82 報告会
リーナと会ったアリシアはすぐに王太子の執務室に向かった。
「報告するわ」
「わかった」
クオンはそう答えただけで、ヘンデルを下げなかった。
「ヘンデルは同席でいいのかしら?」
「遠慮なく話していいよ。了承はもらったから」
「そう。じゃあ、早速だけど普通って感じの女性ね。でも、化粧をしていない割には可愛いい方だわ。手入れをしたら良くなりそう」
「素材はいいよね」
ヘンデルはうんうんと頷いた。
「化粧をしてないからこそ元がよくわかる」
「ヘンデルは黙っていろ」
クオンが注意した。
「話をしてみて思ったけれど、放っておくのが一番だと思うわ」
アリシアは率直な感想を述べた。
「第二王子が興味を持つのはほんの少しの間だけよ。こちらが何かするほど余計に刺激してしまうと思うの。第二王子は敬愛する王太子が興味を持つものには必ず興味を持つから」
「兄弟愛が重いからねえ」
ヘンデルはそう言ったが、クオンもアリシアも反応しなかった。
「特別な気持ちがないなら、余計なことをしない方がいいわ。王太子が関わることによって問題が起きる可能性の方が高いと思うの。ヘンデルだって、貴方に悪影響を与えると思えば、勝手に排除しようと動くわ」
ヘンデルが困った顔をしたのは、アリシアの指摘が正しいからだった。
「何の後ろ盾もない平民の召使いを保護するのは難しいわ。それに質問したの。王太子と第二王子のどちらに仕えたいかって。第二王子だと答えたわ。だったら第二王子に利用されても本望よね?」
「うわっ!」
ヘンデルが大きな声をあげた。
「王太子なのに第二王子に敗北した! やっぱり人気では負けちゃうね」
「黙っているよう言っただろう?」
クオンは不機嫌極まりない表情になった。
「でもさ、本当は王太子に仕えたいって言って欲しかったよね?」
「これでわかった。リーナは優しい言葉と高価なペンで、すっかりエゼルバードを信頼しきっている。このままでは危ない。エゼルバードのいいようにされてしまう。早急に対策が必要だ!」
アリシアの言葉は、リーナを守らなければならないというクオンの気持ちを強めた。
「リーナちゃん、ペンをもらったんだ?」
「エゼルバードが他人に貸し出すために持ち歩いているペンをやったらしい。医療費の件の褒章だ」
「へえ。王太子はお菓子だし、王族が持っているペンとじゃ比べるまでもなく負けちゃうよ」
「私はリーナに注意した。怪しい者や異性には注意しろと。菓子にも釣られないようにも言った。だというのに、全然わかっていない! 私がなんとかしなければ、リーナはエゼルバードに利用されてしまう!」
ヘンデルもアリシアも不思議だった。
なぜ、これほどまでにリーナを気にするのかが。
「とりあえず、保護したいということだったから、三つの方法を考えてみたわ。まず、寵愛する気がなくても寵愛することにするの」
ふりでもいい。とにかく、それを理由にしてしまう。
寵愛する者を守るのは当然という理由ができるため、第二王子から離せるとアリシアは言った。
「ただ、別の問題が起きる可能性があるわね。第二王子を寄せ付けないための対価としては、かなり大きすぎるかもしれないわ」
「他は?」
「後宮にいるからいけないのよ。辞めさせればいいわ」
借金は肩代わり。どこか適当な就職先を紹介する。
平凡な平民として一生懸命真面目に生きていくだろうとアシリアは話した。
「他は?」
「誰かいい相手を紹介して、結婚させてしまえばいいのよ。夫に妻を守らせればいいわ。王太子がわざわざ配慮をする必要もなくなるし、第二王子も興味を失うに決まっているわ」
この三択しかないということであれば、クオンが選ぶのは一番だろうとヘンデルは予想した。
二番は無条件で手放すのと同じ。後宮を出たあとでどうなるかわからない。
三番もない。自分で動くほどだというのに、別の者に委ねる気があるとは思えなかった。
「どうかしら?」
「十分な検討時間を設けていない。すぐに結論を出すのは無理だ」
慎重に熟考する王太子らしい答えだった。
「じゃあ、検討すればいいと思うわ。夫と子供が待っているから帰るわね」
アリシアが部屋を出たあと、ヘンデルは視線をドアからクオンに向けた。
「仕事一筋だったのに、すっかり家庭を大事にする女性に変貌したねえ」
そう思うのはヘンデルだけではない。クオンも同じだった。
嬉しい変化ではあるが、未だに信じられない気持ちもある。
あまりにも変わり過ぎだと言うのが正直な感想だった。
「俺もいつか良い相手を見つけて結婚したら、家に帰る気になるのかな?」
ヘンデルは王太子の側近として多忙なことから王宮に住んでいる。
実家に帰ることは滅多になかった。
「ヘンデル次第だ」
「クオンはどうなのさ? 心から愛する女性を王太子妃に迎えたら、執務時間を減らす?」
「減らさない」
即答。
「減らせないというべきか。次から次へと書類が届く」
「となると、俺の仕事時間も減らないな」
クオンの眉が寄った。
ヘンデルが支えてくれるのは嬉しいが、申し訳なく思う気持ちがあった。
「執務時間を減らしたくなるような女性と結婚してよ? 忙し過ぎて、クオンよりも先に倒れそうな気がする」
「体調に気をつけてほしい。体は一つしかない」
「そのまんま、クオンに返すよ」
クオンは机の引き出しから書類を取り出すと読み始めた。
本当にクオンはすごいよ。
ヘンデルは心からそう思う。
年老いた国王、要職につかない第二王子、軍の仕事しかしない第三王子の分の執務も、クオンはこなし続けている。
国王に相応しい天才的な能力がある。だというのに、王太子であるがゆえに当然のことだと思われ、周囲に評価されにくい。
俺が支えないとだな。
ヘンデルも仕事を再開することにした。





