8 新しい仕事
早朝。
リーナは起床した。
なかなか寝付けなかったせいもありまだ眠いが、時間に遅れるわけにはいかない。
リーナは同室者の者を起こさないよう静かに身支度を整え、マーサの部屋に向かった。
「おはようございます」
「おはよう」
マーサは時計を見た。
リーナは指定された時間よりも十分早く到着していた。
「五分前に来るのが最も適切です」
「すみません」
「申し訳ありません、でしょう?」
「申し訳ありません」
リーナはマーサから言葉遣いに関する指導も受けていた。
リーナは孤児のため、敬語を使えていないことが多かった。
出世するには礼儀作法や言葉遣いを整えることも必要になる。
いずれは自分の補佐役として様々な仕事をこなせるように、マーサは非常に厳しく細かいことまで指導していた。
リーナは従順で教えたことをすぐに覚えるため、鍛えがいがあった。
「少し早いかもしれませんが、移動時間がかかるのでいいでしょう。行きますよ」
二人が向かった先は地上。二階の部屋だった。
リーナは初めて二階に来たため、それだけで緊張した。
部屋の中には二人の女性がいた。
「おはようございます」
マーサは深々と頭を下げ、挨拶をした。
それを見たリーナもすぐに深々と頭を下げた。
「おはよう。その者ですか?」
年配の女性がリーナを見つめた。
「はい。リーナ、侍女長と侍女殿に挨拶をしなさい」
リーナは相当驚いた。
侍女長というのは、マーサよりもずっとずっと上の役職者だ。
相当偉いと聞いたことがあった。
勿論、初めて会う。
「リーナと申します。よろしくお願い申し上げます」
リーナはマーサに教えられた最上級と思える言葉を使いながら、もう一度深々と頭を下げて挨拶した。
「挨拶と礼に関しては問題なさそうですね」
「いずれは私の補佐役も務められるようにと考え、少しずつではありますが言葉遣いや礼儀作法についても厳しく指導をしています」
「それなら大丈夫でしょう」
侍女長はそういうと、側に待機させている侍女を見た。
「どうですか?」
「見た目は特に問題ありません」
侍女がそういうと、侍女長はリーナに顔を向けた。
「私は後宮で働く侍女を束ねている侍女長です。貴方には特別な許可を与え、他の下働きがしない仕事をして貰います」
これまでの仕事に関する上司はマーサのままだが、特別な許可の元にする仕事に関しては別の者が上司になる。
侍女のメリーネだ。
「メリーネに従いなさい」
「はい」
「地上階に出入りする際は、目立たないようにしなさい。許可のない場所には絶対に立ち入らないように」
リーナは特別な仕事をする時だけ、これまでは行けなかった場所に行くことができる。
その仕事の時以外は立ち入ることができない。
「処罰されたくなければ、仕事以外では立ち入らないこと。いいですね?」
「はい」
「私はこれにて失礼致します」
マーサは深々と一礼すると部屋を退出してしまった。
リーナは心細く感じるが、これから新しい特別な仕事をすると言われた。
どんな仕事なのかも気になった。
「仕事場に案内します」
リーナはメリーネの後に続いて移動した。
早朝のため、廊下には誰もいない。リーナとメリーネだけだ。
あまりにも静か過ぎて、どこか不気味でもある。
しばらくすると、メリーネが立ち止まった。
「ここです」
リーナは豪華で立派なドアを見つめた。
メリーネがドアを開ける。
「ここは二階のため、召使いでなければ立ち入れません。貴方は下働きですが、特別に仕事の時だけ出入りできます。人目につかないようすぐ部屋に入りなさい」
「はい」
メリーネが部屋の明かりをつけると、相当豪華な部屋だとわかった。
内装も家具も凄いとしか言いようがない。どう見ても高級品だ。美しい置物もある。
リーナはこれほど豪華な部屋を掃除したことは一度もなかった。
ここを掃除するのだろうかと思うと不安でしかない。
「ここは二階にある控えの間です。外部から来た者が一時的に待つような時に使用します。部屋の掃除は召使いがします。貴方がする必要はありません」
この部屋を掃除するわけではないとわかる。
だというのに、なぜここに連れて来られたのだろうとリーナは思ったが、その理由はすぐに判明した。
「貴方にはこの部屋の隣を掃除して貰います」
「隣?」
廊下に続くドア以外にも別のドアがあった。
「あのドアの先はトイレになっています。貴方の仕事はトイレ掃除です」
新しい仕事は新しい場所にあるトイレ掃除だった。