執事と思われる老齢の男性だが、その周囲には第一王子騎士団の騎士達もいた。
事前に屋敷で打ち合わせを行い、リーナの到着後は同行警備に切り替わる者達だ。
扉をくぐったリーナは思わず足を止める。
いかにも荘厳な雰囲気がする神殿のような外観からは想像もつかないほどの光が溢れていた。
広い玄関ホールは吹き抜けで、天井の中央付近はガラス張りになっている。昼という時間のせいもあいまって、太陽の光が燦々と降り注いでいた。
「とても明るいですね……びっくりです!」
「今はポカポカしていていい感じに思えるかもしれないけれど、夜や雨の日は寒いわよ。夏は最悪。暑いから日差し除けの布を窓に張るけど、ほとんど効果がないの」
ラブは何度かこの屋敷に来たことがある。容赦なく屋敷の欠点を暴露した。
「無駄に広いのもあるわね。正面玄関からどこかに行くのがめちゃくちゃ不便」
この屋敷には十カ所の玄関口がある。
目的先に合わせて一番近くの玄関口を利用すればいいため、正面玄関を利用して向かう方がかえって不便になってしまっていた。
だが、正式かつ身分の高い客が来訪するとなれば、正面玄関からになるのは当然だ。
「こちらでございます。すぐに主人が参ります」
通されたのはかなり広い部屋だった。
白と金を基調にした優美なデザインの調度品で統一されており、上品さを追求したような雰囲気だ。
「素敵な応接間ですね!」
白いフカフカのソファに腰を下ろしたリーナは、王宮とは全く違う雰囲気の内装を見渡した。
しかし、
「ここはただの待合室よ」
ラブにそう言われ、リーナの表情が固まった。
「これほどの部屋が待合室なのですか?」
「最も格式が高い待合室ではあるわね。白いのは第二王子に合わせているのよ。最もここへ足を運ぶ上位の客でしょ? 側近や護衛騎士達が沢山ついてくるから、その分椅子も沢山置いてあるわけよ」
確かに第二王子の色は白。王族の部屋といっても違和感がない。
座るかどうかはともかく、同行者達の分の椅子が用意してあるというのもわかる。
「いずれここには沢山のお客様が来るわけですよね。今は私達だけですけれど」
白だけに汚れやすそう……。
掃除担当として働いていた経験からそんなことを考えながらリーナが呟くと、
「他の客は来ないわよ。リーナ様専用の部屋に決まっているじゃない!」
「待合室ですよね? このお屋敷に来る客が通されるはずです」
「他の客は別の待合室よ。格上の応接間は二階だから」
ラブが応えた時、ようやく屋敷の主人が現れた。
「ようこそおいでくださいました! お迎えできずに申し訳ありません!」
シャペルは全力で走って来たかのように息をはずませていた。
「いくらお忍びとはいえ、出迎えなしなんてあまりにもリーナ様に失礼じゃない?」
ラブはシャペルを睨みながら叫んだ。
自分ではなくリーナへの出迎えがなかったことに怒るラブに、シャペルは同行者として適任だったと感じた。
「会場から走って来たのですが無駄に広い屋敷なので……かなりお待たせしてしまったでしょうか?」
「大丈夫です。凄いお部屋だなと思って見ていたらすぐでした」
「ここは最上位の待合室になりますので、応接間へご案内致します」
シャペルに促され、リーナとラブは二階にある応接間へと移動した。
「こちらが最上位の大応接間です」
やはり白と金を基調にした部屋は優美さを漂わせていたが、リーナが驚いたのは何よりもその広さだった。
待合室も広かったが、応接間はその何倍も広い。
「舞踏会が開けそうな広さです!」
「元々はそういった部屋だったのですが、ここよりも広い部屋があるのでそちらばかりを使ってしまって」
さりげなくではあるものの、この屋敷が普通の屋敷ではないということをリーナは感じた。
「あちらにおかけください。簡単にこれからの予定についてお話致します」
リーナ達は部屋の中央におかれた特注品としか思えない白いソファに座った。
一人掛けと思われる椅子の幅は詰めれば約三人分の幅があり、背もたれは騎士達の身長を越えるほどの高さがある。
それがずらりとセットで並んでいる様子はいかにも贅沢かつ特別な大応接間だ。
「この後は大食堂で昼食です。その後はラブと共に出番までお待ちいただきます。ご興味があるようでしたら、中央棟を案内させます。ギャラリーを歩けば食後の運動にもなりますよ」
「疲れちゃうからやめた方がいいわ。とにかく長いのよ」
「ライブラリーもあります」
「同じく却下。見ただけでどっと疲れるような感じなの。しかも、読むためじゃなくて見せびらかすための本ばっかり!」
ラブはすぐに口を尖らせたが、リーナが注目した部分は出番まで待つということだった。
「出番ですか? パーティーの始まる時間までではなく?」
「はい。パーティーには基本的に参加しません。花を渡すだけです」
リーナがお忍びで来ることをパーティーの客は知らない。
通常の客と同じく会場へ行けば誰かと思われ、ヴェリオール大公妃であることが判明した途端客が挨拶に殺到する。
客の視線も興味もリーナに集中して対応に困るだけでなく、パーティーの主役がカミーラではなくリーナになってしまう可能性もある。
そこでリーナは他の客達と同じようにパーティーに参加するのではなく、あくまでも花束を渡す特別なゲストとしてのみ参加し、できるだけ会場内に滞在する時間を短くすることになっていた。
「リーナ様はご結婚されたばかりですので、ヴェリオール大公妃としての社交はまだ控えていただかなくてはなりません。個人的な催しではあるのですが千人近く集まると思いますので、会場に長居は無用です」
「千人?!」
思わずリーナは叫んだ。
「カミーラの友人はそんなに多いのですか?」
「カミーラは複数の社交グループに顔を出していますので、都合のつく者達が参加すると思います。学生時代の友人や同級生も多いですし、千人ほどは来るかもしれないと予想しています。部屋の収容人数は二千ですが、ダンス等のスペースは必要ないのでオーバーしても大丈夫です」
リーナは全く予想していないほど多くの者達が集まる催しだと知り、急激に不安を感じた。
「なんだか王宮で開かれる舞踏会位の人達が集まりそうですね……」
「いえ、そこまで多くはないです。それに男性の参加者は早く帰ると思いますよ。勤務の合間に抜け出して参加する者もいるはずですので」
「男性も参加するのですか?!」
リーナのブライダルシャワーに集まったのは女性達ばかりだった。
それだけに今回の催しに男性が参加するということをリーナは考えていなかった。
「僕もその一人です」
主催者かもしれないが、確かにシャペルも男性の参加者ではある。
「まあ……そうですね。でも、私はもっと小規模で内々の催しだと思っていて……」
「大丈夫です。カミーラやベルと同世代の者達がほとんどですし、礼儀作法はわきまえています。リーナ様に失礼なことをするような者はいません。花束を渡すだけですのであっという間ですよ」
会場に友人知人一同が集まり、カミーラを出迎える段取りを説明される。
カミーラはベルと共に屋敷に来る。到着後は一旦待合室に通されるため、その間にリーナは会場へと移動する。
リーナが会場に入ると、今度はカミーラとベルが会場へ案内される。
盛大な音楽と拍手でカミーラを出迎え、友人知人代表としてリーナが結婚を祝う言葉と共に花束を渡す。
カミーラが感謝の言葉を述べた後、ベルの宣言によって結婚祝いのパーティーが始まる。
リーナはカミーラに友人達とのパーティーを楽しむように声をかけ、シャペルと共に専用の別室へ移動する。
「別室へ移動するのですか? 帰るのではなく?」
「開始早々帰るのは水を差すようなことになってしまうので、しばらくは滞在していただきます。目安としては一時間程でしょうか」
パーティーには月明会のメンバーも招待されている。
メンバーはカミーラに個人的に祝辞を述べた後、順次リーナのいる別室へ来ることになっている。
月明会の者達との会話を楽しみながら過ごした後、タイミングを見計らって王宮に戻る。
「ウェズロー子爵夫人も来ます。リーナ様にお会いできるのを楽しみにしていますよ」
「アリシアさんが!」
リーナの身の回りの世話等は全て王太子付き兼ヴェリオール大公妃付き侍女達が担うため、女官であるアリシアと顔を合わせる機会はほとんどない。
アリシアが書類等を持ってきても侍女達が預かってリーナに渡すようなことも多く、直接会ってゆっくり話をするような時間がなかった。
「ウェズロー子爵夫人は勤務を早退して来ますので、パーティーの開始時間には間に合いません。ですが、必ず参加するそうです。リーナ様とはぜひお会いしてお話したいということでした」
シャペルはにこやかな表情のままだったが、ウェズロー子爵夫人という言葉を強調した。
リーナはすぐにアリシアの呼称についてのミスに気付く。
「私も会いたいです。ウェズロー子爵夫人と」
「せっかくの機会ですし、ここは王宮でもありません。側にいる者達も旧知の仲であることを存じておりますので、くつろいで過ごしていただければと思います。あくまでもリーナ様専用の別室内だけですが」
「配慮してくれてありがとうございます」
シャペルは苦笑した。
リーナの身分を考えれば、いちいちお礼を言う必要はない。配慮するのが普通だ。
側近であれば尚更だ。配慮できない者は側近として失格になる。
「リーナ様の優しさや謙虚さは美徳です。ですが、高い身分の者に相応しく振る舞うという責務を忘れてはいけません。リーナ様のお礼は褒賞も同然ですので、簡単に与えてはいけないものなのです」
「……気を付けます」
「何事も勉強です。そして、勉強は始まったばかりです。少しずつこなしていけば大丈夫です。では昼食にしましょう。王宮よりも美味しい食事を用意しているつもりです。ぜひ、料理についての感想をお聞かせ下さい」
「王宮よりも美味しい食事ですか? もしかして変わった食べ物などもあるのでしょうか?」
リーナが食べ物に強い関心を持っていることをシャペルは知っていた。
でなければ、デーウェンの大公子が薦めたという様々な果物に興味を示したり、後宮から出る食料廃棄物に着目したりするわけがないとも考えている。
「勿論です。冬という季節を感じさせる美しい氷の彫刻もご覧ください」
「氷の彫刻?!」
リーナの反応を見て、シャペルは思った通りだと感じた。
これまでにシャペルは何度も第二王子やその友人達と共に様々な趣向のパーティーを催したことがある。
冬の催しに飾りとして氷の彫刻を飾ることは珍しくもないことだが、リーナにとっては違うことが明らかだ。
これも勉強だ。少しずつでも贅沢なことを普通だと思えるように慣れて貰わないと。
シャペルは心の中でそう思いながら、朝食を取っていないことを話すリーナ達を食堂へと案内した。





