83 解雇の通知
国王が後宮の縮小化を決定したため、さまざまな改革案が検討された。
最初に決まったのは、懲戒解雇の侍従が担当していた仕事を侍女の担当に振り替えることだった。
旧時代のやり方を改め、王宮と同じような組織にしていくための変更もあった。
最も大きな変更は後宮の一部を閉鎖すること。
それによって閉鎖された場所に関する仕事がなくなる。
一番影響を受けるのは掃除する場所が減る掃除部だった。
後宮は縮小化に合わせた段階的人員削減を行うことになり、最初に解雇対象者を選出するのが掃除部であることが通達された。
リーナは掃除部だが清掃部に派遣されている。担当場所も閉鎖される場所ではなく重要な場所である二階。
だというのに、リーナに解雇予告の通知書が届いた。
「そんな……」
解雇予告の通知書によると、リーナは翌月末付きで解雇される。
後宮に就職した時の契約書に基づき、解雇に対する拒否権は一切ない。
今回の解雇は後宮側の事情によるため、全員分ではないものの再就職先の求人が用意されている。
後宮が用意した求人で採用されれば、借金の返済期限が延長される。
借金がある者は必ず後宮が用意した求人に応募するよう明記されていた。
「絶対に申し込まないと!」
リーナは勤務が終わると会議室に向かった。
会議室の中も外も多くの人々がいて、書類を確認したり求人について話し合っていた。
「一人につき求人の応募は五カ所です! 応募用紙は五枚だけなので、もらったらすぐに自分の名前を書きなさい! 二度と用紙はもらえません!」
リーナは応募用紙を貰うと、すぐにペンを取り出して名前の欄に記入した。
そして、壁に貼ってある求人一覧を確認する。
「王宮の求人もあるなんてすごい!」
通勤の求人が多いが、住み込みの求人もある。給与も待遇も悪くない。
後宮から王宮へ転職する大チャンスだった。
「住み込みで働きたい……」
リーナは募集人数が多い職種に応募することにした。
「採用されますように!」
応募用紙を求人箱に入れると、リーナは手を合わせて祈った。
リーナは不安を感じながらも、残り少ない日々の仕事を真面目にこなしていた。
解雇されるからといって勤務態度が悪いと処罰による解雇になってしまう。それは避けたかった。
パスカルへの手紙も出さないことにした。
迷惑をかけたくない。自分のことは自分で解決するのが当たり前。応募した求人に採用されれば問題はないと思っていた。
すると、手紙が届いた。
正確には、白の控えの間に付属するトイレの掃除道具入れの中に置いてあった。
第二王子殿下からの手紙?
手紙には、二十時に白の控えの間に来るよう書かれていた。
リーナが予定時間の五分前に白の控えの間のドアをノックすると、内側から開いた。
姿を見せたのはロジャーだった。
「入れ」
「はい」
部屋の中にいるのはロジャーだけだった。
「手前のソファに座れ」
「はい」
リーナは言われた通り手前のソファに座った。
「災難だったな」
逆側にあるソファに座ったロジャーが言った。
「解雇されるというのに、王太子は何もしない」
リーナは目をぱちくりさせた。
「なぜ、そのようなことを? 当たり前では?」
「当たり前だと思うのか?」
「私はただの召使いです。王太子殿下は関係ないですよね?」
リーナの言動を吟味したロジャーは、嘘をついているわけではなさそうだと感じた。
「解雇予定者は借金を返済しなければならない。だが、すぐに返せと言われても返せないだろう。だからこそ、借金がある解雇予定者は後宮が用意した求人に申し込み、採用される必要がある。それはわかっているな?」
「わかっています」
「求人に申し込んだか?」
「はい」
「一人につき五カ所まで申し込める。採用されたか?」
「四つは不採用の返事が届きました。残り一つは結果が届いていません」
「王宮の下働き見習いの求人だな?」
「そうです」
ロジャーはポケットから封筒を取り出すと、リーナに届くようテーブルの上を滑らせた。
封筒はリーナの前、最初からそこに置いてあったような位置でピタリと止まった。
すごい技!
リーナは驚きながらロジャーと封筒を交互に凝視した。
「開封して読め」
「はい」
リーナはテーブルの上にある手紙を手に取ると開封した。
そして、書かれている内容を見てがっかりした。
「不採用か?」
「そうです」
「これで応募した求人に全て落ちたということだな?」
「そうです」
「このままでは解雇だ。借金がある。返済できないと、投獄されてしまうかもしれないな?」
リーナはうつむいた。
一応、パスカルに相談するという方法が残されている。
しかし、借金の額が多い。言いにくかった。
「お前は第二王子殿下のために働いた。今回だけは特別に助けてやる」
リーナは顔を上げた。
「助けてくださるのですか?」
「そうだ。私が再就職させてやる」
「ありがとうございます!」
「これからどうするかを説明する」
ロジャーは立ち上がると、自分の座っていたソファの後ろから大きな旅行鞄を持ち上げた。
ドンッとテーブルの上に乗せる。
「ロジャー様! テーブルに傷がついてしまいます! 弁償になったら大変です!」
借金が増えることにつながりかねない行為だと思ったリーナは慌てた。
「このテーブルは大理石だ。平気だろう。説明中は黙っていろ」
「はい。申し訳ありません」
「この中に荷物を入れろ。全部だ。入らない物は捨てろ。持って行けるのはこの旅行鞄に詰め込むこんだものだけだ」
「はい」
「制服は全て返却しなければならない。私物の外出着を持っているか?」
「あっ!」
リーナは気づいた。
いつも制服を着ていれば問題なかったため、他の服は持っていなかった。
「ないので、購買部で買います」
「必要ない。この中に入っている。ワンピースが一着、靴もある」
制服だけでなく、エプロンや帽子、後宮勤務者専用のブーツや靴は全て返却対象。
鞄には詰めず、別にまとめておくようロジャーは言った。
「全て返却しないと弁償だ。借金が増えるから注意しろ」
「はい」
「鞄の中に貴重品は入れるな。そういったものはワンピースのポケットに入れろ。第二王子殿下から貰ったペンも貴重品だ。必ずポケットに入れておけ」
「ペンは他にもありますが、それでも必要でしょうか?」
リーナは確認した。
「お前を迎えに来る者がペンを見せろと言う。第二王子殿下から貰ったペンを見せろ。それで本人かどうかの確認をする。失くしていないだろうな?」
「大丈夫です! あります!」
「お前を迎えに来る者の名前はアルフだ。明後日来る」
明日中に制服を全て返却しておく。
周囲への挨拶回りも済ませる。
再就職先が決まったために明後日後宮を出ること、知り合いに紹介してもらったと話すのはいいが、それ以上は何も言わないよう説明された。
「何か質問はあるか?」
「あります」
「なんだ?」
「私には借金があります。どうなるのでしょうか?」
リーナは一番気になることを尋ねた。
「私が立て替える。鞄、ワンピース、靴代も含めた金額だ」
借金が増えたとリーナは思った。
「もっと安そうな鞄にしてくださいませんか?」
「無理だ。大きな鞄は高い。おかしくない程度の外出着が必要だ。必要経費と思って我慢しろ」
「そんな!」
「申し込んだ求人に全て不採用だったのを忘れたのか? 投獄されるのと、救済される代わりに借金が増えるのとどちらがいい?」
投獄されたくなければ、借金が増える方を選ぶしかなかった。
「再就職先で真面目に働けばいい。いずれは借金が返済できるだろう」
「借金が返せるような職種なのでしょうか?」
「今は何も言えないが、悪くない待遇だ。給与も上がるだろう」
リーナは期待した。
「話はこれで終わりだ、部屋に戻って荷物を整理しろ」
「はい。失礼します」
リーナは大きな鞄を持って白の控えの間を退出した。
部屋に戻ると、早速鞄を開けて中にあるものを確認する。
「やっぱり。外出着も靴も高そう……」
リーナはため息をつくと、鞄に持ち物を詰め始めた。





