830 力尽きた後(二)
「……今日は久しぶりの休みです。一日中休みます」
「わかった」
「セブンも休みなさい。ロジャーも。ずっと忙しかったのです。今日ぐらいはゆっくりしたらどうですか?」
「すでにそうしている」
セブンは答えた。
「心を許せる友人と温かいお茶を楽しみながらくつろいでいる。私のことは気にするな。ロジャーの方がよほど働いている。ロジャーがいなければこのお茶も用意されなかった。侍従が用意するのはいつも同じだ。それでは駄目だとわかっていない」
エゼルバードは特別な日曜日を迎える。心も体も疲れ切っている状態だ。
いつもと同じ対応でいいわけがなかった。
「侍従達はロジャーがいなければ何もできない」
侍従達が無能なわけではない。
仕える主人が天才だっただけだ。しかも、きまぐれにおいても天才だ。
常識的な対応では到底支えきれない。
そんな侍従達の救世主がロジャーだ。
ロジャーに任せれば安心、万全、完璧だ。
「私も同じだ。ロジャーがいなければどうすればいいのかわからないことが多い。ロジャーには一生敵わない」
「敵う必要などありません。セブンはセブンらしくあればいいだけのこと。ロジャーと同じである必要はありません」
「そうだな。私は私らしくあればいい」
セブンはエゼルバードを見つめた。
「お前も同じだ、エゼルバード。お前らしくあればいい。無理をすることはない。もしここにいるのが辛いのであれば、心が穏やかでいられる場所を探しに行くこともできる。どこに行こうとも友人として側にいる」
エゼルバードは微笑んだ。
「嬉しいですね。ロジャーも一緒に来てくれるでしょう。二人がいれば安心ですが、アベルがいれば何かと便利かもしれません」
アージェラス王国は跡継ぎの座を巡る争いが長く続いている。
第三王子であるアベルは王位に着く気がないため、国王を守りながら中立を取っていた。
だが、苛立つ兄達は自分に力を貸さない弟への悪感情を昂ぶらせ、漁夫の利で王位に就く気ではないかと疑い出した。
おかげでアベルは国王よりも命を狙われる機会が増えてしまっていた。
「ハルに介入するよう頼みましたが、アージェラスの混乱は解消するのに時間がかかります。そこで我儘を言うことにします」
アベルはエルグラード王太子の婚姻への祝辞を伝える特別大使としてエルグラードに来ている。
心から心酔するエゼルバードに会うためでもあるが、一時的に理由をつけて国外に退避するためでもあった。
エゼルバードが長期滞在するよう強く要求すれば、アベルの滞在を伸ばせる。
アージェラス王国は国境を接しているわけではないものの、エルグラードという大国の第二王子の要求を無下にすることはできないという理由ができる。
「ただ、どこに住まわせるかが問題です」
長期滞在するための場所が必要だ。王宮に住まわせることはできない。
できるだけ近い場所に住居があった方がいいが、王宮に近い地区ほど不動産価格は高い。アベルやエゼルバードの負担する費用がかさむのも困る。
「私が手配する」
「配下の者達を一緒に受け入れるだけの場所を確保できますか?」
「勿論だ。そのままエルグラードに亡命しても構わない。私が責任を持って一生面倒を見る」
「持つべき者は友ですね。ですが、私が所有する物件を与える方法もあります」
エゼルバードは複数の不動産を所有している。
母親が実家の財産分与として多くの不動産を持っていたが、その一部はすでにエゼルバードの名義に変更されていた。
「アベルとラブと婚約させてもいいですね。王宮に出入りできます」
他国人が毎日王宮に出入りするのも色々とうるさく言われる。
そこで王宮に出入りすることができる者と婚約させ、婚約者に同行したという形で中に入るようにする。
入った後は別行動にすればいい。
「ラブが嫌がる。ヴィクトリアでは駄目なのか?」
「ヴィクトリアには教師の仕事があります。王宮にはほとんど足を運びません」
ラブはほぼ毎日のように王宮に出入りしている。
リーナに会うためや月明会のことでカミーラ達と話し合うためだ。
学校があるため宿泊はしない。
本音は住み心地の悪い王宮に我慢できないからだが、アベルを同行させて出入りするには丁度いい存在だった。
「ラブでなくても王宮に出入りする女性を適当に確保すればいいだけではないのか?」
「王族エリアまで来ることができる者がいいですね」
「クローディアにすればいい。ヴェリオール大公妃付きだ。ラブよりも行動範囲が広い」
「アベルが嫌がりそうです」
「贅沢だ。エゼルバードのためなら我慢する」
「わかっているからこそ可哀想だと思うのです」
この件はアベルにも確認することになった。
「王太子夫妻は昼食会を欠席すると聞きました。起きているのですか?」
「奥の寝室から出てこない。時間までに王太子が侍従を呼ばなければ欠席することになっているだけだ」
「この時間に侍従を呼んでいないということは、初夜の儀式は無事終了したのでしょう。今日は会えなさそうです」
「気を遣う予定をわざわざ入れる必要はない」
「レイフィールとセイフリードはどうしているのです?」
「第三は王太子の友人達に掴まって散々飲まされた。午後まで起きない」
レイフィールは舞踏会の終了後、ゴルドーランの王太子であるリアムに割り当てられた客間で開かれた飲み会に参加していた。
「第四は早朝に外出したまま帰ってこない」
エゼルバードは眉を上げた。
「外出したのですか? どこに?」
「神殿だ。王太子の婚姻のお礼参りらしい。一カ所ではなく複数の神殿に足を運んでいる」
セイフリードは信心深い者ではない。
エゼルバードは違和感を覚えた。
「怪しいですね」
「詳しくはわからない。だが、記念硬貨のことかもしれない」
その可能性はある。
だが、エゼルバードは納得できなかった。
「監視をつけているのでしょうね?」
「当然だ。だが、神官達と会う部屋の中までは入れない」
「どこをどのような順番で回ったか、どの程度の役職の者に会ったのかもできるだけ調べなさい」
「そのつもりだ」
エゼルバードには他にも気になる者達がいた。
「父上は?」
「王家の昼食会は中止になるだろうが、別の昼食会に変更される」
「どのような昼食会ですか?」
「父親会だ。レーベルオード伯爵を呼び、新規のメンバーにするかどうかを判断するらしい」
セブンの口調にはどこか苦々しさが含まれていた。
エゼルバードはピンときた。
「なるほど。私の父親とセブンの父親とリーナの父親が集まるわけですね?」
「そうだ」
「そして、そのことをなぜ知っているかといえば、父親から聞いたからですね?」
「王家の昼食会が中止にならなければ一緒に昼食をどうかと誘われていた。行く気はなかったが、ラブが成人することに向けて準備を始める話だろう」
「どのような準備ですか?」
「離婚と再婚だ。私が生まれる前に済ませておけばいいものを。勝手すぎる」
「さすがロジャーです。私を励ますためだけにセブンを置いていったわけではないのですね」
セブンもゆっくりと休む必要がある。
だからこそ、ロジャーはセブンに伝令役をさせなかった。
エゼルバードの側にいることが何よりもセブンの心を支え、慰めになると判断した。
「ロジャーは大変です。手のかかる友人が二人もいるのですから」
「否定はしない」
セブンはカップを持ち上げるとお茶を飲む。
「私もセブンもロジャーから離れられませんね」
「そうだな」
「同じです」
「同じだ」
エゼルバードもお茶を飲む。
「アベルを呼びなさい。我儘を言わないとですからね」
セブンは我儘だと思わない。友人の命を守るための手段だ。
エルグラードにいる間はこき使うのも決定だが、アベルが嬉々として受け入れることもまたわかっていた。
「フレデリックやハルも呼んだらどうだ?」
「いいえ。アージェラスの話をするのでアベルだけにしなさい」
「わかった」
セブンは立ち上がるとワゴンの側まで行き、お茶のカップを置いた。
「すぐに戻る。侍従に伝えるだけだ」
「待ちなさい。シャペルをここに呼んで、アベルを迎えに行くよう伝えなさい」
セブンは眉を上げた。
「シャペル? 極秘ということか?」
「シャペルは何をしていると思うのですか? よく考えなさい」
今日は側近も休みだ。シャペルは王宮にあるベルの部屋にいるに決まっていた。
友人兼側近なら心身共に疲れ切ったエゼルバードを支えるべきだと言うのに、恋人と二人で幸せな時間を過ごしていると思われた。
気に食わない。
仕事を与えて邪魔をする。
「わかった。シャペルを呼ぶ」
セブンはシャペルともかなり親しい。
心身共に疲れ切った友人兼上司・同僚を支えるのではなく、自分だけ幸せな時間に浸っている友人に容赦することはなかった。





