864 調理部一時保管室
中庭で廃棄物の検分を終えたリーナ達は調理部に向かった。
一時保管室の視察を伝えるつもりが調理部長は不在だった。
そこで調理部にいる者に言づけを頼んだ結果、下位の者が一時保管室を案内することになった。
「こちらです」
調理部の保管室は調理準備室の先にある廊下に面した部屋だった。
リーナは調理部周辺の掃除を担当してはいない。
調理場までは伝令等で来たことはあるが、準備室の先にある場所へ行くのは初めてだった。
「この並びにある部屋は全て一時保管室になります」
「中を見せて下さい」
調理部の者はドアを開ける。鍵はかかっていなかった。
「こちらの部屋ではパンを保管しています。隣二つも同じです」
部屋の中は薄暗い。だが、大量のパンが箱に入っているのが見えた。
「こんなに沢山! 全部廃棄物ですよね?」
「違います」
調理部の者はすぐに否定した。
「えっ、でも、業者に渡すゴミを一時保管室に置いていると聞きました。ここは一時保管室ですよね?」
「はい。ですが、保管しているのは食品です。一部を廃棄することがあるのは確かですので、廃棄部から見ると廃棄物の保管室に思えるかもしれません。ですが、調理部としては全て食品という認識です」
「それはつまり、今の時点では食品で、もう少し経って古くなると廃棄処分になるものということですよね?」
「否定はしませんが、全てではありません。赤い箱に入っているパンは今日焼いたものです」
「えっ、今日ですか?」
リーナはもっと古いパンだと思っていた。
「これは夕食用のパンです。早めに夕食を取る者達の時間になり次第、ここから運び出して行くので無くなります。ベーカリー課に置ききれなくなったので、夕食まで一時的に保管しているだけなのです」
ベーカリー課には多くのパン職人が在籍し、早朝からひたすらパンを焼いている。
何千人分ものパンを焼く必要があるが、一気に焼けるわけではない。
そこで、次々とパンを焼いてはベーカリー課の一時保管室に運ぶ。
保管量が増えて来ると、古いものから調理部の一時保管室に移す。
食事時間が来ると古いパンから提供されていくため、調理部の一時保管室にあるパンは全てなくなる。
「パンが足りなくならないように大目に焼きますよね?」
「はい」
「夕食時間が終わっても消費されなかったパンは捨てられてしまうわけですよね?」
「いいえ。早朝勤務者の朝食用になります。不足すれば朝一で焼いたものをまわしますし、余れば通常勤務者の朝食用になります。ですので、基本的にパンが余ることはありません」
リーナは首を傾げた。
「おかしいです。中庭に集められたゴミを検分しましたが、パンがありました。あれは余ったパンですよね?」
「あれは食べ残しです」
「綺麗でしたし、食べかけでもありませんでしたが」
「それでも食べ残しです。一度食事としてパンを出してしまうと別の者に出すことはできません。食べ残しとして捨てられます。後宮においてゴミはゴミというルールがあります。食事としては戻せません」
「あっ! トレーの上に残されたパンということですね?」
地下の食堂では配膳部の者がトレーに食事をセットしたものを受け取って食べる。
食事後、トレー上に残ったまま下げられたパンは食べ残しになる。
まったく手をつけていないような綺麗なものでも、トレーの上に置かれて誰かが持って行った時点で以降の再利用はできない。残っていたものは食べ残しとして廃棄されということだ。
「そうです」
「食べる時間がなくてパンを残す者もいますよね。それでしたか……」
「トレーに残ったパンが手つかずに見えたからといって、配膳部の者が勝手にまた別のトレーの上に盛り付けることはできません。自分で食べることも誰かにあげることも同じく。ゴミはゴミとして廃棄しなければなりません」
「わかります。私もここで働いていたので」
リーナは頷いた。
「取りあえず、全部の保管室を見ておこうと思うので順番に開けて見せて下さい」
意味がないと思いながらも、調理部の者は順番に一時保管室のドアを開けた。
説明通り、隣の二つもパンが大量に置いてある。
だが、四つ目の部屋は棚があるだけで食品は何もない。
「結構広いというか奥行きもありますね。他の保管室も全て同じ大きさですか?」
「同じです」
「今は何もありませんけれど、普段は何が入っているのですか?」
「決まっていません」
基本的に食品は各課が責任を持ってそれぞれの貯蔵庫や保管室等で管理している。
調理部の一時保管室は各課の保管状況によって補助的に利用されるため、どこに何を入れるのかが決まっているわけではない。
「ただ、大まかにはあります。ベーカリー課は毎日必ず三部屋を確保するので、一時保管室の一から三は全てパン専用です」
名称は調理部の一時保管室一・二・三だが、実質的にはベーカリー課の専用保管室になっているということだ。
「四と五はペストリー課が確保していましたが、今は使っていません」
側妃候補がいた頃には多くの菓子が製作されていたため、ペストリー課が四と五の一時保管室を確保して使用していた。
しかし、側妃候補が退宮したことによって製作量が減ってしまったため、保管室を使用しなくなった。
「それ以外は野菜や果物が多いと思います。あくまでもここは一時保管室なので、一時的に保管する必要があるものだけしか置かれません。常時保管するようなものは別の部屋、各課で専用にある貯蔵庫や保管室を使用します」
「そうですか」
リーナは順番に一時保管室の中を確認した。
確かに何も入っていない。今の時点では誰も利用していないということだ。
「ゴミもないです。とても綺麗ですね」
「食品を保管する場所ですので、清潔にしています。保管室に入れる食品もできるだけ毎回同じ場所になるように調整しています」
一時保管室にはどのような食材でも置くことができる。
但し、常温でもいいようなものばかりだ。特別な保存方法が必要なものは置けない。
衛生面の観点から違う食品は別の部屋に置くことになっており、パン・菓子・野菜・果物等で別々の部屋になるようにしている。
「先ほど中庭の方で午前中に出た食品廃棄物を検分しました。思っていたよりも量が少ないと思ったのですが、午後は沢山ありそうですか?」
「はい。一日の食事の中で最も力を入れているのが夕食です。使う食材も増えますし、料理の品数も増えます。食べ残しも含めるとかなりの廃棄物が出ます」
「それはどこに保管するのですか?」
「廃棄部の者達が回収しに来るまでは調理廃棄室という場所に置いています」
「そこも視察します」
全ての一時保管室を検分したリーナは調理廃棄室へ移動した。
しかし、何もない。
「何もないですね?」
「中庭に運びました」
調理廃棄室にあるものは取って置くようにという指示が出ていたため、全て中庭に移動している。
そのせいで調理廃棄室に置かれているゴミは完全にない状態だった。
「もっと沢山の生ごみがあると思ったのですが……これでは炊き出しの材料は足りないかもしれませんね」
「炊き出しですか?」
リーナは年末に慈善活動として炊き出しを行いたいと思っていること、その際に配給する温かいスープの材料に後宮から出る食品廃棄物を活用しようと考えていることを話した。
「さすがに食べ残しについては活用できません。下ごしらえの時に出る野菜屑が沢山あればと思ったのですが……」
「食品廃棄物ではなく食品を利用されては? 後宮では多くの食品が保管されています」
リーナは首を横に振った。
「後宮にある食品は後宮に住む者達の食事用です。いらないものや廃棄するようなものでなければ使えません」
「慈善活動に活用できそうなものを探すために視察をされているのでしょうか?」
「そうです。でも、中庭にあったものだけでは少ないです。パンも沢山捨てられていると聞きましたが、食べ残しだとは思いませんでした。作り過ぎて余ったものだと思っていたので残念です」
タニアはパンの廃棄物も多いと言っていた。
リーナはそれを作り過ぎて余ったパンだと思っていたが、視察して見ると食べ残しのパンだとわかった。
その中に手つかずのパンがあるとしても、全てではない。食べかけのパンと一緒になって捨てられている。
誰かの食べ残しを慈善活動の食材にはできではないとリーナは思った。
「……小麦ならありそうですが」
しょんぼりと肩を落とすリーナの姿を見た調理部の者は思わず頭に浮かんだことを口にした。
「どこにあるのですか? ベーカリー課ですか?」
それまで黙っていたクローディアが前に進み出た。
カミーラも同じく前に出る。
「廃棄されるような小麦があれば、慈善活動に役立てることができます。多くの貧しい者達が救済されるのです。側妃候補がいなくなった分、使用されなくなった小麦があるはずです。ペストリー課ですか?」
クローディアとカミーラに詰め寄られた調理部の者は、自分から言い出したこともあってすぐに白状した。
「食品部に行けばわかるのではないかと……」
「リーナ様、食品部へ行きましょう。廃棄される小麦があれば、パンの材料が手に入ります」
「炊き出しの費用を節約しながら無駄になってしまう廃棄物を有効活用できます。とても素晴らしい情報を得られました。確認すべきです」
「そうですね!」
クローディアとカミーラの提案にリーナは同意した。





