785 少女達、近衛達
給仕達も使用済みの食器を片付け、無料で飲める水のピッチャーやグラス等必要なものを用意した。
レストランや飲食物を担当する関係者も集まり、手早く椅子とテーブルを移動させ、テーブルクロスをかけて席を整える。
全員が協力し合った。
普段は貴族や平民、客と接待側などと様々に立場が違う者達だが、この時だけは全員がレストランを少しでも早く休憩室として利用できるように、そして、喜んでくれるように自分のできることをした。
大人しく帰ることもまた同じく。
その様子を廊下から覗くように見ていた少女達がいた。
オルゲーリント公爵令嬢ティファニーとその取り巻きだ。
「貴族なのにね」
「自分達が動く必要があるの?」
「任せればいいのにね」
取り巻きの少女達は給仕やレストラン関係者に任せず、自ら動くパーティーの参加者達を見て呟いた。
ティファニーは何も言わずに黙ったままその様子を見ていた。
取り巻きの少女達の意見は正しい。それが普通だ。貴族の常識だ。
しかし、キュピエイル侯爵令嬢メロディが発した言葉を聞いたことで状況を再度検討し、別の答えを導き出した。
「キュピエイル侯爵令嬢の言葉を聞いたでしょう? リーナ様と呼ばれていたわ。あの女性はきっとレーベルオード伯爵令嬢よ」
リーナという名前の女性は多くいる。愛称を含めればより多く。
だが、リーナ様と呼ばれた女性の周囲にいたのはゼファード侯爵令嬢やイレビオール伯爵令嬢で、ノースランド伯爵令嬢も姿をあらわした。
廊下にいれば、帰宅するための馬車の用意が整った高位の女性達が次々と通り過ぎていく。パーティーに参加した者達を知れば知るほど、その推測が間違っているとは思えなくなった。
レストランの出入口や廊下に近衛騎士などの警護が待機しているのも納得だ。
「王太子殿下の婚約者だからこそ、陣頭指揮を執ってこのレストランを休憩室にするための準備をしているのよ」
ティファニーは女性達がただ準備しているとは考えず、リーナの指揮の元に動いていると考えた。
それを伝えることで、取り巻きの少女達の認識も変わった。
「……やっぱりそうだったのね」
「さっきの発言は取り消すわ」
「私も。一番偉いからこそ、どうするかを示したわけね」
「というか、不味いんじゃない? ほら、試験の時……」
「そうかも……」
「でも、あの後何もなかったわよ?」
「両親で話が止まっているだけかも。本当は厳重注意とか」
「えー?!」
「怖い」
「静かにして!」
ティファニーは取り巻きの少女達に命令した。
「ここで騒がしくするのは得策ではないわ。それよりも手伝うのよ」
「えっ!」
「手伝うの?!」
「私達も準備をするの?」
「下に行ってそれとなく二階が休憩室になることとか、パーティーをしていた者達が配慮していることを伝えるのよ」
「ああ、なるほど」
「リーナ様が陣頭指揮を執っていることを話せばいいのね?」
「美談になるわね!」
「いいことをしたって思われるわね!」
取り巻きの少女達はすぐにティファニーの提案を受け入れたが、側にいた近衛騎士がすぐに声をかけた。
「お待ち下さい」
ユーウェインだった。
「未確認の情報を伝え、階下にいる者達を混乱させるのは避けて下さい。悪質な扇動行為に問われる可能性もあります。ここで聞いたことは黙秘するのが賢明です。おわかりですね?」
「警備の邪魔をするな。捕縛されたいのか?」
にこやかなユーウェインの隣で、アルフが睨みを利かせた。
その対比が威圧感を倍増させる。二人組の。
見るからに凄みがあるアルフだけでなく、ユーウェインのにこやかさもまた絶対に許さないという意志と冷たさをはらんでいるように感じられた。
「階下に移動しろ。近衛の手を煩わせるな。ノースランドの手もな」
「本日は高位の女性達が多いように見受けられます。問題を起こせば、未成年であっても責任を問われてしまうでしょう。どうかご注意下さい」
「わかりました」
少女達は大人しく階下へと移動した。
「ノースランドまで出したのは、相手が公爵令嬢だからですか?」
ユーウェインは呟くような声で尋ねた。
「お前も言ったはずだ。今日は高位の者が多い。問題は起こせない」
この日、王立美術館でブライダルシャワーがあることは王太子も第二王子も知っている。
当然のごとく、厳重な警備を指示し、婚姻前に問題が起きないよう厳命した。
王宮に常勤する近衛騎士団長はいないものの、その右腕と言われる筆頭隊長が王立美術館の全体指揮を執っている。
筆頭隊長に代わってリーナの応対役を務めるアルフとユーウェイン以外にも、ノースランドに集う者達を始めとした第二王子派の近衛も警護にあたっている。
ここで問題が起きるのは第二王子派の者達にとっても非常に都合が悪いことだった。
「本来なら警備室へ案内したいところですが、まあいいでしょう」
ティファニー達は余計な情報を知ってしまった。
警備室に案内し、素性確認という名目で一定時間拘束することもできる。
だが、ユーウェインは強硬手段を取らなかった。
オルゲーリント公爵令嬢という身分を考慮し、穏便に済ませることにしたのだ。
「今からでも遅くない」
「念のため、誰かつけて下さい」
少女達が余計なことをしないように監視する者のことだ。
「ハイリック」
「手配します」
ハイリックは自分ではなく、顔を見られていない別の者を監視役としてつけることにした。
その方が少女達に監視されていると思われない。
「ノースランドは便利ですね。すぐに配下が動いてくれます」
「あれは近衛だ。お前でも命令できる」
ユーウェインは上級騎士だが、ハイリックは上級騎士ではない。
必要に応じて上位の騎士が下位の騎士に命令するのは極めて普通のことだった。
しかし、ユーウェインは肯定しなかった。むしろ、否定したい気分だ。
自分が上級に出世したのはアルフと組むためであり、そのことは近衛の全員が知っている。
ユーウェインを本当の上級騎士だと思う者はいない。本当はただの騎士だと思っている。
否。ただの騎士でさえない。
辺境出身の騎士だ。
貴族でも、どれほど能力があっても、辺境領民から王都民に変更しても未だに蔑まれる。
命令できるわけがない。
素直に従わない者達を相手に苦労するのは十分経験している。繰り返すのは愚かだった。
「命令は私の担当ではありません。アルフの担当です」
「上級のくせに命令もできないのか?」
「なぜ、ろくに命令もできないただの上級騎士を担当にするのでしょうね。アルフだけで担当すればいいのでは?」
理由は明らかだ。全てアルフのためだった。
対応役を務めるのは査定の点数を稼ぐのに丁度いい。
そこで一時的にユーウェインと組み、対応役としての実務をユーウェインに担当させる。アルフは監視と牽制でいい。楽に仕事をこなして査定をよくできる。ノースランドの名誉を傷つけることもない。
アルフに緊急の呼び出しがあっても、対応役がいなくなることはない。現場も安定する。
失敗した場合はユーウェインに責任を取らせる。それがわかっているからこそ、ユーウェインは失敗しない。しっかりと務め上げ、上々の結果を残す。
いつものことだ。
だが、それを口にすることはできない。それこそ黙秘するのが賢明だった。
木曜日のパーティー話は次回で終わる予定です。
予想以上に長く長くなってしまいました(汗)
またよろしくお願い致します!





