827 第一王子騎士団訓練場
ユーウェインはすぐに第一王子騎士団の訓練場に向かうことになった。
担当者へは転職か出向かが決まったら伝える、審査日までには返事をすると話していたらしい。
審査日は王太子の結婚式が終わった翌日の日曜日。午前中から実技審査を行うという。
まさに今日だ。
ギリギリ、いや、すでに審査は始まっている。常識的に考えれば返事の期限は過ぎていた。
ユーウェインは金曜からずっと罪人関連の仕事をこなしており、土曜日は終日牢番だった。
日曜になってからも交代が来るまでは勤務を続け、ようやく遅めの朝食を食べ結婚式に関する情報を新聞から収集していたところを呼び出され、転職か出向かの話を聞いた。
その経緯を考えれば、ユーウェイン自身の責任はない。
だが、担当者に団長のせいだと言うわけにはいかない。
団長の評判は近衛騎士団全体の評判につながる。
担当者に謝るのはユーウェインだ。
遅くなった理由を尋ねられた場合、自身のせいだと言うしかない。
最悪、期限切れで出向話はなくなるかもしれない。だが、団長も不味いと思っているに違いなかった。
むしろ、不味い状況だからこそユーウェインに話が来た可能性もある。
なんとかなるだろうと思いながらユーウェインは全力で走った。
ようやく訓練場へ着くと、まずは息を整えるために深呼吸をする。
目を閉じ、三秒待つ。
それはユーウェインが常に心掛けている三つのことを確認するためのものだ。
冷静さ。慎重さ。揺るぎなさ。
目を開ければ、ユーウェインは冷静で慎重で揺るぐことがない近衛騎士になっていた。
訓練場にいる者達を見た瞬間、ユーウェインは眉をひそめた。
予想以上に人が多い。有名人もいた。
「ユーウェイン・ルウォリスです。出向の件で担当者に会いに来ました。取次ぎが必要でしょうか?」
ユーウェインが話しかけたのはドアの側に陣取っていた第一王子騎士団の者達だった。
「近衛から出向するのか?」
「担当者でしょうか?」
「いや。だが、余計な者を中に入れるわけにはいかない。簡単な伝達だけで済むのであれば伝えておく」
「近衛から第一王子騎士団へ出向します。そのことを担当者に直接伝えるよう団長から指示を受けています」
「通っていい。木刀を握っている者が担当者だ。健闘を祈る」
にやりと笑った後、第一王子騎士団の者達はユーウェインを通した。
実技審査中のため、木刀を持った男性が離れた場所にいる。
その表情は厳しく冷たい。整っている容姿がかえって威圧感を何倍にも増幅させていた。
相手の方は床に倒れており、担架を持ってきた騎士達に運ばれている。
「失礼します。近衛のユーウェイン・ルウォリスと申します。団長より話を伺い、返事をお伝えするために参上しました。レーベルオード子爵が担当者でしょうか?」
「聞いていないのかな?」
「行けばわかると言われました」
ディーグレイブ伯爵が担当者名を言わなかったのは、レーベルオード子爵だったからだとユーウェインは思った。
そして、第一騎士団の者達が大勢いるのも納得だ。
関係者以外は通せないとしても、これほど多くいる必要はない。
ほとんどの者達が野次馬だ。
「審査は私の担当になった。返事は?」
「出向します」
「実技審査を受けるように。最後尾へ」
出向の場合、ユーウェインは最下位から始める者達の面倒をみる役目になる。
下位の仕事について教えることになるが、護衛騎士でなくても警備につくことがある以上、実技に関する能力も一定以上は必要だ。
実力がどの程度あるのかを調べるというのはわかるが、免除して欲しいのがユーウェインの本音だった。
仕方なく指示通りに列の最後尾に並ぶ。
周囲の状況を確認すると、訓練場の端に医師達がいる。臨時の医療スペースだ。
腕や足に包帯を巻く者もいるが、寝ている者の方が多い。
それを見れば、騎士達よりもはるかにパスカルの方が強いことが嫌でもわかる。
これから審査を受けるために並んでいる者達の表情は真剣で硬く、青ざめている者もいた。
「再開する」
「グリフィス・アンヴァリード。王宮騎士団、第七隊所属。十九歳です!」
グリフィスは自らを奮い立たせるように叫ぶと位置取りを決め、一礼してから剣を構えた。
そのままずっと動かない。
「時間が勿体ない」
パスカルがそう言うと、グリフィスは突然走り出した。
「駄目だな。言葉に焦ってしまった」
ユーウェインの前に並んでいる者が呟いた。
その予想は当たった。
グリフィスは自分から間合いを詰めるつもりだったが、パスカルもタイミングをずらして前に出た。
両者が共に前に出れば、攻撃が届く範囲も繰り出すタイミングも変わる。
動揺したグリフィスは立ち止まり、迎え撃つことで対応しようとした。
だが、パスカルの動きも木刀の動きも恐ろしいほどに速かった。
強烈な一打を胴に食らったグリフィスは声を上げることもできず、体を震わせながらうずくまってしまった。
「防具をつけた方がいい気がする」
「馬鹿を言うな。防具をつけたらそれこそ容赦なく打ち込まれる」
すぐ側にいた第一王子騎士団の者が応えた。
「生身だと思うからこそ手加減する。まあ、今日は色々と苛立っているかもしれないが」
「なぜ、レーベルオード子爵が苛立っていると?」
「王太子殿下と妹君が結婚された翌日だというのに休み返上で第一王子騎士団の審査に付き合わされている。苛立っているに決まっているだろう」
本来であれば第一王子騎士団の者が審査をする。
しかし、ヴェリオール大公妃付きの者を選ぶため、側近であり兄であるパスカルが同席するか、自身で審査をするように言われてしまった。
結婚式の翌日なら訓練場はがら空きだ。
王族も執務を休む。側近も休みになる。
丁度いいとばかりにパスカルは朝から予定を入れられたわけだが、妹に関わることだけに断れない。
「非常にわかりやすい説明をありがとうございます」
「別の日にして欲しかった……」
話を耳に挟んだ者が思わず呟いた。
一人ずつとはいえ、一人で何十人も審査をするのは大変だ。
パスカルは途中で第一王子騎士団の者と交代するとユーウェインは思っていた。むしろ、そうであって欲しいとも。
しかし、パスカルは交代しなかった。すぐに勝敗がついてしまう者が多く、良くも悪くもスムーズに実技審査は進んだ。
そして、最後。
ユーウェインの順番になる。
近衛騎士。しかも、出向。
最下位から始める者達にとっては自分よりも間違いなく上位になるとわかっている。
ユーウェインの実力に興味を持つ者はいたが、近衛騎士だけに期待する者は多くなかった。
ユーウェインはこれまで審査を受けた者達のように十分な距離を取るのではなく、少しだけ距離を取って木刀を構えた。
「いつでも」
パスカルにそう言われた後、ユーウェインは握る部分を上にずらした。
標準的な位置で握るのは、攻撃の届く距離や範囲を最もわかりやすくしてしまう。
握る場所を変えることで攻撃の距離や範囲、タイミングをわずかにずらし、計りにくくしたのだ。
それを見たパスカルもまた木刀を握り直す。
状況に合わせ、感覚的な調整が素早くできるということをあらわしていた。
……表情が一定で疲労感が見えない。まだまだ余裕がありそうに見えてしまう。
常識的に考えれば、パスカルはかなり疲れているはずだった。
しかし、油断すべき相手ではない。全力で挑むべきだとわかっている。
ユーウェインは覚悟を決めた。





