787 式場確認
結婚式の前日である金曜日はリハーサルが行われることになっていた。
午前中、クオンはエゼルバード達と共に王聖堂を訪れ、飾り付け等に問題がないかを自らの目で確認していた。
「やはりお前は天才だ」
結婚式の準備について陣頭指揮を執っていたエゼルバードをクオンは心の底から褒め称えた。
「喜んでいただけたようでなによりです」
「木を装飾に使うとは思わなかった」
王聖堂の中には何本もの常緑樹がそびえたっている。
通常は多くの花を飾り付けるが、冬の時期だけに多くの花を取り寄せるのは費用の面における負担が大きい。
しかも、結婚式だけではなく、その後に行われる昼食会や披露宴などにおいても多くの花々を用意しなければならない。
そこでエゼルバードは常緑樹を巨大な植木鉢に移植し、ウェディングロードや会場内に両脇に飾り付けることにした。
こうすることで聖堂内に自然の醸し出す癒しと清浄さを感じさせ、まるで森の中にいるかのような雰囲気を演出できる。
一般的な花で飾り付けた結婚式とは違う特別さを感じさせることも可能だ。
「お前が描いた絵を連想させる。私が最も好きな絵だ」
エゼルバードの嬉しさは増すばかりだったが、説明役を務めなければならない。
必死に自らを落ち着けようとした。
「兄上の色は緑です。そこに、リーナの生まれ故郷であり、幼き日を過ごした森のイメージを重ねました」
エゼルバードが木を式場の装飾として取り入れたのは、王太子の色と花嫁の故郷を取り入れるためだったが、それ以外の理由もあった。
「花嫁は一番注目され、緊張してしまうでしょう。だからこそ、癒しの空間を演出しつつも、神聖な婚姻を結ぶ場として相応しくなるように考えました。これはリーナの着想をヒントにしていますので、必ず気に入ることでしょう」
「リーナの?」
クオンは眉を上げた。
「相談したのか?」
「いいえ。リーナが養女としてデビューをする際、レーベルオード伯爵家の屋敷に行きました。その際、部屋の一つがとてもシンプルな休憩室になっていたのです」
リーナは招待客の疲れを癒すような休憩室を考え、豪華な装飾はあえてない白い部屋に、植木やアイビー、花の鉢を置くことにした。
多くの植物を見ることによって心が癒されるだろうと考えつつ、一度限りの飾りつけのために植物達の命を奪ってしまうことをためらい、切り花等ではなくあえて植木鉢にした。
エゼルバードはそのことを思い出し、結婚式に植木を活用することにしたのだった。
「結婚式で使用した木々はいくつかの場所に寄贈します。インヴァネス大公にも一つ贈る予定です」
「インヴァネス大公に?」
クオンは眉をひそめた。
「大規模な森林火災によって、ミレニアス側の森林地帯は多大なる被害が出てしまいました。広範囲に渡って焼失してしまったのはご存知かと」
焼失した森を復元するのは難しい。
時間がかかる。人為的な対策を取るほど費用もかさむ。
「インヴァネス大公はこの件についての陣頭指揮を執るとのこと。災害からの回復を願う贈り物にすることで、二国間の関係もまた回復させていきたいと思っています。インヴァネス大公は必ずこの贈り物に喜び、大切にするでしょう」
贈る相手がミレニアスではなくインヴァネス大公というところがポイントだ。
外交的な体裁を整えつつも、実際は娘の結婚式に使用された品を贈ることで実務担当であるインヴァネス大公を喜ばせ、関係強化を図るつもりでいるのは明らかだった。
新年からはエゼルバードが外務統括になる。ミレニアスとの問題解決は重要課題なだけに、下準備も抜かりなく進めているというアピールでもあった。
「お前が正式に外務を担当することで、ミレニアスとの問題を改善できるかもしれない。期待している」
「正式に担当するからには、大きな成果をあげたいと思っています。レイフィールとも話し合って対応しています」
「国軍を積極的に動かしているということか?」
「インヴァネス大公軍の協力要請で、違法農園の取り締まりを手伝っている」
レイフィールが答えた。
インヴァネス大公軍は近隣の地方各所から集めたミレニアス軍だけでは不足と判断し、エルグラード軍に協力要請を求めた。
最初は国境を越えてエルグラードに逃亡する違法行為者を捕縛して欲しいという内容だったが、現在はインヴァネス大公軍の現地案内役を伴い、ミレニアス領内における活動にも従事している。
「現地で活動する国軍の情報は貴重です。それを元に両国の国境線の明確化と違法行為及び森林災害への予防策を検討し、外交上のテーブルに乗せるつもりです」
「具体的な話は出ているのか?」
「いいえ。個人的なやり取りはしましたが、公式なものではありません。今はまだ被害状況の確認と、周辺地域の治安確保が優先です。ミレニアスも来年度の予算編成で忙しいはずですので、取りあえずはユクロウの森についての予算を十分に確保することが重要でしょう」
「植林するといって予算をもぎ取らせろ。実際は別のことへ使えばいい」
焼失した森を回復させるための人的対応策として、最も一般的なものが植林だ。
しかし、一部の専門家は成長の早い木を植林することによって逆に自然環境のバランスが崩れてしまうことや、急成長した木々が災害の再発を促し、より被害を拡大させてしまう恐れがあることを懸念し、植林による森林の再生に懐疑的でもある。
自然は簡単には回復しない。だが、人為的に手を加えない方が生態系を破壊しにくく、本来の自然環境に添った回復を促すことができる。
そこで、エゼルバードは植林によって焼失した部分の森を再生するのではなく、その予算をユクロウの森全体の環境保全と災害予防、違法行為の防止対策にまわすようインヴァネス大公に働きかけていた。
「勿論です。インヴァネス大公はユクロウの火災以降、積極的に国内における権力を固め、軍もかなりの割合で掌握しています。おかげで今後は何かとやりやすくなるでしょう」
「そうか」
クオンとリーナの結婚は政略的なものではない。
だが、リーナを妻にすることで、クオンはインヴァネス大公とつながることができ、協力を得ることも可能になる。
エルグラードにとって非常に有益なことであるのは確かだ。
しかも、ミレニアス王家や国に対し、大きな見返りを与える必要はない。インヴァネス大公を個人的に満足させるだけで済む。
ミレニアスへの対応の中には軍事的なことも含まれるだけに、外務担当のエゼルバードと軍務担当のレイフィールが協力し合うことが必要だ。
競い合うこともある弟達だが、目的を定めることで一致団結することもできる。エルグラード王家の兄弟間の結束もより強く固くできる。
また、王家の外戚に連なることを理由に、周辺国において知名度の高いレーベルオード伯爵家の力を活用しやすくなる。
リーナのおかげで様々なことがクオンにとって都合のいい方向へと流れだした。
「今後が楽しみだ」
「では、聖壇の方へ」
クオンはエゼルバード達と共に聖壇の下へと移動した。
「兄上は付添人と共にここまで来て待機になります。その後、国王が入場し、最後に花嫁が入場します」
花嫁が入場する際は聖歌が流れる。
ウェディングロードにおけるエスコート役は養父であるレーベルオード伯爵が務め、花嫁がクオンの元へ到着すると、エスコート役が交代になる。
「兄上はリーナをエスコートして聖壇の方へ上がって下さい。係の者がウェディングブーケを受け取ります。その後、聖職者による儀式が始まります」
その後は儀式の順序通りの説明が行われる。
王家の結婚式とはいっても、宗教的に独特なスタイルのものでなければ、基本的な部分は一般的な結婚式と同じ流れだった。
「結婚指輪は兄上が取り、自分の左薬指につけた後、リーナの左薬指につけます」
「わかった」
「祝福の言葉の後は、夫婦になったということをより明確に示すための口づけを行います。省略することもできますが、いかがいたしましょうか?」
「省略はしない」
「では、指輪をつけた後の流れとしては、そのまま手を引いて自分の方を向かせ、花嫁のウェディングベールを上げます。口づけの場所はお好みの場所で構いません。額でも頬でも、ウェディングベールでも」
「唇ではないのか?」
「それが一番いいのですが、恥ずかしがる者やあえて避ける者もいます。大勢の者達が見ているので、気にしてしまうのでしょう。手に口づけをする場合はウェディングベールを上げないで下さい。動作としてそぐわなくなります」
「そうだな」
「口づけの後は婚姻証明書が用意されますので、サインをしていただきます」
緊張のあまり綴りを間違えたりインクの染みができてしまったりしても、その場においては平然と振る舞っておく。
後で書き直したものと交換すればいいだけであるため、取り乱したり懸念したりする必要は全くない。
「確認と承認を持って儀式は終了です。順次退場になるのですが、付添人とブライズメイド達は後ろに付き従う形になります。前方の先導は護衛騎士になります」
「リハーサルをすると聞いていた。付添人達も全員揃うと思っていたが、違うのだな」
クオンに同行しているのは三人の弟と側近、護衛騎士のみで、後は聖職者や警備等の関係者だけだった。
招待客や付添人を務めることになったアイギス、リカルド、リアムもいない。
「兄上の時間は貴重です。この後も様々に予定があります。デーウェン大公子達がいると何かと話かけられ、予定に狂いが生じるに決まっています。ですので、外部の者達は全て大聖堂に集め、そこでリハーサルをすることにしました」
王聖堂における説明及び確認は王家の関係者のみで行われ、その後は当日まで完全に封鎖されることになっていた。
「ブライズメイドの件についてもご心配なく。全て私にお任せ下さい」
あの件か。
クオンは手を握り、沸き上がりそうな感情を瞬時に鎮めた。
「任せる」
「御意」
エゼルバードは微笑んだが、冷たさをはらんでいるように見えた。
王聖堂の荘厳さや漂う清浄な空気のせいではない。
大聖堂にブリザードが吹き荒れる予兆を誰もが感じ取っていた。





