786 休める場所
やがて、レストランの準備が終わる。
まだ残っている者達が手分けしてそのことを階下の者達に伝えに行くことになった。
リーナはラブと共にその者達に紛れて階下に降り、すでにずっと用意されたままになっていた馬車の方へと移動した。
「喜んでくれるといいですね」
リーナは馬車の中で呟いた。
休憩室の座席は通常のレストランと同じ配置にした。その方が翌日の営業を再開しやすくなると考えた。
テーブルの上にはすでに軽食やお菓子の小皿を適度に分散して置かれている。
水の入ったピッチャーとグラス、カトラリーも最初から席数分がテーブル上にある。
それらは全て無料で自由に使えるが、セルフサービスだ。
通常のセルフサービスは飲食物等の専用コーナーを設け、自分で取りに行くようなものになるが、そうしてしまうと専用のコーナーに人が集中してしまい、混雑して並ぶことになってしまう。
しかも、誰かが取った後はだんだんと綺麗な盛り付けが崩れてしまい、最後の方は残りもののように見えてしまいかねない。
すでに疲れている者を並ばせてまた混雑を味わわせたり、がっかりさせたりするようなことはしたくなかった。
だからこそ、最初から必要だと思われるものは全てテーブル上に用意した。
軽食やお菓子等を全てのテーブルに公平に分散させることもでき、休憩室の利用者がわざわざ自分で取りに行く手間も省ける。
東方の国では相手のことを思い、考え、心を込めて様々なサービスや対応をすることを『おもてなし』という。
リーナはパーティーの参加者達やレストラン関係者達と一緒に様々な準備をしたことが、休憩室の利用者への『おもてなし』になると思った。
「ただの休憩室かと思ったら軽食やお菓子がつまめるようになっているわけだし、喜ぶとは思うわよ。お茶はないのかって絶対に聞く者がいそうだけど」
有料で付加サービスをすることも再度検討されたが、一切しないことになった。
すでに告知されている内容とかけ離れ過ぎてしまうのはよくない。給仕の負担も重くなる。
一番の理由は快適過ぎると長居する者が増え、席が空きにくくなるのを防ぐためだった。
限りなくカフェと同じようにすると、無料の軽食や菓子があるだけ優遇状態になる。
より多くの女性達に休んで貰うことを前提に、あえてサービスを充実させるのはやめることにした。
公平に、思いやりを込め、多くの疲れた女性達に一時だけでも休んで貰うための休憩室にすることをリーナと残っている全員で決めた。
リーナ達の話し合いを黙って見守っていた給仕やレストラン関係者は内心感動していた。
連日の混雑、王太子の独身さよならパーティー、レーベルオード伯爵令嬢のブライダルシャワーとカフェの増席営業により、厨房及び飲食物関係者の緊張と疲労はとっくに限界を越えていた。
リーナ達の判断は、王立美術館の厨房及び飲食物関係者の負担を最大限に減らすものでもあったのだ。
「何気に準備中、楽しそうだったわね」
リーナは準備をしながら周囲にいるパーティーの参加者達と話をしていた。
話す内容は準備に関することが多かったが、雰囲気は非常に良かった。誰もが協力的で、楽しいだけでなく勉強にもなったと喜んでいた。
「そうですね。皆がすぐに協力してくれたので助かりました。盛り付けもテーブルセッティングも綺麗に仕上がったと思います」
「学校の調理実習や体験実習のようだったわね」
ラブは盛り付けの担当ではなかったが、その様子をしっかりと見ていた。
リーナは学歴がないが、侍女としての経験がある。しかも、王族付き。そのことは胸を張って誇れる経歴だ。
その時に学んだことは王宮式や後宮式であるため、自信を持って誰かに教えることができる。
パーティーの参加者達はリーナが王族付きの侍女だったことを知っているが、テキパキと動いたり指示をしたりするリーナを見て、優秀な王族付きの侍女だったということを強く感じたはずだ。
考えれば考えるほど、休憩室の準備を全員でしたことは非常に良かった。
リーナを頂点あるいは導き役にして女性達が動くことを、実際に証明することができたとラブは思った。
ただ、不満なこともある。
「ねえ、今度教えてくれない?」
「何についてですか?」
「綺麗な小皿の盛り付け方について。私は教わっていないのに、他のパーティー参加者達だけ教わるのは不公平じゃない?」
「ラブは自分でできますよね?」
むしろ自分よりもうまくできそうだとリーナは思ったが、ラブは首を横に振った。
「ブッフェはいかに好きなものを沢山取るかだし、お皿の上がどうなっているかなんて気にしないわ。でも、リーナ様はお菓子を積み上げた時も綺麗だったし、さっきも色々教えていたんでしょ? そういうのを教えてよ」
リーナは唐突に思い出した。
二蝶会の仮装舞踏会はブッフェだった。その際、ラブは小皿の料理をまとめて山盛りにしたものをトレーに載せていた。
遠慮しない性格だけに、綺麗に盛ることは考えないというのもわかりやすかった。
リーナも今でこそ注意するが、以前は何も考えていなかった。
ローラやパスカルに教えられたからこそ気を付けるようになり、どうすればいいかを考えるようにもなった。
これも勉強であり、学んだ成果だ。
「わかりました。私でよければ教えます」
「じゃあ、約束ね!」
「はい。約束です」
リーナは微笑み、ラブも嬉しそうに笑った。
残っていた不満は見事に解消された。
王立美術館にある二階のレストランが休憩室として開放されると聞き、多くの女性達が足を運んだ。
本来であれば終日貸し切りの予定だったため、レストランとしての営業やサービスはしない。
それでも椅子に座って休憩できるだけでもましだと思った女性達は驚かされた。
レストランには椅子だけではなくテーブルも用意されていた。しかも、予約客を待つかのようにカトラリーやグラス、ナプキンが整然と配置され、綺麗に盛り付けられた軽食や菓子まで用意されていた。
休憩料がかかるのではないかと女性達は思ったが、全て無料だった。
セルフサービスではあるが、すでにテーブル上に用意されたものは自由に利用でき、水についてはいくらでも補充される。
無料の飲食物等を含めたサービスは早期の利用者だけになってしまうかもしれないが、早めにパーティーを終了させて帰宅したことも含め、レストランを貸し切りにしていたグループの好意と配慮によるものであることが伝えられた。
午後の時間が過ぎていく。
レストランの関係者はリーナ達の気持ちに共感し、予備の椅子を全て廊下に並べ、一人でも多くの女性が座って休めるようにした。
ティファニー達は一階にある化粧室へ行き、化粧直しのふりをしながら二階に設けられた休憩場所を話題にして宣伝した。
その話を聞いた者がまた別の者へ話す。
友人へ。知人へ。家族へ。付近にいた者へ。
王立美術館へ訪れた者達に、休憩場所のことがどんどん伝わっていく。
それを聞きつけた王立美術館の担当者は警備の邪魔になりにくい場所にも椅子を並べ、座って休憩できる場所を増やしたいと近衛に相談した。
警備を担当する近衛としては余計な負担が増えると思われたが、王太子の婚約者への対応役に選ばれた上級騎士達が任務に関する報告を筆頭隊長に伝えた。
その結果、大ホールが混雑することによって警備がしにくくなることを考慮し、封鎖していた二階の大部屋に椅子を集め、第二休憩室として開放することが決まった。
一人一人が考え、自分のできることをした。
小さなことであるはずのそれは次々とつながりはじめ、大きな変化になった。
一階だけに集中していた人々が二階に流れ、時間が経過するほどに混雑は解消されていく。
用意された椅子席の休憩場所は、多くの来場者達の疲れた足や体を休めるだけでなく、ホッと一息をつきながら心を休めることができる場所にもなった。





