794 朝の謁見
婚姻日における最初の儀式が始まった。
国王への謁見である。
「おはようございます。このような時間から謁見していただけることに感謝申し上げます」
「おはよう。我が息子であり第一王子でありエルグラードの誇り高き王太子クルヴェリオンよ」
いかにも儀式めいているとクオンは思った。
「本日、私はリーナ・レーベルオードを妻にします。偉大なるエルグラードの国王である父上に婚姻を認めていただけますようお願い申し上げます」
「リーナ・レーベルオードを妻にすることを認める。また、婚姻の贈り物としてヴェリオール大公位を授け、婚姻後はリーナにヴェリオール大公妃の称号を名乗らせることを認める」
「ありがたき幸せ。心からお礼申し上げます」
国王は謁見に同席している者達に視線を向けた。
「この場に同席している者達は証人となれ」
「仰せのままに」
代表であるエゼルバードの言葉に続き、全員が了承を示すために一礼した。
「よし、これで授与の儀は終わりだ。楽にしていい」
国王はそういったものの、最も早く楽にしたいと思っていたのは間違いなく国王自身だった。
「早起きできて良かった。叩き起こされたともいうがな。次は結婚式か。実に楽しみだ。王妃もそうだろう?」
全員の視線が王妃に向けられた。
「クルヴェリオンがようやく結婚してくれると思う気持ちと、これは始まりに過ぎないという気持ちに溢れております」
素直に祝福の言葉を述べたわけではなかったが、想定内のことだった。
「どのようなウェディングドレスなのか楽しみだわ」
第一側妃がにこやかに別の話題を上げた。
「エゼルバードがデザインしたそうね?」
「兄上と一緒にデザインしました」
「レフィーナは何が楽しみかしら?」
「宝飾品が楽しみです」
「そうね。てっきり王太子妃用のものを使用するのだと思っていたのに、リエラ妃のものだったし」
王家の女性用宝飾品は王妃が管理している。
クオンは王太子妃用のティアラと宝飾品を要望したが、側妃には貸し出せないと一蹴された。
そこでヴェリオール大公妃用のティアラはどうかと妥協したが、結婚式が終わったことによってヴェリオール大公妃になるため、その前の段階では着用できないと却下された。
王妃と王太子の主張が折り合わないのは誰もが予想していた。むしろ、ここで王妃が折れれば関係が改善されるのではないかという期待もあったが、王妃は了承しなかった。
そこで国王が直接管理している宝飾品の中から、形見として手元に残しておいたリエラ妃のティアラと宝飾品一式を貸し出すことになった。
「陛下とリエラ様の結婚式で使用されたものを拝見できる日が来るとは思いませんでした」
国王とリエラ妃の結婚式は私的な催しだったため、列席者は親しい友人及び前体制下における重臣だけだった。
「本当に。どんなものなのか楽しみね」
二人の側妃は愛想よく微笑み合ったが、その場の雰囲気を和やかにするための力はなかった。
「兄上」
話しかけたのはエゼルバードだったが、その隣にはレイフィールとセイフリードもいた。
「ヴェリオール大公位を得ましたこと、心よりお祝い申し上げます。そして、本日は兄上の誕生日です。結婚式も控え、幾重にも喜ばしい日になることは間違いありません。私、レイフィール、セイフリードからの特別な贈り物を用意しておりますので、どうかお受け取り下さい」
エゼルバードはいつの間にか手にしていた小箱を差し出した。
「三人からの贈り物なのか?」
「そうです。一人一人贈るのではなく、三人で一つの贈り物をすることにしました」
クオンは小箱を受け取った。
「この場で開けてもいいか?」
「ぜひ」
クオンは小箱の蓋を開けた。
あらわれたのは指輪だった。
金のバングル部分は太めで、その中に四つの宝石がある。
灰色、スカイブルー、緑、水色。
兄弟四人の瞳の色だった。
「とても嬉しい。右用か?」
「はい。薬指のサイズに合わせておきました」
クルヴェリオンは早速右の薬指に指輪をつけた。
「いかがでしょうか?」
「兄弟の強い結束を感じられる。私の心を支えてくれるだろう」
「兄上には我々がついている」
レイフィールは力強く宣言した。
「良き日となりますよう、できる限りのことをします」
セイフリードは感情の起伏を抑え、大人しくしているつもりだった。
「お前達にはしっかりと伝えておきたい。私は妻という新しい家族を迎える。だが。寂しく思う必要はない。私は兄であり、お前達は弟達だ。永遠に家族であり続ける。わかったな?」
エゼルバードは嬉しいからこそ、困ったような表情になった。
「兄上の寛大で慈愛溢れる言葉に甘えてしまいそうです。お許し下さると嬉しいのですが」
「すでに許している。私にとってかけがえのない存在は妻だけではない。お前達もかけがえのない存在だ」
「兄上を支えて守ると言ったばかりだというのに、早速私達が守られてしまった。すまないと思うが、嬉しくて堪らないのも事実だ」
レイフィールも苦笑する。
「謝る必要などない。いつでも私の元に来ればいい」
「わかりました。リーナではなく兄上の元に行くようにということですね」
セイフリードの発言に、今度はクオンが苦笑する番だった。
「リーナを姉妹のように思い、大切にしてくれると嬉しい。婚姻後はプライベートな時間も増やすつもりではいるが、執務が優先になってしまうことも多いだろう。その時は私の代わりに家族の一員としてリーナを支え、守ってやって欲しい。うるさい者もまだまだ多くいるだろう。お前達の力が必要だ」
「わかりました。ですが、その件についてはすでに手を打っています。さほど気にされる必要はないかと」
「私も手を打っている」
「同じく」
セイフリードにエゼルバードとレイフィールの視線が集まった。
「セイフリードも?」
「どんなことをしている?」
「秘密だ」
「そうか。安心した。細かい部分は任せる」
クオンがすぐにそう言ったため、エゼルバードとレイフィールは深く追求するのをやめた。
「すでに三つも贈り物を受け取った。私は幸せ者だ」
「三つ?」
エゼルバードは眉を上げた。
「婚姻許可と大公位と指輪だろう」
レイフィールが応える。
普通に考えればそうなる。
しかし、エゼルバードは鋭い。
わざわざ『三つ』と言った意味があるはずだと感じた。
「兄上、最初に受け取った贈り物は何ですか?」
クオンは期待通りの質問をしたエゼルバードを心の中で褒めた。
「誕生日祝いのハンカチだ」
弟達は王妃からの贈り物ではないことを強く願った。
「花嫁としての準備で忙しいというのに、就寝前の時間を利用して刺繍をしてくれたらしい。届けに来たのはパスカルだった。早く会って直接礼を伝えたい。とてもリーナらしい刺繍だ。バラの色が緑だった」
エルグラードと王家の花はバラだ。色は赤。
王太子の色が緑とはいえ、花を緑にするのは非常に珍しい選択だった。
「緑のバラとは……リーナらしさを感じさせます」
「独特だな。緑のバラの花言葉は何だ?」
「希望を持ち得る、穏やかの二つだ」
レイフィールの質問に答えたのはセイフリードだった。
「まさに相応しいな。兄上にも、この日にも」
「しかも、一輪だった」
弟達は一輪のバラの意味を正しく理解した。
……兄上は面倒見がいいですからね。
……頼りにされると喜ぶ性格だからな。
……非常に効果的だ。
「一目惚れということか?」
国王である父親が会話に参加して来る。
「違う。別の意味だ」
「別の意味? 何かあったか?」
父親はもう一つの意味を知らなかった。
「あなたしかいない、という意味もある」
「なるほど、惚気か。花嫁のブーケにあしらうアイビーを自ら採りに行くほどだからな。お前は世界で一番の幸せ者だ。間違いない」
クオンはまさに幸せそうな表情で頷いた。





