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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第七章 婚約者編

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789 夕食会議

 金曜日の夜。極めて珍しいことが起きた。


 人によっては奇跡と思うのかもしれない。


 エゼルバードがセイフリードを夕食に誘い、セイフリードがそれを了承したのだ。


 但し、夕食以外にも用意されたものがある。書類だ。


 食事を取りながら書類を読み話し合いをする。


 つまり、会議だった。




「用意できますか?」


 前菜とスープを食べ終えると、エゼルバードはセイフリードに尋ねた。


 セイフリードは食事に全く手をつけることなく書類を読んでいる。


「用意はできる。但し、時間はかかる」


 エゼルバードが用意した書類に書かれていたのは王太子の成婚記念硬貨の購入希望者と購入内容に対して必要になるギニー紙幣の額だった。


 購入するにはギニー紙幣が必要なためか、金貨の売れ行きが奮わないのはわかっていた。


 そこで、王太子の独身さよならパーティーの土産にすることで身分の高い者達への宣伝をすることにした。


 このことは必ず話題になる。様々な場所で話され、購入を検討する者達が増える。


 エゼルバードとその配下が裏ルートでの購入を請け負うことも内密に伝える。


 ギニー紙幣ではなくギール紙幣、外貨でも購入できるとわかれば、当然のごとく注文が増えると予想された。


 それが見事に的中し、予想をはるかに上回る注文が殺到した。


 成婚記念硬貨が売れるのはいい。婚姻関係の支出が多いだけに、臨時歳入は嬉しい限りだ。


 但し、ギールや外貨で購入してしまうと、ギニー紙幣の回収ができない。


 そこで、裏ルートでは手数料を支払って必要分のギニー紙幣を購入し、それで成婚記念硬貨を買うということを説明していた。


 現在は裕福な者達を相手にしたギニー紙幣の販売が過熱しており、かなりのぼったくり状態が横行している。


 一部ではギニー紙幣をよく知らない裕福な者達を騙し、偽札を渡すような詐欺も発生していた。


 そういった状況を考えれば、エゼルバード達による裏ルートを利用するのが賢く安心だろうと思う者達が多くなるのは必然だ。


 エゼルバードは集めた資金でセイフリードからギニー紙幣を購入し、それで成婚記念硬貨を購入することになっていた。


 この方法であれば、結果的にはギニー紙幣で購入したことになり、ギニー紙幣も回収できる。


 手数料はエゼルバードとセイフリードで山分けだ。


 問題は、セイフリードが必要なギニー紙幣を集めることができるかどうかだった。


「どの程度かかりそうですか?」

「思ったよりも多い。今後も追加されることを考えると、一カ月程度だろう」

「遅すぎます。聖夜が終わってしまうではありませんか」


 基本的には成婚記念硬貨を手に入れたかどうかを自慢するためか、今後の価値が上がることを期待する投資目的でも購入希望者が多い。


 但し、一部の者達については別の目的があった。


 一つは他国出身者や他国に在住あるいは赴任中の者達が土産として大量に欲しがっていることだ。


 また、十二月には聖夜がある。


 成婚記念硬貨は愛と幸せのチャームとしても評判なだけに、聖夜の贈り物としても丁度良く、やはり大量に購入を希望する者達がいた。


 それらは期限がある。帰国日や聖夜の数日前までには記念硬貨を渡さなければならない。


「先に配ればいい」


 本来であれば記念硬貨を販売している銀行に行き、ギニー紙幣を渡して購入する必要がある。そうしなければ手に入らない。


 しかし、エゼルバードは王子だ。わざわざ銀行に行く必要はない。


 造幣局から直接取り寄せることもできなくはないが、側近のシャペルは銀行家だ。


 シャペル自身が管理しているクレメンタイン・ギール信託銀行、父親が経営しているディーバレン銀行、伯父が経営しているローゼンヌ銀行に対してはいくらでも融通が利く。銀行家同士による横のつながりも利用すれば、かなりの銀行の協力が期待できる。


 ギニー紙幣での支払いは後回しにさせ、先に各銀行が保有している成婚記念硬貨を集めて注文者へ配る。


 ギニー紙幣が集まったところで各銀行に支払えばいいだけとセイフリードは示した。


「絶対に用意できるのですね?」

「それは確約する」

「まあ、無理だとなっても困るのはセイフリードですからね」


 実を言えば、成婚記念硬貨の発行そのものがセイフリードの発案だった。


 九月に婚姻することが発表された夏の終わりの時点では、成婚記念硬貨や記念切手の話は全くなかった。


 身内だけの挙式にするつもりだっただけに、費用もそれほどかからない予定だった。


 しかし、ユクロウの森林火災が起きたことにより、事情が一変する。


 延期するだけでも費用が増加し、招待者数を増やして大規模にすればするほど支出も膨らんでいく。


 それを解決する方法としてセイフリードが成婚記念硬貨や記念切手の販売をクオンに進言し、自ら担当者になることを申し出た。


 王太子の許可が出ると同時に成婚記念の硬貨や記念切手の販売に関して国王府、宰相府、財務省に説明し、許可を得た。


 王太子の婚姻費用の負担への対応策だけに、関係者が臨時歳入の話に飛びついた。


 但し、通常は正妃との婚姻に際して発行され、側妃との婚姻の際に発行されたことはない。


 前例がないことを懸念する声もあったが、王太子が一人しか妻を娶らないと決めている以上、王太子の成婚記念硬貨を発行する機会は今しかない。


 なかなか回収が進まないギニー紙幣の回収目的を絡めることで、実行するための正当性をより高めてもいた。


 結局、予想される支出は莫大だ。臨時歳入が欲しいという気持ちが勝利を収め、セイフリードの思惑通りに事が進んだ。


「気になることを耳にしました」


 エゼルバードは魚料理を下げた代わりに運ばれた肉料理を切り分けながら言った。


「神殿でも成婚記念硬貨の販売を扱うとか」


 通常は銀行のみ販売を行う。


 成婚記念硬貨は結局のところ通貨だからだ。


 但し、販売とはいっても利益が出るわけではない。等価交換をするだけになる。


「最近、神殿へと足を運んでいるそうですね? 売り込みに行ったのですか?」

「視察だ。いずれは公務にすることを前提に現場を見に行った」


 セイフリードが成人した際に担当する公務についてはすでにいくつかの候補が出ている。


 宗教関係を取り扱う神殿庁の担当を希望しており、王太子や国王、宰相も問題はないと考え内々に許可を出している。


 但し、神殿庁長官及び関係者は第四王子が担当になることを快く思ってはいない。


「その際に記念硬貨の話になったのですか?」

「聞きたいか?」

「確認しておきたいのです。後で問題にならないかどうかを」

「下げろ。全員だ」


 エゼルバードはすぐに給仕達だけでなく、部屋の端に待機している護衛騎士達も全員下がるように命じた。


 部屋にはエゼルバードとセイフリードの二人だけになる。


「それで?」

「合金硬貨の発行数はかなりある」


 セイフリードの希望により、金貨の枚数については上限を設けているが、合金硬貨についての発行上限は設定されていない。


 造幣局の制作期間等もあるため、一時的にどれほどの量を鋳造するかは決まっているが、国王の許可さえ出ればいくらでも追加することができる。


「王都での売れ行きが思った以上に鈍い。まだ販売して間もないというのはあるが、婚姻日の後は祝福ムードが落ち着く。当然、成婚記念硬貨の販売も落ちる。売れ残るようなことがあっては困る」

「販売を強化したいというのはわかります。ですが、聖夜もあります。その際にもう一度販売を強化すればいいのでは?」


 セイフリードはそのことも見越していた。


 制作期間を考えるとあまり多くの記念硬貨を販売することはできない。制作数が少ないというよりは、販売開始から婚姻日までの期間が短いためだ。


 しかし、王太子の婚姻から一カ月後には聖夜になる。


 事前に愛と幸運のチャームとしての評判を高めておけば、聖夜の贈り物としても活用できると思う者達が必ずいる。


 そこで様々な場所で愛と幸運のチャームだという噂を流し、販売期間を聖夜まで延長して売り切る作戦だった。


 金貨についてはプレミアとしての価値を維持するために発行枚数を限定しなければならないが、合金硬貨は関係ない。


 それだけに作れるだけ作り、捌けるだけ捌きたいのが本音だった。


「追加販売をするには、王都での販売実績を伸ばす必要がある。地方へ回した分については既にどこも完売で追加を待っている状態だが、王都に在庫がある以上、安易に追加することはできないと言われた」

「誰にですか?」

「宰相だ」


 さすがのセイフリードでも説得するのは難しい相手だった。


「地方の方が売れているのですか?」

「地方では金貨の取り扱いが極めて少ない。その影響で合金硬貨が大量に売れている」

「王都で売れ残っている分を地方に回しては?」

「各銀行に協力を要請している。在庫が多くある場合は、他の銀行や地方の支店に回すように通達した」

「だというのに、神殿でも販売するのですか?」

「まずは王都内にある神殿だけだ。銀行よりも気安く足を運びやすい。祈りを捧げるためであれば誰でも行ける場所だからな」


 記念硬貨は通貨である以上、扱う場所を銀行にするというのはおかしくない。


 だが、『記念品』として見た場合は違う。


 通常、銀行は『記念品』を買う場所ではない。商品はあるが、物的なものというよりは金融商品だ。


 そのため、何らかの用事で銀行に行き、記念硬貨の販売を知って買う者がいる一方、記念硬貨を買うためにわざわざ銀行に行くのをためらう者もいる。


 特に貴族銀行は裕福ではなさそうな者、いかにも低所得者と思われるような身なりをした者を中にいれたがらない。


「神殿は基本的に誰でも受け入れる。神を信じるのであれば、愛と幸運のチャームを欲しがる者も多くいるだろう。神殿が売る護符を購入するよりも安いどころか、現金そのものだ。得だと思うかもしれない」


 セイフリードの推測は正しいとエゼルバードは思った。


 しかし、それでは逆に神殿の護符が売れなくなる可能性がある。


「よく神殿が受け入れましたね?」

「歓迎された」

「なぜです?」


 何か理由があるはずに決まっているとエゼルバードは思った。


「素直に話すと思うのか?」

「たまには自慢させてあげましょう。優秀なことを私にアピールするのは確実に得ですよ?」


 セイフリードは眉を上げたが、反論はしなかった。


「僕の管轄には手を出さないと約束できるか?」

「それが暗黙の了解です」

「確約しろ。宗教関係と神殿庁は僕の管轄になる。手を出すな」


 非常に大きな益があるということは確かだった。


 エゼルバードはそれが何かがわかっても、セイフリードから横取りするつもりは毛頭なかった。


 セイフリードが自分の力で第四王子としての立場を確立していくには、若くして大学や大学院を卒業するだけでは不足だ。


 多くの実績、そして、財力が必要になる。


 それを調達するためにセイフリードが自身の頭脳を駆使するのは当然のことであり、むしろ兄の負担を軽減するためにも自分でなんとかするのが望ましかった。


「私は弟の力を奪わなければならないほど自分を弱いとは思っていません。安心しなさい。但し、私や兄上の邪魔をするような力は必要ありません。遠慮なく削ぎます。それを理解するだけの賢さがあるのであれば、何も心配する必要はありません」

「確約するという意味か?」

「私と兄上の邪魔をしない内容であればそうですね」

「邪魔にはならない。兄上やお前が関知しない部分を僕が活用するだけの話だ」

「問題ありません。それで?」

「神殿は銀行と同じだ」


 神殿は祈願料や寄付、宗教関連の販売によって多額の現金を所有している。


 貴族や裕福な者達は全てギール紙幣や小切手を渡す。しかし、多くの一般人は現金だ。


 神殿は支出する際、ギール紙幣や小切手を優先的に使用する。


 小切手は必ずしも現金化できるかわからない。無効のものかもしれないため、確認のためにも早めに現金化するか、銀行口座への入金や支払い用に回す。


 商人等との取引においても、大量のギニー紙幣や硬貨を毎回渡すのは嫌がられる。


 銀行に持っていくのも同じく。あまりいい顔をされない。


 両替という等価交換における金額的な損失はない。だが、一ギニーさえ儲からない業務に対しての手間がかかり過ぎる。それを神殿も銀行も損だと捉えるのだ。


 結局、使い勝手の悪いギニー紙幣や硬貨が大量に金庫を圧迫しており、神官達によってなんとかじわじわと消費しているというのが現状だ。


 セイフリードはそのことに目をつけた。


 神殿が保管しているギニー紙幣を一気に大量に引き取り、ギールに交換することを伝える。但し、交換の一部は合金製の成婚記念硬貨になる。


 そのまま神殿が記念硬貨を保管していても問題はない。特別な絵柄の硬貨というだけで、今後も現金として使用することができる。


 ギール紙幣等に交換したければ神殿の土産を扱う場所で販売すればいい。普通にチャームとして売れる。


 神殿が保有する分を売り切れば、それ以上の販売については任意だ。欲しければ、ギニー札と交換できる分についてのみ手配する。


 神殿内の金庫で埋もれ続けるギニー紙幣を大量に引き取ることへの対価として、成婚記念硬貨の販売促進に貢献し、国や王家への忠義を示すことにもなる。


 第四王子直々の話だけに、今後にも強く影響するだろうと考える。協力を惜しむわけがなかった。


「つまり、神殿からギニー紙幣を回収し、それを私に転売しているわけですね?」

「僕だけ儲けているような言い方をするな」


 セイフリードは不機嫌そうに答えた。


「手間がかかるのは僕の方も同じだ。破損した紙幣や偽札についてはエゼルバードに流せない。手数料の半分を貰うことで、用意することにかかる人件費や諸経費と共に相殺する。金銭的な益は非常に少ない。偽札が多いと赤字だ。だとしても、神殿関係者とのコネができる。執務に関わるだけに有益とみなしている」


 セイフリードの説明におかしなところはない。


 だが、それだけではないことをエゼルバードははっきりと感じていた。


 そもそも、成婚記念硬貨の販売に関係なく、神殿からギニー紙幣を回収すればいいというのに、それをしないで活用すること自体が狡猾だった。


 神殿側から見てうま味が感じられる取引話に思わせることで良好な関係と取引の実績を作り、将来的に執務をすることへ備えているのは明らかだった。


「……まあいいでしょう。互いに益がある話ではあります。ですが、王都内の神殿から集めるのであれば一カ月もかかるようには思えませんが?」

「主要都市で集めた分を引き取ることも計算した。ギニー紙幣は国内中にある。今回は実験的な意味合いもあるが、可能な限り集めたくはある」

「一カ月程度で国内中のギニー紙幣を集めるのは無理では?」

「何らかの機会を利用してギニー紙幣が回収できることを証明するには十分だ」


 セイフリードは断言した。


「僕が正式に執務を担当することになったら、神殿からのギニー紙幣の回収を常時や義務化にしてもいい。銀行に任せておくだけでは、回収が一向に進まないのは明らかだからな」


 それもまた悪くないどころかいい話ではある。


 しかし、セイフリードの担当は宗教及び神殿庁だ。ギニー紙幣の回収を主要な執務にしているわけではない。


 ギニー紙幣を回収しても、公式に発表して評価できるような功績にはならない。


 内政を担当する王太子の補佐として、細々とした部分に貢献するのはいいが、造幣局、つまりは財務省絡みでもある。


 要注意だとエゼルバードは感じた。


「話はそれだけか?」

「いいえ。ですが、何も食べていないのは気になります。私を信用しない者との取引はどうかと思ってしまいますね。デザートだけでも食べたらどうですか?」

「何が出る?」


 セイフリードは尋ねた。


 かつてのセイフリードであれば、確認することもなくすぐに拒絶していた。


「食事に手をつけなさそうだとは思っていたので、数種類の盛り合わせにするよう指示を出しました。チョコパフェは必ずあります。私が個人的にリクエストしたのでね。一緒に食べませんか? ブライズメイドの件もどうなったのか教えてあげましょう。あの二人を入れることに大反対していましたね? 喜ばしい話になるかもしれません」


 セイフリードは眉をひそめつつ答えた。


「デザートを用意させろ。見てから決める」


 エゼルバードは笑みを浮かべながら呼び鈴を鳴らした。


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