79 アリシア・ウェズロー
アリシア・ウェズローは王太子の執務室に呼び出された。
クオンの乳母を務めた女性の娘で一つ上の幼馴染。王太子付き筆頭侍女として働いていたが、妊娠したために結婚退職。
現在は妻としての仕事や子育てに専念しているが、時々クオンから個人的に用事を請け負うこともあった。
「ヘンデルは下がれ」
「俺には話せないこと?」
「そうだ」
不満気なヘンデルを追い出し、クオンはアリシアに着席するように言った。
「相談がある。後宮にいる女性を保護したい」
「なんですって?」
アリシアは思わず叫んだ。
「ついに好きな女性が見つかったのね!」
「違う」
クオンは否定した。
「後宮へ仮眠しに行った際、召使いに会った。勤勉で誠実な女性なのだが、エゼルバードに目をつけられた」
「第二王子に? 口説かれているということ?」
「情報収集の相手として利用したがっている」
「後宮の召使いということは平民よね? 下位の情報を知りたいということ?」
アリシアは考え始めた。
「そのようだ。だが、私がその者を知っていることを知り、余計に興味を持ってしまったようだ。注意して近寄らないよう約束させたが、代わりにロジャーを動かした」
「呼び出して尋問したの?」
「情報収集のためにデートに誘った」
「ロジャーがデートですって?」
アリシアは驚いた。
側近中の側近であるロジャーは多忙なために自ら動くことは厳選されている。
召使いからの情報収集は重要だと判断された。呼びつけるだけでいいと言うのに、デートに誘ったのも違和感があった。
「よく動いたわね?」
「エゼルバードの興味がそれだけ強い証拠だろう」
クオンはため息をついた。
「偶然会ったことがあると言ってしまったのがよくなかった気がする。その女性からエゼルバードを遠ざけることができないか?」
「情報収集させたくないの?」
「そうだ」
「でも、ただの召使いでしょう? 大したことは知っていないのではなくて?」
「すでに役立ってしまった」
クオンはリーナが過労で倒れたこと、それを発見したのがエゼルバードだったこと、それがきっかけで後宮の医療費に絡んだ益を手に入れたことをクオンは話した。
「他にも使えそうだと思ったようだ」
「そうかもね」
第二王子は直感で動くことをアリシアは知っている。
一度役に立っているのであれば、次があると感じてもおかしくはなかった。
「役立たなければ、エゼルバードは容赦なく切り捨てる。心を傷つけるようなことになるかもしれない。これまでも散々にしてきたことだ。善良な者を傷つけてほしくない。何か考えてほしい」
「王太子が動くほどのことなの?」
アリシアが真っ先にそう思った。
「情報収集をするぐらいは普通でしょう? 気にする必要はないと思うわ。偶然会っただけの召使いでしょう? 何かあっても自己責任ではなくて? 王太子が気に掛けることではないわ」
クオンは困惑の表情を浮かべた。
アリシアがそのように言うとは思ってもみなかった。
「王太子が気にかけているから、ちょっかいをかけているだけじゃないの? 放っておけばすぐに興味をなくすわよ」
「それはできない。善良な者を見捨てるようなことはできない!」
クオンは良心に従いたい。譲れない。
リーナのためだけではなく、エゼルバードのためでもあると思っていた。