81 アリシアの調査
リーナはメリーネに呼び出され、赤の控えの間に行くように言われた。
「貴方がリーナね。私はアリシアよ。大事な話があって来たの。ここに座ってくれる?」
アリシアが指定したのは向かい側のソファではなく自分の隣だった。
「私のような者がよろしいのでしょうか?」
「顔をよく見たいの。化粧をしていないようだから」
「失礼させていただきます」
リーナはドキドキしながらソファに座った。
「帽子を取って」
「はい」
くすんだ金髪に曇り空のような灰色の瞳。
痩せてはいるが、健常の範囲。
顔つきは平凡と言えば平凡だが、素朴。良く言えば自然体。。
化粧をすれば印象を変えられそうだとアリシアは思った。
「守秘義務に関わることでいくつか確認したいのだけど、十八歳よね?」
「はい」
「トイレ掃除を担当しているのよね?」
「はい」
アリシアは次々とリーナに質問した。
「次は自室の確認よ。部屋まで案内して」
「地下に外部の者は立ち入れません」
「私には特別な権限があるから平気よ。急ぐから早くして」
リーナは自分の部屋にアリシアを案内した。
「ここです。二人部屋ですが、私一人で使っています」
アリシアは後宮の地下にある召使用の部屋を初めて見た。
王宮よりもずっと狭い。薄暗く質素としか言いようがない部屋だった。
家具はベッドと木箱だけ。
壁には制服をかける杭があり、リーナが使用しているベッド側の杭だけに制服が下がっている。
部屋を独占できるというのに、リーナは決められた場所しか使っていない。真面目な性格があらわれていた。
「木箱の中身を全部出して」
リーナは木箱を開けて中身を出した。
「この箱はどうしたの? 購買部でお菓子を買ったの?」
「召使いに昇格した時、お祝いにお菓子をいただきました」
菓子は同僚たちに配ったが、箱は木箱の整理に使っていることをリーナは説明した。
「他の袋やリボンももらったの?」
「そうです。借金があるので倹約しています」
「どのぐらいの借金があるの?」
リーナが金額を言うと、アリシアは驚愕した。
「そんなにあるの?」
「はい」
「どうしてそんなに借金することになったの? 購買部でたくさん買い物をしたの?」
「それもありますけど、生活費もありますし」
「生活費?」
アリシアは眉をひそめた。
「住み込みは無料でしょう?」
「後宮は有料です。生活費がかかります。毎月、給与から天引きされます」
王宮の住み込みは無料。生活費がかからない。
アリシアはベッドの上にある給与明細を手に取ると内容を確認した。
確かに生活費が引かれているわね……。
給与は標準額だが、生活費の占める割合がかなり高い。借金額も記載されていた。
「弁償費って何かしら? 何か壊したの?」
「はい」
「何を壊したの?」
「食器です」
アリシアは首を傾げた。
「貴方はトイレ掃除でしょう? 食器を扱わないわよね? 花瓶かしら?」
「実は」
茶会が開かれていた中庭の方へ偶然行ってしまい、通常とは違う仕事を言いつけられた。
命令で食器を片付けるよう言われてしまい、配膳室へ持って行く途中で警備の者とぶつかって食器を割ってしまった。
警備の者は自分のせいにして報告していいと言ったが、名前を知らない。
警備に確認しても誰なのかわからず、個人的に弁償することになってしまったことをリーナは説明した。
「一客でこんなに請求されるなんておかしいわ!」
「お茶会をしていたのが王太子殿下と第二王子殿下だったのです。王族が使う食器なので、高価だったのではないでしょうか?」
「なるほどね。ところで、リーナはどんな男性がタイプなの?」
突然の話題変更にリーナは驚いた。
「なぜ、そのようなことを?」
「後宮は圧倒的に女性が多いわ。男性は少ないし出会いも少ないでしょう?」
「はい」
「偶然の出会いに期待しない?」
「期待というのは、恋人ができるかもしれないということでしょうか?」
「そうよ。いつか素敵な人と巡り会って結婚できるとか、王子に見染められるとか」
「非現実的です」
「夢見るのは自由じゃないの?」
「私には借金が沢山あります。借金だらけの女性を好きになる男性がいるとは思えません。男性の甘い言葉に騙されないよう注意が必要です。とにかく一生懸命仕事をして、早く借金を返したいです!」
ロジャーに言われた言葉を思い出しながらリーナは答えた。
若いのに偉いわ……確かに勤勉で誠実、善良そうね。
アリシアは感心した。
「もし高貴な者に見染められたらどうする?」
「ありえません」
「でも、召使いなのに王太子殿下や第二王子殿下に会ったことがあるのでしょう? 気に入られるかもしれないわ?」
「無理です。後宮に採用された時、高貴な者に見初められることは絶対にないと言われました」
「一応、聞いておくわ。王太子殿下と第二王子殿下、どちらが好み?」
「そのような質問は困ります。不敬になってしまいます」
「この程度のことは王宮の侍女たちもよく言っているわ。本人のことではなくて、あくまでも男性としてのイメージよ。見た目の違いがあるでしょう?」
リーナの眉間に深いしわが寄る。
不敬だと思っていそうだとアリシアは思った。
「じゃあ、仕えるならどちらがいいのかしら? 王太子と第二王子、どっちの侍女になりたい? これも調査だからしっかり答えて頂戴」
リーナは考えた。
そして、
「第二王子殿下です」
答えを出した。
「えっ? 第二王子殿下なの?」
「はい」
「どうして?」
リーナがエゼルバードを選んだのは、自分の意見を取り上げてくれたからだった。
ずっと気になっていた備品のことを解決してくれたのも嬉しかった。
一方、クオンは王太子。多忙そうなだけに、国に関わるような重大なことでなければ対応しないとリーナは思った。
私がクオン様の役に立てるとは思えないし……お掃除をするしかできないというか。
しかし、それを言うわけにはいかない。
王太子と約束したことも、第二王子に協力したことも秘密にしなければならない。
リーナは無難な理由も考えた。
「優しそうだからです」
リーナの答えを聞いたアリシアはため息を隠した。
まあ、わかるわ。でも、見た目に騙されているわね。
アリシアは元王太子付き筆頭侍女だったからこそ知っている。
王太子の見た目は厳しく冷たい。第二王子の見た目は華やかで優しそうに見える。
だが、あくまでも見た目の話。イメージだけ。
本当に優しいのは王太子で、本当に冷たいのは第二王子の方だった。
「優しい男性が好きなの?」
「そうです」
「調査は終わりよ。このことは誰にも話さないようにね?」
「わかりました。でも、メリーネ様は知っていると思いますが?」
「清掃部長には履歴書にあるようなことを確認したと伝えればいいわ。余計な詮索をされて悪影響が出ると困るからこその配慮よ」
「はい」
真面目というよりも、とっても真面目って感じね。
どこにでもいそうな普通の女性だとアリシアは思った。
そして。
王太子よりも第二王子の方を選んだと知ったら……どうするかしら?
アリシアは報告を聞いたクオンの反応が気になって仕方がなかった。





