85 豪邸
「ここは……どこなのでしょうか?」
「ノースランド公爵邸だ」
リーナは記憶を探った。
「ロジャー様の家名がノースランドだった気がします。ロジャー様のお屋敷でしょうか?」
「実家だ」
「なるほど」
「お前は行儀見習いとしてここで生活しながら、貴族の礼儀作法などを勉強する。わかったな?」
「はい」
アルフは呼び鈴を鳴らすが、扉が開く前に勝手に扉を開けた。
「早く入れ」
「誰かが来るのを待たなくていいのですか?」
「俺の家だ。関係ない」
「えっ? アルフ様の家なのですか?」
「俺はロジャーの弟だ」
「そうでしたか!」
豪華絢爛な玄関ホールにリーナは足を踏み入れた。
「すごい……」
「おかえりなさいませ!」
慌てて召使いがやって来た。
「少々席を外しておりまして」
「ヨランダを呼べ。行儀見習いを連れて来た。部屋に連れて行くと伝えろ」
「かしこまりました」
アルフはリーナの鞄を手に持ち、廊下をどんどん歩いていく。
リーナは置いて行かれないよう小走りでついていった。
「ここがお前の部屋だ」
白を基調とした部屋で、小物類はピンク。女性らしさを感じられる美しい部屋だった。
「居間、寝室で、衣装部屋、バスルームがある」
「素敵なお部屋です。本当にここを使ってもいいのでしょうか?」
「問題ない」
「おかえりなさいませ!」
年配の女性と数人の女性が急ぐようにして来た。
「侍女長のヨランダだ。そっちは部屋付きか?」
「はい。リリーナ様のお世話係と教育係です」
「ということだ。しっかり勉強しろ。どこから見ても貴族らしくなれ」
「頑張ります」
「まずは鞄を開けろ。ヨランダたちは後ろを向け」
リーナが鞄を開けると、アルフは中に入っている書類や給与明細を取り出した。
「この存在は忘れろ。いいな?」
「はい」
リーナ・セオドアルイーズと明記されたものがなくなるということだった。
「俺はロジャーに連絡しなければならない。他にもこのようなものが出て来たら、リリーナが保管しろ。誰にも見せるな。俺に渡せ」
「わかりました」
「ヨランダ、余計なものが入っているかもしれない。注意しろ。守秘義務がある」
「かしこまりました」
後ろを向いたままヨランダが答えた。
「またあとで様子を見にくる。夜かもしれないし、明日かもしれない。ロジャー次第だ」
アルフはそう言うと部屋を出ていった。
残されたのはリーナとヨランダと侍女たち。
「あの……お世話になります。よろしくお願いいたします!」
リーナはしっかりと頭を下げて挨拶をした。
「こちらこそよろしくお願いいたします。私はノースランド公爵家の侍女長を務めるヨランダです」
ヨランダも挨拶をした。
「早速ですが、リリーナ様は貴族です。行儀見習いとしてこちらで生活しますが、特別な事情があるということで客人扱いになっております。私共に頭を下げる必要はありません」
「はい。すみません」
「謝る必要もありません。わかったとおっしゃってください」
「わかった」
「女性の場合はわかりました、です」
「……わかりました。すみません」
「すみませんはいりません」
「そうでした。すみ……いえ、何でもありません!」
貴族の令嬢らしくなる勉強は前途多難。
ヨランダもリーナもそう思った。





