796 レーベルオード伯爵からの提案
いくつかの話をした後、レーベルオード伯爵は時計に視線を移した。
「そろそろ時間だ」
リーナは呼び鈴を鳴らし、ヘンリエッタを呼んだ。
「面会は終わりです。移動の支度をしたいと思います」
「かしこまりました。ブライズメイド達を呼びます」
すぐに控えていたブライズメイド達が部屋の中に入って来た。
「きゃああああああーっ! リーナ様、最高に素敵っ!」
「とても綺麗だわ!」
「あまりの美しさに言葉が出ません」
「おはようございます。そして、おめでとうございます、リーナ様」
「おはようございます! またお会いできて嬉しいですわ!」
「初めまして。フローレンのベロニカです」
白い衣装に身を包んだブライズメイド達はそれぞれリーナに言葉をかけた。
「おはようございます。お会いできて嬉しいです。ブライズメイドを務めるのは大変かもしれませんが、ご助力いただきたく、どうかよろしくお願い致します」
「私はパトリック・レーベルオード。リーナの父親だ。ブライズメイドを務めて貰えることに心から感謝する。王家の婚姻における大役への抜擢に緊張しているかもしれないが、どうかよろしく頼む」
リーナに続いてレーベルオード伯爵が挨拶の言葉を述べ、頭を下げた。
ブライズメイド達は驚愕した。
パスカルしか退出していないことから、真珠の間にレーベルオード伯爵が残っているのはわかっていた。
レーベルオード伯爵が退出する前に呼ばれたため、軽い挨拶があるかもしれないことは予想していた。とはいえ、ブライズメイドを務めることについて何か言われるようなことはないと思っていた。
今回の婚姻は王家が仕切っている。花嫁側としてレーベルオード伯爵家の要望が全く通らないわけではないものの、全ては王家次第で全てが決定し、それに従わなければならない。
レーベルオード伯爵家が推薦した親族の女性二人がブライズメイドから外されてしまったことを考えても、レーベルオード伯爵とブライズメイド達の関係は非常に気まずいものだった。
だというのに、レーベルオード伯爵は名乗って挨拶をしたばかりか、頭を下げた。
ブライズメイドの中にデーウェン大公女とフローレン王女という別格の高位者がいるからではない。
父親として娘の結婚式にブライズメイドを務める女性全員への感謝と配慮のあらわれであることを誰もが感じていた。
「レーベルオード伯爵、ご丁寧にご挨拶くださりありがとうございます。私達はリーナ様のブライズメイドに選ばれたことをとても嬉しく誇りに思っています。この日のために備えて話し合い、練習もしてきました。最善を尽くしたいと思っております」
ヴィクトリアが年長者らしく全員の気持ちを代弁するように言葉を返した。
「ありがたくも心強い。だが、リーナも私もリハーサルをしていない。そこで、馬車へ乗る前に軽く練習をしたいと思っている。構わないだろうか?」
「練習ですか?」
「侍女達の方はどうなった?」
「問題ありません。お話をいただき、皆喜んでおります」
ヘンリエッタは心からの笑みを浮かべながら答えた。
「私の方から簡単にご説明しますと、この部屋を出て廊下を進む際、王聖堂におけるウェディングロードと同じように進みます」
真珠の間から馬車乗り場までは廊下を歩いて移動する。
その際は普通に移動すればいいだけだったが、直前の練習として活用する。
レーベルオード伯爵が花嫁をエスコートし、ブライズメイド達もウェディングロードを歩く際の配置につき、全員で揃えることを意識しながら歩いて細かい部分を確認したり調整したりするというものだった。
「名案です。それなら全員揃っての最終リハーサルを行うことができます。皆もそれでいいかしら?」
ヴィクトリアが尋ねる。
「大賛成!」
「むしろ、それでお願い致します」
「ぜひ、お願い致します!」
「さすがレーベルオード伯爵ですわ!」
「では、それで」
反対する者はいない。
もうすぐ本番だけに、後宮を出発する前にもう一度練習しながら確認できることを嬉しく思っていた。
「では、廊下に控えている者達に通達してまいります」
「護衛騎士にも練習をすることになったと伝えて欲しい。すでに話は通している。先導役としての歩調に切り替えてくれるだろう」
「わかりました」
「ブライズメイドの方々は立ち位置の方までご移動いただき、ベールとトレーンの方をお持ちください」
「ベールを持つのは屋外だけだと聞いたけど?」
ベロニカが確認する。
「王聖堂と馬車との移動におきまして、風が強いか雨が降っている場合はベールを持つことになっております。ですが、後宮における移動につきましてもお持ちいただきたく」
後宮の移動はウェディングロードと違って真っすぐ直進するだけではない。廊下のため、曲がる部分や階段もある。
何もしなければベールがよれて引っかかってしまう可能性が高く、スムーズに移動しにくくなると思われた。
一旦止まってベール担当が直したり持ったりする手もあるが、最初から端の部分を持ちながら一緒に移動した方が手間を省ける。
「わかったわ。端を広げて持てばいいのね」
「強く引っ張る必要はないわ。ただ移動を補助するためのものだから。少しゆとりをもたせるようにたるませましょう」
ヴィクトリアが細かく指示を出した。
「ノースランド伯爵令嬢と同じような感じで持てばいいのでしょう?」
「そうです。ベロニカ様は私を手本にして合わせて下さいませ」
「カミーラ、私達の責任はより重大になったわね」
廊下はまっすぐのものだけではない。非常に長いトレーンを持って歩くだけでも気を遣うというのに、曲がったり、階段を降りたりすることが加われば余計に大変だ。
「王聖堂のところも階段があります。丁度いい予行練習になるでしょう。曲がる際は外周になる方が素早く移動しなくてはなりません。階段も引っ張り過ぎてリーナ様の移動を妨げないようにも気を付けないといけません」
「そうね。私達のせいでリーナ様がつまずいたら大変だわ!」
「リーナ様とレーベルオード伯爵には申し訳ないのですが、直進でない時はできるだけゆっくりと移動していただけますようお願い致します」
「わかった。直進の時も時間が迫っていなければ、ゆっくり歩くつもりだ。ウェディングロードを早歩きで移動するのはおかしい。聖歌に合わせるように進む必要があるだろう」
「もしかして、一歩ずつ歩くようなタイミングでしょうか?」
「そこまでゆっくりではない。今からする練習でわかるだろう。花嫁をエスコートする私の動きにも注視して欲しい」
ブライズメイド達は花嫁に合わせると思っていた。
しかし、よくよく考えれば花嫁にはエスコート役がいる。エスコート役が移動速度を決めるため、全員が合わせるべき相手はレーベルオード伯爵だった。
「わかりました。全員でレーベルオード伯爵に合わせます」
「花嫁に合わせるわけではないの?」
ベロニカがまたも確認する。
「花嫁をエスコートするレーベルオード伯爵に合わせるのよ。エスコート役に従わずに花嫁だけ移動するわけがないでしょう?」
「それもそうね」
「但し、ウェディングベールとトレーンの担当はリーナ様とつながっている状態だわ。つまり、レーベルオード伯爵に合わせつつも、実際はレーベルオード伯爵に合わせるリーナ様に合わせることになります」
「やっぱり花嫁に合わせればいいわけ?」
「王聖堂ではウェディングベールを持ちません。レーベルオード伯爵に合わせればいいかと」
「なるほどね。今はベールを持つから花嫁に合わせるわけね」
「全員が同じタイミングで前に出ないと美しくありません。さすがに王聖堂で叱責されることはないでしょうが、後で呼び出されるかもしれません」
カミーラが誰のことを言っているのかは明白だった。
第二王子エゼルバードしかいない。
ブライズメイド達は騎士達に連行された元ブライズメイド二名の姿を思い出した。
エゼルバードの怒りを買えば、ああなるという見本だ。
「なんとなく寒くなってきたような……」
「いないのに見られている感じがするわ」
「みっともない真似は断じてできないわ。廊下を歩く時にもしっかりと気合を入れなさい」
「ウェディングフラワーの担当は前を見て歩けばいいのよね?」
アリアドネが尋ねる。
本来は清めの花と呼ばれる貴金属でできたブーケを持つが、ここにはない。王聖堂に着いた後、聖職者から受け取ることになる。
「ただ歩くだけじゃないわよ! 聖歌が始まったら最初に騎士達が進んで、間隔をおいて私達が進むの。そのタイミングが同じになるように合わせないと駄目よ!」
「わかっていますわ。ゼファード侯爵令嬢に合わせればいいのでしょう?」
「では、よろしいでしょうか?」
全員の緊張感が高まり、表情が引き締められた。
「これより練習を兼ねて馬車乗り場まで移動致します。最後にもう一度確認のために申し上げますが、花嫁は男性との接触を控えるしきたりがございます。ご家族であるレーベルオード伯爵以外の男性とのお話及び手を振る等の対応は一切ご遠慮下さいませ。では、扉を開けます」
真珠の間の扉が開かれた。





