802 凍てつく心
いつもありがとうございます!
今回はセイフリードのとても暗い感じのお話です。
結婚式の祝福ムードが一気に下降するかもしれませんので、その上で読むかどうかをご判断下さいませ。
よろしくお願い致します!
荘厳さと神聖さに溢れた結婚式は緊張感を伴っていたが、そこには確かに愛と祝福があった。
誰もが無事に式が終わることを望んでいた。
望まなくてもそうなる。
それもまたわかっていることだった。
「世界一美しい花嫁と花婿です」
「そうだな」
婚姻の儀式が終わるとエゼルバードが呟き、隣にいるレイフィールは満面の笑みを浮かべて同意した。
だが、レイフィールの隣にいるセイフリードは黙ったままだった。
エゼルバードは同意を求めたくて言ったわけではない。確認しただけだ。
そして、それだけではないこともまたわかってしまった。
エゼルバードは世界一美しい花嫁を見ている。
花婿もいるが、世界一美しいと思っているわけではない。世界一美しいというのはあくまでも花嫁へ対する言葉だ。
花婿へ対する言葉を適切に表現するのであれば、世界一羨ましい花婿だ。
わかってしまうのは、セイフリードが鋭く賢く人の気持ちを読んでしまうからだけではない。
セイフリードもまた見ていた。
花婿と花嫁の全てを見逃さないように。
ベールを上げて見える花嫁の表情は安堵するように和らいでいた。込み上げる幸せを感じ、嬉しさと恥ずかしさが混じり合ったような微笑みを浮かべている。
その様子を誰よりも近くで見つめている花婿もまた無事婚姻の儀式が終わったことへの安堵と愛する女性を妻にした幸せをあらわすような表情と微笑みだ。
目には見えなくても、優しく温かい空気が二人を包み込んでいた。
それは愛。喜び。幸せ。そして、祝福。
神からの。人々からの。世界中からの。
相思相愛。誰よりも似合いの二人だ。
だというのに、セイフリードの心の中には嬉しさや喜びとは違った感情が一気に溢れ出していた。
それはとても醜く汚らしく忌み嫌うべきもの。
羨望と嫉妬。苦しみと悲しみ。
まるで自身が穢れた感情の塊に思えるほど、それはすぐにセイフリードの心に浸透していく。
寒い……。
日の当たる場所であっても、多くの人々が集まる煌びやかな場所であっても、セイフリードの心は冷たく凍えたままだ。
欲しいのは英知でも名誉でも栄光でもない。
心を温めるもの。自分ではどうにもできない負の感情を優しさで包み込んでくれるもの。
平穏を感じていたかった。
セイフリードの願いを叶えてくれる者がいなかったわけではない。
誰よりも高潔で寛大、溢れるほどの慈愛でセイフリードを守る兄がいた。
太陽のような存在だった。
愚直過ぎるほどの優しさと温かさを感じさせる女性もいた。
春のような存在だった。
だが、ずっと側にいてくれるわけではない。
その二人は手を取り合い、セイフリードから離れていってしまう。
その距離は開くばかりだが、セイフリードは動けない。
どんなに追いつこうとしても追い付けない。手を伸ばしても届かない。懸命になればなるほどなぜ追いつけないのか、届かないのかと苛立ち、辛くなるだけだ。
いつしか自分のことを見捨て置き去りにした二人だと憎んでしまうかもしれない。
絶対にそうなりたくない。
だからこそ、あえて追わない。手を伸ばさない。
無駄なことはしないともいう。それが賢明だ。
離れて行く者達を惜しむ必要もない。
最初からわかっていたことであり、その時が来たというだけだ。
抗いようがない運命だと思ってもいい。神の決めたことなのだと。
それなら仕方がない。二人のせいではないのだから。
太陽と春が去った後、セイフリードの季節は変わる。
心の奥底までも凍りつかせる極寒の冬が訪れる。
だとしても、セイフリードは生きていける。
なぜならば、命の炎は易々と消えることを拒絶するばかりか、辛く苦しい時ほど強く激しく燃え盛る。
生への渇望。そして、自身でも呆れてしまうほどの欲深さと執念。
望まれない存在として生を受けた自分を無条件で認め、支え、生かすのは結局自分しかいないのだ。
「セイフリード……」
驚きの表情でレイフィールはセイフリードを見つめた。
水色の瞳から溢れ出した涙がこぼれ落ちていく。
「ハンカチはあるか?」
「必要ない」
「服で拭くつもりか?」
「手で十分だ」
そういうとセイフリードは素早く手の甲を使って涙の跡を消した。
「もうすぐ出番だ」
「感動するのは後にしなさい。務めがあります」
退場の音楽が流れ始めている。
花婿と花嫁が夫婦として揃って退場する際、花婿の付添人とブライズメイドはその後ろに並び、付き従うように退場しなければならない。
「行きますよ」
エゼルバードとレイフィールがほぼ同時に立ち上がった。
セイフリードもすぐに続く。
心は凍えても、体は自然に動いていた。





